第77話
「なに、ここ……」
身の丈四倍ほどの、対になった大きな黒い鉄扉。どちらにも記憶の扉と同じ装飾が施され、召喚士との関係を窺わせる。
存在するものはそれだけだった。扉以外何もないここは、どこまでも真っ白な空間が広がっている。天井も壁も、そして地面すらない。
ふわふわと浮いた体は不思議と重さを感じず、カズキは膝を抱えて身を縮めた。こういう時ばかりは動かぬ脚も自由に動く。やる瀬ないものだ。
「クラウド……」
きっと、これは夢。ジュリアスに襲われて、怖くて、悔しくて、現実から逃げ出したのだと思う。
「大丈夫?」
顔を上げれば黒髪の少年が屈んでいた。記憶の扉の中、若かりしピエールと共にいた少年だった。
「もしかして、斎?」
「そうだよ。君が助けてって呼んだから、聖獣の力で君を呼び寄せたんだ」
「夢じゃない?」
「寝ぼけたこと言ってないでよ。ここは現実。教会で言う魔界との扉の中だ。向かって左が魔界の扉、右が人間界の扉さ。やりたくもないのにこんな場所に閉じ込められて、ここにいさせられて……教会の権力者なんて他人のことを考えない奴ばかりだよ。オレが従わなければピエールを除名するって脅しかけてきたしね。民を護る教会が聞いて呆れる」
「教会が嫌いなの?」
「そうだね。オレとピエールを裂いた教会なんて嫌いだよ」
「…………」
カズキは眉を寄せる。
自分が考えるよりもずっと辛い思いをしてきたのだろう。三十年もこんな何もないところに閉じ込められたら、教会を怨んでしてしまうのも分かる気がする。
でも。
「教会のヒト、いい人達ばっかりだったよ。クラウドいるし。昔と違うんだって。ピエールさんが変えたんだってクラウド言ってた」
「ピエールが……」
「うん。斎との仲を裂いた教会への腹いせとか何とか」
「ははっ、ピエールらしいや。あははっ」
何かを思い出したのか、弾けるような笑顔で斎が笑う。
「こんなに笑ったの久しぶりだ。ありがとう、カズキ」
「一つ聞いてもいい? 不思議なんだけどさ、斎はどうして扉が閉まってるのにここにいるの? どうやってここに?」
「番人は人間界の扉なら開閉が自由にできるからね。こんな所出られるけど、人間界全ての命と大切な人を護る為にはいるしかないんだ。二つの世界が繋がれば人間は魔族に狩られる。自分の都合で逃げ出して、その責を負えるほどオレは強くないよ……」
斎から笑顔はなくなり、吐き捨てるように呟いた。
「そうかぁ。辛いんだね、番人って」
「ああ。だから、杯の存在は貴重だよ。少なくともライシュルトを助けることができる」
「知ってるの?」
「番人同士だからね、そういった情報は夢見で知ることができるよ。それを受けて第二位階であるピエールに伝えるわけだ。番人なんてさ、なくなればいいのにね」
「うん……」
「ねぇ、カズキ」
「何?」
「契約の時は近い。一つ、忠告をするよ。全ての聖獣を受け入れた力は計り知れない。暴走をさせたら君の身も周りの人間も危険だ。それだけは肝に命じておいて欲しい」
「――うん、何となく分かるよ」
幾度かの暴走で何が起こるかは理解できる。クラウドという歯止めがあっても怖いほどに。
「斎はさ、契約嫌じゃないの? 契約すると斎は消えてしまうんだよ」
「それなら、オレが嫌だと言ったら契約しない?」
呆れたように斎が言い、語気を強める。
「君は何の為に聖獣と契約をしてきたんだ? どんなに辛くてもやらなければいけないことはあるんだよ。オレも、君も」
以前ライシュルトにも言われた言葉だ。見た目は同じ年頃だが、達観している考えはさすがにピエールと同じ時を過ごしている。諦めているのではなく、覚悟をしているのだ。
「近く君を呼ぶことがあると思う。それが契約の時だ」
斎が右手を挙げる。音もなく少しだけ扉が開いた。
「戻りなよ、君の世界に」
「うん……」
「さようなら」
背中を押されたカズキは、開いた扉から外へ飛び出す。
「ぅわっ?」
突風に煽られ空気が変わった。ひんやりとした風。光と陰。扉は、ただ静かにそこに在る。
そして、自分がいるのは大好きな人の腕の中だった。




