第5話
「それじゃぁ俺は、一度宿に戻るよ。君のこと仲間に話したいしね」
「あ……その前に背中の傷を治さないと」
「そうだったね。悪いけど薬草か何かあったら貰えるかな」
そう言って服を脱いだクラウドの背中を見て、カズキが息を飲む。魔物にやられた傷の他に、肩から背中にかけて切り裂かれたような傷痕があったのだ。
「この傷は?」
「ああ、俺がまだ従騎士の時に、騎士団全体の腕試し大会があってね。真剣を使ってやっていたものだから、試合中相手の剣を躱しきれなかったうえに、当たりどころが悪くて深く入った。こういう時は、痛みより血が流れ出る感覚で気が遠くなるんだ。痛みはその後だね。俺は運良く助かったけど、その後一ヶ月ほど生死の境を彷徨ったよ」
「……だから死の恐怖って……」
「昔の話さ」
カズキが小さな手でクラウドの背中に触れた。傷に恐怖を覚えたのか、微かに震えている。
「ボク、生きたいな」
「ああ。君が死んでしまったら悲しむ者が少なくとも一人、ここにいるよ」
「うん、ありがとう……」
濡れた布で背中を消毒して薬草を塗ってくれた。大きな背中、細めであるのに力強さを感じる肩、綺麗についた引き締まった筋肉は、さすが剣を生業にしているだけのことはある。
カズキが掌を当てたまま動きを止めた。
「どうした?」
「ううん。はい、終わったよ。血は止まっているけどしばらくは安静にしててね」
「ありがとう。じゃあ明日支度ができたら宿においで。何かあったら連絡を寄越すよ」
クラウドは、少し顔を赤らめているカズキの額に自分の額をつける。雨で体が冷えていたので、体調を崩してしまっていないか心配だった。
「熱っぽいね。大丈夫かい?」
「だ、だ、大丈夫……。また、明日ね」
カズキと別れたクラウドは宿へ戻った。軽く睡眠を取るつもりが疲れていたのだろうか、昼過ぎに目が覚める。
「あ、オハヨー。顔洗っておいでよ。ゴハン食べに行こー」
「その前に二人に話があるんだ。聞いてくれるかい?」
クラウドは窓を開けて、太陽で暖められた空気を肺いっぱいに吸い込んだ。頭の中がすっきりとした気がする。
「……一人、仲間に加えたい子がいるんだ」
「昨日の子?」
「ああ。どうにも放っておけなくてな。直感で連れて行きたいと……そう思った」
「あのさークラウド」
ライシュルトが申し訳なさそうな口調で言った。
「お前のお人よし加減は今に始まったことじゃないけど、本気か? あの子脚が悪いんだろ? 徒歩での旅だし、魔物との戦闘に、足場の悪い道も出てくるだろう。全てを庇いながら行くのは辛いぞ。正直、情けないけどオレは護れる自信はないよ。クラウド、お前だって経験あるだろ。あの時の二の舞になってもいいのか?」
「…………」
あの時。護りきれず腕の中で冷たくなっていく命に、騎士として最初の挫折を知った。
しかし。
「今は違う。俺はあの子を護る。必ず」
ライシュルトが小さな溜め息を吐いて頭を振る。
「何を言っても聞かなそうだな。仕方ねぇなー、一緒にお前の苦労を被ってやるよ。ソギも悪いけど付き合ってやってくれ」
「うん。クラウドさん、昔何があったか分からないけど、これからは僕にも頼ってね」
「……すまない、ありがとう」