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第64話

 部屋に戻ったクラウドは、クローゼットから出した制服に袖を通した。立ち襟にカーラーを入れ、裾を覆う青いラインと、胸に入る教会の紋章を指で整えた。白い手袋をはめ、腰に剣を下げる。汚れのない真っ白な生地の正装は、着ているだけで気が引き締まる。


 だが、僅かに物足りない不思議な気分が心の片隅に存在した。こうして少しカズキと離れているだけなのに、喉の渇きにも似た枯渇感が胸の底にあるからだ。


 早くカズキに会いたい。どこまでも過保護な自分にいささか苦笑し、部屋を出て会場へ向かった。


「さて、行くか」


 クラウドは襟を正して会場へ繋がる紅のカーテンを潜る。


 楽団が奏でる弦楽器の音色と人々の嬉々とした話し声。舞踏会のこの時ばかりは、団員以外の恋人や友人を連れて来られるのだ。既に多くの人々が集まっていた。


 その中に異質が一人。悲しみに打ちのめされたように落ち込む、ライシュルトに目が止まった。


「ライ、どうした?」


「クラウド~。オレは精神的ダメージ食らったぁ~」


 情けない声を出し、壁に額を預けながら指差した先にはセディアの姿。その腕に抱くのは、淡く光る月色のドレスを纏った――。


「あの子……」


「お姫様抱っこで会場入ってきた上に、ずっとべったりなんだ……それに団長もまんざらじゃなさそうなんだよ~。誰なんだ、アレ」


 落ち込むライシュルトをよそに、クラウドは思わず笑ってしまった。化粧が施され、髪の長さまで変わっているが、惚れた瞳の強さに見間違いはなかろう。


「ライ、あの子カズキだよ」


「へ? ……えぇぇーーっっ?」


「驚いたな。ああも変わるものなのか」


「マジかよ。信じらんねーっ! いや、ちょっと待て、それはそれで複雑なんだが」


「まぁ、とりあえず行ってみよう。悔しくて近づけなかったんだろ?」


「う、その通りデス」


 ライシュルトを促してセディアの許へ向かった。


 強く見据える紫の瞳。白い肌。項に見える紅い印。近くで見ればカズキだという確信が更に強くなった。


「おお、二人とも来たか」


「団長~、その子は……」


「可愛い子だろう。なぁクラウド?」


「はい。とても似合っているよ、カズキ」


「ほぅ、さすがクラウドだ。これを見分けたか。もう少し驚かせるつもりだったのだが」


 顎を撫でながらセディアが苦笑する。


「…………」


「カズキ?」


 こちらを見つめたまま動かぬカズキが、突然顔を赤らめた。


「うわわっ、本当にピエールさんの言う通りだぁ」


「?」


「騎士団の正装、クラウド似合うね! ドキドキするよー」


「はは、ありがとう」


「なぁなぁ、ホントにカズキ?」


「うん。あんたは気づかなかったんだね。とろくさーライシュルト」


「う……。その口の悪さ間違いなくカズキだ。しっかしよー元からカワイイ顔してるけど、化けるもんだなー」


「はぁ?」


「ピエール殿がな、今回の為にと、ドレスから髪飾りから全てカズキ君専用に仕立てたそうだぞ」


「仕立てたのはいいけど、ボク、サイズとか一言も言ってないのにピッタリだったのが怖いよ。何なの、あの人」


「でも、とても素敵だよ、カズキ」


「えへへ。クラウドにそう言ってもらえるなら嬉しいや」


 本当に嬉しそうにカズキが笑う。正直、この笑顔は反則だ。抗えぬ独占欲が顔を覗かせる。


「ね、クラウド。外連れてって。夜景が綺麗なんだってさ」


「ああ。団長、カズキの相手をありがとうございました」


「いやいや、こちらこそ楽しかったよ。またな、カズキ君」


「うん。ボクも団長さんとお話できて楽しかったよ」


 カズキがお礼にと、セディアの唇の端に口づけた。


「あっ」


「ライ、すまん」


 何となくライシュルトに申し訳ない気分になり、クラウドはカズキを抱き上げ、慌てて外へ出る。


 バルコニーの縁へ腰かけて肩を引き寄せた。少し肌寒い風と一緒に、微かに甘い香りが漂ってくる。


 眼下に広がる夜景、天に輝く星々、そして目の前にある月。どれも捨て難いほど美しい。


「うわー、夜景綺麗だね。それにしても試合残念だったなぁ。ライシュルトって本当に強いんだね」


「ああ、昔から頭一つ抜け出てたよ。従騎士一年目で、騎士に勝ったこともあるんだよ」


「ライシュルトもさ、今まで団長さんの為に頑張ったんだろうね。なんか、そんな感じがする」


「ああ。団長はライの特別な人だからな。小さな頃から目をかけてくれていたし、団長を喜ばせることがライなりの礼なんだろう」


「そっか。団長さんカッコイイもんねー。ライシュルトが頑張るのも分かる気がするよ」


「カズキは団長がお気に入りだね」


「うん。いい人だよー。なんか一緒にいると自分が無防備になれるって言うか。信用してるのかなぁ……あ、勿論一番大好きなのはクラウドだよ!」


 自分で言った言葉に、焦って取り繕うとする姿が何とも可愛い。クラウドは、ガラス玉がちりばめられた銀色の髪を梳く。


「分かっているさ。確かに団長は魅力的だから、そう思うのも自然なことだよ」


「うん。でもさ団長さんは、昔あの洞窟で何があったんだろうね?」


「こればかりは、ライが真実を知って話してくれるのを待つしかないね。おおよそ勝手に首を突っ込めるような話ではないから」


「そっかぁ。まぁ、仕方ないよね。あまり辛い事実じゃないといいね」


 願わくは、ライシュルトの心の傷が深く残らないことを祈るだけだ。クラウドは空を見上げる。浮かれた気分をしまい込み、先を見つめなければならない時が近い気がした。(いつき)とライシュルト、どちらも助けたい。


 杯はひとつ。


 救う者はふたり――。


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