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第65話

 そして、舞踏会の興奮も覚めやらぬ中、ライシュルトとセディアがピエールの私室へと呼び出された。


 部屋に入ると前聖騎士団長も同席している。何の話なのか不思議に思いながら、ライシュルトはソファーに腰を下ろした。


 暗闇に光る蝋燭の炎がちらりと揺れる。


「さて、こんな日に呼び出してしまって申し訳ありません。二つほどお話がありまして」


「どう言った旨のお話です?」


「まずは一つ。番人の任期交代についてのお話です」


「ライシュルト……」


 心配そうにセディアが名を呼んだ。ライシュルトは大丈夫、と一言だけを返す。


「さて、ここからは杯が手に入った――と仮定をして話を進めます。ライシュルト、次期番人はあなたですが、カズキ君が(いつき)と契約しても、あなたは番人として生きなくてもいいのですよ。(いつき)の消滅後は杯で扉を抑えられますから」


 カズキとの約束があるので諦めているわけではないが、この申し入れは素直に受け入れられないと思った。番人としての役割。それが頭の片隅で邪魔をする。


「私や(いつき)のことは気にせず、あなたは番人などという枷を外して自由に、生きたいように生きなさいと、まずはそれを伝えたかったのです」


「しかし……」


「それと、クラウドはもう知っていますよ。あなたが候補者などではなく、正規番人として決定していると。だからこそ、ライシュルトを助けるように伝えました。諒解はさせましたが、あれは納得してない顔でしたね」


 当たり前だ。誰かが犠牲になるなど納得できるはずがない。クラウドも、自分も。


「ライシュルト、クラウドにも言いましたが、私も(いつき)も、もうそれぞれの覚悟はできているのですよ」


「それでも……」


「私の夢見では、あなたが次期番人だと見えました。しかし、それがカズキ君やクラウドの尽力で、杯での代替という道を新たに作り出してくれた。私には見えなかった道筋です。二つの道を、周りを気にせず、また運命に流されず、あなた自身で選びなさい。私の夢見も絶対ではありません」


「ピエール様……」


「私は、あなたが番人にならないという選択をすることを望みます」


 真っすぐな瞳に、真っすぐな気持ちに、嘘はないのだろう。


「時間を、いただけますか」


「その時が来るまでは、お悩みなさい」


 ピエールはひと呼吸を置き、指を二本立てた。


「二つ目のお話をしましょうか。この件はバスウン卿からですね」


「はい。ライシュルト、ツバキの集落に寄ったそうだな。あの洞窟にも」


 ライシュルトの胸が、ドクリと鳴った。バスウン前聖騎士団長はセディアの上司だった男だ。過去の何かを知っているのだろう。


「はい。折りを見て団長に話を聞こうと」


「聞く、ね。もう分かっているか」


 セディアが肩を竦めた。


「……すみません」


「いや。意地の悪い言い方をしてしまってすまなかった。ライシュルト、全てを見たのだな?」


「そのお話、ここでしてしまいなさいな。私も詳しくは知らないのですよ。セディア、話してくれますね? ライシュルトの為にも、彼のご両親の為にも」


「団長。オレ、知りたい」


 何があったのか。真実を。心の燻りを残さない為に。


「そうだな。ライシュルト――あの時の私の罪は、この身が朽ちても消えることはない。全てを話そう」


 セディアが真っすぐに見つめてくる。ライシュルトは視線を外すことができなかった。


「お前が産まれる少し前に北の方で定期船の事故があってな、そこに乗っていたのがお前の母親だった。船の残骸と共に銀の海に流れ着いたんだ」


「オレの母親……」


「はて? その定期船事故、助かったのは男性二人だったように記憶していますが。それに身元照合も全て済みましたよね」


「まぁ、平たく言えば、密航……ということになりますな」


「それは、また大胆なことしちゃいましたね」


「本人も反省していましたし、身寄りもないとのことで、教会の手伝いをする条件のもとツバキに住居を与えました。彼女も社交的な性格だったので、すぐに集落にも馴染み、そこでライシュルトの父親と恋仲になりました」


 淡々と話しながらも手を握ってくる。彼の手は、少しだけ震えていた。


「しかし集落で土地を巡る諍いが起きた時、ライシュルトの両親が巻き込まれて……血の色が透明で、誰もが我が目を疑いました。それでも特異体質だとその場は落ち着きましたが、宿にいた歴史学者が彼女を『魔族』だと言った。魔物よりも狡猾な生き物だと。それが、一気に広まってしまった」


「そんな……」


「教会で魔界や魔族の話は聞いていたが、正直あまり実感はなかった。それに彼女は何一つ人間に危害を加えることなどしなかったよ。何も、変わらない。人間と」


「うん……」


 互いに敵意さえなければ分かり合えるはずなのだ。叉胤(ざいん)や、そして両親のように。


 ライシュルトは手を握り返す。


「教会に、彼女とそれに繋がる者として、お前の父親の討伐依頼がきたのは、それからすぐのことだった。だが私は彼らの命を奪うことなどできなかった。彼らとは懇意にしているという私の弱さと、何より、彼女の腹にはライシュルト、お前がいたんだ」


「……そう、ですか」


 自分の感情が分からない。悲しいのか、驚いているのか。


 それとも。


 嬉しいのか。


「最初は逃がそうと思った。だが、集落の気運がそうはさせてくれなかった」


「確かにそういう時の流れは抗うのが難しいですね。悪い方へ向かっている時は特にです」


「はい。私には手を下すことも逃がすこともできない。ただ一つの道は、皆の前で処刑したと見せかけて別の場所に匿うことでした。落ち着いたら遠くに逃げてもらおうと、そう……」


 セディアが辛そうに眉を寄せて、手を放した拳を額につける。


「それから一年ほどは見つからずに済んだのです。不定期にですが食糧や衣服などを届けていました。しかし、巡回以外でも集落の外へ出るようになった私を、不審に感じた集落の者に後をつけられて……」


「そして、見つかってしまったと」


「はい。問い詰められ、耐え切れなくなった私は、自らの保身の為に――二人を刺しました。この手で、お前の両親を……!」


 強く握り震える拳から赤い涙が流れた。


「団長……一つ、教えて下さい。彼女の腹に刺さっていたのは、太陽の紋章剣でした。あれは……」


「匿った時、お前の両親に渡したのだ。規律に反してでも命をかけて護り抜いてみせると、誓いの意味を込めて。彼らはそれを地下に置いていた。少し前に生まれた、お前のお守りにするからと。しかし、私は……それを武器として使った。その時の父親の慟哭と、氷に埋もれていく母親の表情が今でも脳裏から離れない……」


 セディアが肩を落として長い息を吐く。今まで溜まっていた思いを全て吐き出すように。


「そういうことだったのですね。そんな事件が大きくならず、私にすら噂程度しか伝わってこなかったのは、あなたの仕業ですねバスウン卿」


「まぁ、私の独断で報告いたしませんでしたな。教会の立場、ツバキの風聞、そしてライシュルトの存在と色々兼ね合いを考えた結果です。それに言えばライシュルトが一番傷つく。それだけはセディアが良しとしなかったものですからな」


 ピエールが呆れたように溜め息を吐いた。


「やれやれ、揃いも揃ってやってくれましたね。――聖騎士団長セディア、第二位階としてお話があります。少し付き合っていただけますね」


「ピエール様、団長は……」


「安心なさい。少しお話をしたいだけです」


 二人の背中を見送り振り向くと、バスウンが顎をひと撫でしてから口を開いた。


「あのなライシュルト。お前が教会に来たのは、巡回中の俺が拾ったって昔話したが、正確にはあの時教会に戻ってきたセディアが、誰にも気づかれないようにお前を連れてきたんだ。あいつの頼みで俺ってことに。お前の存在は集落には知られてなかったそうだから、アイツは遺されたお前だけでも助けようとしたんだろうな。だがな、罪滅ぼしとか、そんな単純な理由じゃない気がするんだよ、俺は」


「…………」


 痛い。こころが哭いている。ライシュルトは胸に当てた手で服を掴んだ。


「お前にしてみれば複雑な結果だろう。しかし洞窟の状況からある程度予測はしていたんだろう?」


「……はい。知りたいとも思っていました。ですから真実を知った後悔はありません」


「なあ、ライシュルト。セディアが嫌いか?」


 それは、違う。ライシュルトは首を横に振った。


「じゃ、大丈夫だな。アイツが戻って来たらもっと話をしてみろ。今聞いたのは真実のみ。セディアの本当の思いはまだ聞いてないだろ」


 バスウンが頭を撫でてくる。


「それとな、俺から言えるのは、あいつのお前に対する愛情と、共に過ごした時間は本物だ。それだけは信じていいぞ。だから、少しは元気出せ。俺はお前を息子のように思ってるんだからな。悲しい顔は見たくない」


「……ありがとうございます」


「クラウドも」


「え?」


「あいつも、(いつき)様の件では諦めていない。俺がここへ来る前に書庫へ入るクラウドの姿を見たよ。お前には逃げ出したい過去も未来もあるが、現在にはいい友人がいるな。その友人の為に、過去を乗り越え、現在を生き、未来を変えろ」


「……はい」


 溢れ出た涙を掌で拭う。


 辛い過去があった。


 納得できない未来がある。


 それでも自分は、こんなにも色々な人に愛されている。一つ、自らの感情を読み取れるとするならば、それは嬉しさに他ならなかった。


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