第78話
「クラウド……」
「お帰り、カズキ」
そう言って抱きしめてくれるクラウドの腕が震えていた。唇が首筋を撫でる。
カズキは小首を傾げた。いつもと様子が違うから。溢れそうな何かに無理矢理蓋をして、感情を抑えつけている。余裕がないとでも言うのか。
部屋に戻ってすぐにクラウドに抱かれた。どうやらジュリアスの凶行知っての行動だったそうだ。ジュリアスに付けられたキスマークはクラウドのものへと換えてくれた。
二人でベッドに横たわり、クラウドの唇が耳に寄る。
「ありがとう」
「なぁに?」
いきなり言われた礼の言葉に首を捻る。
「俺を守人に選んでくれてありがとう」
「守人? 選んだ? 何のこと??」
「召喚士は自らを護る盾として守人を選ぶそうだ。傷を治す力を与えてね」
クラウドの掌が頬を滑る。
「俺はカズキの傷を治せる。カズキが選んでくれた証拠だ」
「ボクが、クラウドを……」
心がぽかぽかと温かくなった。また一つ、守人というクラウドとの繋がりができたから。無意識でもなんでも、彼を選べて良かったと思える。
「ボクも、ありがとう。クラウドがいてくれたから、守人に選べたんだ。えへへ、嬉しいなぁ」
見つめ合ってキスをする。おかげでジュリアスに強姦されたことなど、すっかりと忘れることができた。それは、とてもとても幸せな夜。
目を覚ました時もクラウドは傍にいてくれた。
「おはよう、カズキ」
「うん、クラウドおはよー」
朝方、まだ眠い目を擦り深呼吸をすると、パンの焼けた香ばしい匂いが鼻を擽った。テーブルには朝食が並び、そして何故かライシュルトが寛いでいる。
「ぅえ……何でアンタがいんの?」
「おはよー。クラウドに朝食持ってきてくれって頼まれたから、ついでにご一緒させてもらおうかなーと」
「はぁ? 起きて寝言言えるなんて凄いね」
「カズキ、具合はどうだい? 辛いだろうから今日はここで食事にしようと思ってね」
「ううん、大丈夫。逆に、その……凄かったよ」
照れ臭く笑ったカズキは、クラウドに椅子まで移動させてもらう。後始末も着替えもいつもながら完璧だ。
「ほー凄かった、ね。なるほど。クラウドめちゃくちゃ怒ってたもんなぁ」
「何?」
「カズキが部屋からいなくなって、様子がおかしいジュリアスを問い詰めたんだ。そしたらお前を抱いてる最中に姿が消えたって。で、クラウドがキレた」
「キレたクラウド……」
ちょっとだけ、気になる。
「いやー、クラウドと長い間一緒にいるけど、オレもあんな派手にキレるの初めて見たぜ」
「怒るのは当たり前だ。まぁ一割はカズキを護れなかった八つ当たりだが」
「斎が聖獣の力使って助けてくれたんだ。クラウドもありがとう。来てくれて嬉しかったよ」
「行かなければと思って自然と足が向いていたんだ。カズキが呼んでくれたのかもしれないね」
「うん、そうだといいな」
カズキは横に座るクラウドの肩に頭を寄せた。こうしていると本当に安心をして、クラウドが大好きなのだと実感できる。
「いただきまーす」
焼きたてのパンをひと切れ口に入れた。さくりとする歯ざわりが心地良い。
「そーいやカズキ、扉の中入ったんだろ? どうだった?」
「んぐ? あー真っ白で何にもなかったよ。なんで何十年も独りで耐えられるのか不思議なくらい。斎もボクと同じくらいの歳でさ、あそこは時間が止まってるのかも」
「うわーそんなところなのか。凄いな、斎様」
「それでね、次に斎に呼ばれたら契約の時だって。できるなら、クラウド一緒にいて欲しいな」
「ああ。契約と同時に番人の交代が行われるから司聖様以上の方が参列される。だから聖騎士も護衛の為に扉まで行くことになるだろう。中までは入れないだろうけど、カズキの傍にはいるよ」
「そっか。いつ呼ばれるのかドキドキするなぁ」
全ての聖獣と契約すると自分に何が起きるのか正直怖い。頑張ろうと思えるのはクラウドがいてくれるから。
「クラウド、これからどうなるのかな?」
「カズキが聖獣との契約を済ませれば、荒廃を止められる。後の問題は魔族のことだな。ライの一件を考えて、おそらく次の襲撃も鴟窺か他の四天王クラスが送り込まれてくるだろう」
「鴟窺といえば、あの子どうなったんだ、クラウド?」
「バスウン様が後継人になって下さったよ。まだ目覚めないようだし、頃合いを見てカズキと行ってみようと思う」
「そか。バスウン様なら安心だな」
「あの子って? っていうか何でボクまで」
「会えば分かる、かな。カズキも無関係ではないんだ」
「ボクにも関係? ま、いいか。その時考えよーっと」
「お前、たまにビックリするくらい脳天気だな」
「はぁ? ライシュルトに言われたくないよっ」
「はいはい。そりゃ失礼」
舌を出してそっぽを向いた時、窓際に大型の鳥が止まっているのが見えた。ソギの鳥とは違うが、何かを知らせたいのか、こちらの様子を窺うように部屋を覗き見ている。
「ねぇ、クラウド。なんか鳥いるよ」
「ああ、教会の連絡用の鳥だね。カズキ、気づいてくれてありがとう」
クラウドが立ち上がり、鳥の足に結ばれた書簡を手にした。そして一読した彼の表情が一瞬固まり、書簡をテーブルの上に開く。
黒地の紙の上部に金のセントラルクルスの紋章が描かれ、その下には見慣れぬ文字。カズキには、それが何を意味するものか分からなかったが、二人には理解ができたようだった。
「今夜か……ついに来たな」
「ああ。長かったような短かったようなって気がするよな」
「どういうこと? 意味不明なんだけど」
「カズキ」
自分の横に跪いたクラウドが手を重ねてくる。
「今夜、番人の交代が行われる。それはつまり、カズキにとっても契約の時だよ」
「あ……。うん、そっか」
その時が来ると分かっていたのに、まだ実感が湧かない。やるしかないのだと自分に言い聞かせ、カズキはパンを一口囓った。




