第76話
それから少し前のこと――。
クラウドが出かけたまま帰らず、カズキは部屋にいるのも飽きてしまった。こういう時、自由に歩けないのは少々悔しく思う。
「歩きたいなぁ……」
無意識に零れ出た言葉に頭を振り、聖獣で空中散歩でもしようと、ベッドのすぐ横の窓を開ける。そして、杖を手に取った時だった。
「どこに脱走する気だ?」
突然背後からジュリアスの声がかかり、カズキは溜め息を吐く。
「勝手に外出るなよ。狙われてんだろが」
「はぁ? 覗きなんていい趣味だね。ここクラウドの部屋なんだけど。なんで聖騎士以外のあんたがここにいるの?」
「ま、俺には気配消して忍び込むなんて造作ないことさ」
「そんなこと自慢されてもね。何の用なのさ」
「暇なんだろ? クラウドが戻るまでまだ時間あるから少しつき――」
「嫌だ」
「即答だなオイ。一人じゃ不便だろうから、銀髪美人のところに連れて行ってやろうってんのに」
「別にいらない。それにソギに会う為の口実じゃないの? ここに来たなら、あんたがやれば」
「ほぉ」
「ぁ……」
しまった。と思ったが、いっそコキ使ってやればいいと思い直す。カズキは自分で納得して頷き、杖を置いて窓を閉めた。
「クラウドまだ戻らないの?」
「さて。キス一つで教えてやらんこともない」
「絶っっっっっっ対嫌だね。クラウド以外としないって約束したもん」
「ちっ、つまらんな。昔もお前からキスだけはしなかったよな。代わりにココは従順だったが」
脚の間にすばやくジュリアスの手が滑り込み、クラウド以外に触れられたくない場所を服の上から撫でられる。必死に手を退かそうとするも、力では敵わなかった。
「へぇ、今でも健在か」
「ちょっ……ゃ……」
「可愛い声出されたら、止められるものも止められないってね」
「やっ、クラウド助け……んッ」
無理矢理に唇を重ねられ、カズキはそれ以上のことはされないように唇をきつく引き結んだ。それでも滑る手が体を熱くして隙を作ってしまう。
「は……ぁ……ャダ……」
「随分イイ顔するじゃねぇか。体もほぐれてきたしねぇ。昔を思い出して快楽に溺れろよ」
「く……」
脚が動けばもう少し抵抗ができるのに。脚が動けば逃げ出すことができるのに。
脚が動けば――。
カズキは瞳を閉じた。自然に零れた涙が一筋流れる。
物心つく時から男に飼われていた。その時はまだ脚を普通に動いたのを覚えている。最低限の生活の保証はあったものの、毎日のように男の相手をした。いつの頃か地下に閉じ込められたことがある。そこで気が狂うようなことをされて、耐え切れなくて男に助けを求めた。
そして気がつけば、辺りには建物のカケラが散らばっているだけで、他には何もなくなっていた。脚が悪くなったのは丁度その頃だ。
記憶にはないが、その時に初めて召喚士としての力を暴走させたのだろう。それから一人で生きて、男娼としての道しか知らなくて、生きる為と割り切って体を売った。
クラウドに会って安らぎを初めて知って、約束したのに――何で、この男に抱かれているのだろう。しかもクラウドの部屋で。
「あっ……ヤ……ァ!」
他人を受け入れたくない。それでも無理矢理に侵入してくる。けれど、この脚では逃げることもできない。
誰か、助けて。この苦しさからボクを救って下さい。
「……ッ」
衣服を剥がされて、自分の肌が晒されることがこんなにも苦痛なことなのか。這う舌の温かさがこんなにも不快であるものなのか。
「クラウド……」
現実から逃げ出すかのように広がる白き光。そこから差し出された手にカズキは腕を伸ばす。
――怖くないよ。
――おいで。
その瞬間、カズキの姿が部屋から消えた。




