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第69話

 雲が茜色に染まる頃、伝書役であるソギの鷲がクラウドの部屋を訪れた。杯の入手とナシュマの行方。すぐに教会へ向かうとの連絡だった。


「ナシュマが?」


「どうしたのクラウド? ナシュマがどうかしたの?」


「杯を手に入れたが、ナシュマが魔界へ行ったそうだ」


「えぇっ? 連れて行かれちゃったってことっ?」


「いや、どうやらそうでもないらしい」


「じゃあ自分で? ……はぁ? 馬っっ鹿じゃないのアイツ」


 カズキが呆れたように眉をひそめる。


 確かにナシュマのことも気にかかったが、それ以上に杯が手に入った今、件のことを伝えなければいけない人物がいる。


「カズキ、ここで待っていてくれるかい? ライのところへ行きたいんだ」


「うん、いいよ。クラウドもお話したいだろうし、ボクは待ってる。あのさ、ライシュルトに約束忘れるなって言っておいてくれる?」


「ああ。カズキ、前にも気になっていたんだが、約束って……いや、何でもない」


 おそらく番人のことについてだろう。いかに私室であろうとも、寮内でこの話をするのは好ましくない。クラウドはカズキの頭を撫で、ライシュルトの部屋へ向かった。


 聖騎士団寮の四階にライシュルトの部屋はある。しかし、一階上への階段を上る足取りがどうにも重く感じられてしまう。あれから毎日のように書庫に籠もったが、双方とも助ける方法は見つからなかった。


 最後の一段を上り終え、部屋が連なる廊下に目をやる。突き当たりにあるライシュルトの部屋に、在室を示す燭台の炎が静かに燃えていた。


 扉を数回叩いて声をかける。


「お、クラウド、どした?」


「――杯がね、手に入ったそうだよ」


「そっか」


 クラウドの言葉を想定していたのか、懸命に感情を飲み込んだのか、いつもと変わらずライシュルトが笑う。


「んじゃぁ、新しい杯で一杯やろうぜ。いつもの店でさ」


「ああ、そうだね」


 これは実際に飲みに行くわけではなく、場所を変えて杯の話をするということ。一度ピエールの私室へ寄り、カズキとソギたちのことを頼んだ。


「分かりました。例の場所をお使いなさい。ついに時が来ましたね。夢見を行わない番人交代についての理解は私に任せて下さい。バスウン卿も手を回してくれています。二人とも、お話が終わりましたらもう一度私のところへいらっしゃい」


「諒解いたしました。行こう、ライ」


 馬を走らせ、ライシュルトの背を見ながらクラウドは昔のことを思い出す。


 従騎士になって一年ほど経った頃、ライシュルトに魔族の血が流れていると知った。魔界や魔族に対しての講義を受け、いつもとは違う苦しそうな表情をしていたことを、今でも印象深く覚えている。そして問い質した自分を信じて、彼は全てを話してくれたのだ。


「信じてくれてありがとう」


「ん~っ? なんか言ったかぁ?」


「いや、気にしないでくれ」


「えー。めちゃくちゃ気になるよ!」


「後で話すよ」


「おう、絶対だぞ~」


 馬を小川で休ませ、二人は月明かりを頼りに、セントラルクルスから西に少し離れた森へ足を踏み入れた。


「お?」


 闇に浮かび上がるように、銀色の髪の少年が二人の目に飛び込んでくる。彼はクラウドを見つけると嬉しそうに微笑んだ。


「カズキっ?」


「えへへ、来ちゃった」


「どうしてここが?」


「教えてもらったんだ」


「ピエール様に許可をいただいたのか?」


「あ、うん。そうそう」


「そかー。んまぁ、ここじゃなんだから、とりあえず中へ入ろうぜー」


 中に入り木で造られた小さな椅子に座ると、カズキが指で机を数回叩いた。


「ねぇ、クラウド。ここなぁに?」


「ここはね、(いつき)様が以前暮らしていた家だよ。ピエール様がとても大切にされている場所で、あの方の結界も張ってあるから、決まった人間しか入れないんだ。込み入った話をする時に使わせていただいているんだよ」


「ふぅん」


 聞いてみたもののあまり興味がなかったのか、カズキが視線を外して体を伸ばした。それを横目にライシュルトが指を唇に当てる。


「さてと、一杯やろうかクラウド」


「ああ、長い夜になりそうだね」


 クラウドは頷き、呼吸を整えた。


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