第75話
クラウドは、自らの心臓の音が聞こえるほど緊張していた。一瞬でも気を抜けば、最悪の事態を招くだろう。左手の剣を逆手に持った。そして呼吸を整えると円を描くように斬りかかり、一体を消滅させる。
「ほぅ、一刀か。さすがは召喚士の守人だ」
鴟窺の手から放たれた光が床を貫き爆発した。そこから短刀が飛散して二人を襲う。
クラウドは剣で弾き返した瞬間、階段から現れた一人の男の姿を目の端に捉えた。それは、魔族にとっては格好の標的になろう教会の父の姿。
「ピエール様っ?」
髭を撫でながらピエールが困ったように眉を寄せ、足元に落ちた短刀を拾い上げた。
「これはこれは、また御大層なモノが入り込んでいましたねぇ。困ったものです。あ、短刀お返ししますね」
ピエールが右手を上げる。床に散らばった短刀が浮き上がり、鴟窺へと飛んだ。
「まったく、私の教会をこれ以上破壊しないで下さい」
「第二位階か。単身私の前へ出てくるとは、余程自信があるのか、それとも出ざるを得ない状況か?」
「さて、どちらでしょうかねぇ。それに私、それなりに強いつもりですよ。教会を護る立場ですから。あなたも大人しくなさいな」
「ふん……結界か。老獪な男だ」
「んふふ~、気づいていましたか。あなたの気を反らせてくれたクラウドのおかげですよ。少々お聞きしたいことがありましてねぇ」
「ピエール様、お下がり下さい! 奴の狙いは私ですっ」
「おや、そうですか。クラウドを失うわけにはいきませんねぇ。ならば――」
「!!」
一瞬だった。
近づいたピエールに腹を殴られ、クラウドは意識を失った。
気がつけばピエールの私室のソファーに寝かされている。その横ではライシュルトが静かに本を読んでいた。今までのことが夢だったのではないかと思うほど元気そうだ。
「ライ?」
「お、クラウド気づいた。大丈夫か? 助ける為だからって、殴って気絶させるなんてピエール様もたまに恐いことするよなー」
「そうか……さすがに驚いたな。それよりライ、傷は大丈夫なのか?」
「うん。ほらー」
ライシュルトが上着を捲る。傷はあるが、聞いていたような状態ではなかった。クラウドは胸を撫で下ろす。
「オレにかけられた呪いも、ピエール様と叉胤が解いてくれたんだ。だからもう大丈夫」
「良かった……しかしお前のことを知られていた。心配だよ」
「そうみたいだな。でも、オレ達狙われてるのは変わりないし、オレも気をつけるからさ、大丈夫。心配してくれてありがとうな」
「ああ。ピエール様は?」
「ん、呼んでこようか。いい加減可哀相だしな~」
「可哀相?」
ライシュルトが苦笑しながら隣の部屋の扉を叩いた。開いた扉から、ややぐったりとしたピエールと、怒気を露わにしたセディアが出てくる。
「いや~助かりました。さすがに三時間近く説教されると疲れますね」
「ピエール殿っ」
「一体何が……」
「護衛も付けずに魔族のところへ出向きましたからね。セディアにこってり絞られちゃいました。あの後逃げられちゃいましたし。クラウドには手荒なマネして申し訳ありません。召喚士の守人であるあなたを、失うわけにはいかなかったものですから」
「ピエール様がご無事で何よりです。しかし守人とは? 鴟窺にも、そう」
「高位召喚士は、彼の者が選んだ守人と呼ばれる唯一無二の者を付き従え、召喚士の身を癒す力を与えたそうです。召喚士が剣ならば、守人は盾とでも言いましょうか。魔族側にとっては、むしろ召喚士よりも厄介な存在だったそうですよ」
「だからクラウドはカズキの傷を治せるのか。不思議だったんだよなー」
クラウドは自らの掌を見つめ、カズキに選ばれたことを誇りに思った。自分を選んでくれたということならば、それに従い今まで以上にカズキを護ろうと心に誓う。
「クラウド、このような時ですが、近々カズキ君には太陽と月の聖獣との契約を果たしていただきます。こちらの準備も調いました。これ以上先延ばしにはできません」
「はっ。諒解しました」
クラウドは立ち上がり一礼をした。
「さっきカズキの様子見に行ったけど、お前いなくて寂しそうだったぞ。早く行ってやれ~」
「ああ。失礼します」
もう一度頭を下げ、クラウドは寮へ向かう。部屋に戻ったら、守人に選んでくれてありがとうと、そう礼を言うつもりだ。
それなのに。
「カズキ……?」
いるはずの姿はなく、そこにいたのであろう乱れたベッドと、窓際には彼の杖だけが残されていた。




