第60話
あれから一週間が経った。未だ鴎伐からの連絡はない。だが、代わりに思いがけない訪問者が現れた。
ソギがリビングへ招いた彼らに、クラウドはどう反応を示していいのか迷ってしまう。不機嫌そうなジュリアスと笑顔を湛えたピエールがいたのだ。
「こんにちは、皆さん。あなた方が近くまで来ているとジュリアスに聞きましたもので、どうせならと教会抜け出してお邪魔しに来ちゃいました」
「銀髪美人が聖獣に乗ってこの森へ入るのが見えたからな。運命的出会いってやつか」
「何それ、気持ち悪ー」
カズキが呆れたように溜め息を吐いて天井を見上げる。
「まぁ、愛のなせるワザだな」
「絶っっ対、違うと思う」
「またまた」
ジュリアスがニヤリと笑いながらソギへと迫るが、視線を首筋に落としたまま動きを止めた。首筋についたキスマークを見つけてショックを受けたようだ。
「キスマーク……」
「僕はもうヨハンのものだよーだ」
「ヨハン、貴様」
「悪いがソギは俺の大切な奴だからな、お前にはもう手を出させないぜ」
「ふん、他に男いたって構いはしないさ」
「はいはい。もう、勝手に言ってれば。ピエールさん、どうぞ座って下さい」
「冷たいねぇ。ま、お前が照れ隠しにしてると思えば悪くはないか」
「はぁ? 照れてないけど」
「愛情の裏返しだろ?」
「いい加減にしろっ」
ジュリアスのパワーに、クラウドはカズキと顔を見合わせて苦笑する。
「めげないねー、アイツ」
「同感だ」
「さて、バカ息子は放っておいて、クラウド達のお話を聞かせていただきましょうか」
「我々がここへ留まっている理由ですね」
「はい、その通りです」
ピエールが椅子に腰かけて背筋を伸ばした。
「事は召喚士の都での出来事から始まりました」
クラウドは一つ一つ思い出しながら、ゆっくりと事の顛末を話す。宝物庫での自分の体験、カズキの見た三十四代番人の記憶。杯と教会の関係を。
そして全て話終えたのは、それから一時間ほど経過していた。窓枠に止まった鳥が小さく囀る。
「なるほど、血と魂を封じた杯ですか。確かに他の犠牲者が出るのは望ましくありませんね。鴎伐からの連絡は?」
「未だに」
「そうですか」
ピエールが頷き、髭をひと撫でした。
「それでしたら一足先に教会へいらっしゃいな。叉胤、鴎伐が今どこにいるか分かりますか?」
「いえ。気配も感じられませんので、何らかの手段で魔界へ戻ったのかもしれません。鴎伐様が教会の近くと言っていたのは、彼が教会に入れないからだと思います。だから、オレがここで鴎伐様を待ちますよ」
「あなたも魔族などと気にせず、教会へ来ていただいて構わないのですよ」
「ありがとうございます。でも鴎伐様の気配を感じ取れるのはオレだけですし、鴎伐様もオレの気配を辿って来るはずですから。ナシュマも一緒に残ってくれる?」
「おう、勿論だ。叉胤残るなら俺も残るぜ。あの時みたいに何かあったら嫌だからな。俺が叉胤を護る」
ナシュマが護るように、後ろから叉胤を抱きしめた。
「いいのか二人とも?」
クラウドは少し申し訳ない気がしたが、叉胤がそっと耳打ちしてくる。
「クラウドさん、気にしないで。折角だからさ、こっちもナシュマと二人きりで楽しませてもらうよ」
「ああ、なるほど」
ナシュマが人間に戻ってこの方、二人だけで過ごす時間が少なかったことは事実だ。妙に納得してしまった。
各自出発の準備をし、ピエールに従って森を出る。カズキの脚のこともあって、ジュリアスが乗って来た馬を勧めてくれた。
「ふーん、ジュリアスもほんの少しイイとこあるんだね」
「惚れるなよ」
「クラウド以外に惚れるわけないじゃん、バカ」
「犯すぞテメェ」
クラウドは無言で馬首を返してジュリアスを牽制する。
「危ねぇなっ」
「手が滑った」
「ナイスです、クラウド。カズキ君もジュリアスに手を出されたら、容赦なく聖獣でやっちゃっていいですからね」
「うん、そうする」
「けっ」
「さて、行きましょうか」
暖かな風が吹いた。空は青。
クラウドは胸にいっぱいになるまで空気を吸い込む。空気も暖かい。ピンク色の花びらが風に乗って駆け抜けていった。
「ああ、そうか。この時期は……」
「おや、クラウド覚えていましたか。それもあって、あなた方を迎えに来たのですよ」
「あ、そんな時期か~!」
ライシュルトも思い出したのか楽しそうに頷く。腕の中のカズキが不思議そうに小首を傾げていた。
「何かあるの?」
「セントラルクルスで街をあげてのお祭があるんだよ。変わった露店が出ていたり、大道芸をやっていたりで中々楽しい。夜は歌に踊りに酒……その日一日は無礼講だ」
「ふーん、ザーニアのお祭りは嫌いだったけどさ、ここのはクラウドと一緒なら楽しめるかな」
「ああ、きっとね」
「存分に息抜きしちゃって下さいね」
「クラウド、一緒に行こうね。うんっ、楽しみになってきたよ。えへへ、嬉しいな」
クラウドは、弾けるような笑顔を見せたカズキの髪に口づけ、セントラルクルスへ向けて馬を進める。追い風が優しく背中を押してくれた。




