第70話
「杯、手に入ったって?」
「ああ、ソギから連絡があったよ」
「クラウド、正直お前はこの先どう考えてるんだ?」
「できるならば二人とも助けたい。しかし杯は一つしかない」
どちらか一人を選ばなければならないのならば――。
「俺は……お前を選ぶよ、ライ」
「そか、それがお前の気持ちか。ありがとう、クラウド」
照れ臭そうにライシュルトが笑い、そして一度頷いた。
「クラウドは全部知ってるんだよな」
「ああ、ピエール様が話して下さったよ。お前はどうなんだライ?」
「オレは皆が幸せなのがいいなぁ。自分も含めてねー」
「ライシュルト、番人なんてやりたくないんでしょ? 記憶の扉の前で愚痴ってたし」
「ぅ、まぁ確かに……って見てたのかいっ」
「うん。あ、クラウドお願いがあるんだけどいい? あのね、二人に渡してって、ピエールさんから預かった袋を外に置いてきちゃったんだ。取ってきてくれないかなぁ?」
「ああ、構わないよ。少し待っていてくれ」
外に出れば、すぐに目線を捉えた草むらの中の微かな明かり。中には掌ほどの青く透明な水晶が静かに明滅していた。クラウドはそれを持ち、カズキに確かめようと扉を開ける。
「カズキ、これ……! ッッ?」
それは信じがたい光景だった。床へ伏すように倒れているライシュルトの傍らには、血に塗れた杖を握り、返り血に染まったカズキが笑いながら立っていたのだ。
クラウドはカズキを床に押さえ、捕縛用の紐で手首を縛った。そしてライシュルトを抱き起こして応急処置を施す。右脇腹を刺されたようだが、どうにか急所は外れているのが幸いか。
「ライ、しっかりしろ!」
「ふふっ、番人の呪縛から解放してあげたんだよ。死んじゃえば番人なんてやらなくて済むでしょう?」
無邪気な笑顔でカズキが笑う。
「ぅ……クラウドっ、気をつけろっ。コイツ……魔族だっ」
「ライっ」
「カズキじゃ、ないっ」
クラウドは剣に手をかけた。握る手が汗ばむ。分かっている。目の前にいるのは、カズキとは別人なのだ。
分かっては、いる。
「クラウド、ボクを手にかけるの?」
「…………」
「クラウドは、ボクが嫌い?」
「何を……」
彼の話を聞いていると、ふわふわと綿の上を歩いているような気分になる。その言葉ひとつひとつに呪いの力が入っているのだろう。
「ねぇ、クラウド。ボクは、クラウドが大好きだよ」
「ぅ……!」
頭の芯が痺れた。このままでは言葉の檻に閉じ込められてしまう。クラウドは片手で頭を押さえた。
――落ち着け。目の前にいるのは、カズキの姿をした別人だ。
「そうか。もう一人カズキがいるから混乱してるんだね。可哀相にね、クラウド」
哀れむように声色を落とし、彼は床に掌を着けた。
空気が震える。そして、天高くから聞き覚えのある咆哮が轟いた。
「全部壊して忘れさせてあげる」
「なっ……」
「聖獣っ? 有り得ねぇだろ。っっ、お前、一体……」
「だって、ボクはカズキとおんなじだもの。この体も、血も、記憶もみんな一緒。ねぇ、本当のカズキがいなくなれば、ボクが本物になれるよね? クラウドの一番になれるよね?」
それは真っすぐな、恐ろしいほど純粋すぎる想いだ。
「ボクは、クラウドがどうしようもなく大好きなんだ」
「クラウド、こいつ……」
「魔族とは――惨いことをする」
おそらく、以前箏に襲われた際に奪われた血で造られたヒトなのだろう。彼がカズキと同じならば、恋人である自分が止めるべきだと思う。
クラウドは剣を構える。もう迷いは、ない。




