第55話
次の日の朝早くに出発し、水の神殿を通って召喚士の都を訪れた。神殿を繋ぐ部屋を出てすぐに、その大きさと造形の美しさにカズキは心を奪われた。
だが神殿から外は荒涼と広がる大地に、打ち崩された石の塊が累々と転がる。どれだけ激しい戦いがあったのかが容易に想像ができた。カズキは訳も分からずクラウドの首にしがみつく。
「ねぇ、ここが召喚士の都?」
「ああ。唯一残っているのは今いる神殿だけのようだね」
クラウドの額がカズキの額に当てられた。
「大丈夫かい? 顔色が悪い」
「うん、大丈夫。なんか聖獣に呼ばれてる時と同じように思念を感じるんだ。呼ばれてるわけじゃないんだけど……喜んでたり悲しんでたり。うーん、分かんないや」
「おそらくカズキの召喚士としての血が、過去の戦いの残留思念を感じてるんじゃないか。殲滅戦に参加した俺が言うのもなんだがよ」
懐かしそうに辺りを見渡しながら鴎伐が言う。
「鴎伐はこの都の担当だったのか?」
「ああ。霙颯様や四天王、それに魔族の主力部隊は、長がいるこの都を攻めた。それでも相当な被害被ったからな。力をつけた召喚士は一人でも脅威なんだ。この神殿は、どんなに攻撃しても崩せなかったんだぜ」
「そっか」
カズキは天井を見上げた。一族などあまり興味はないが、改めて聞かされると、ほんの少しだけ複雑な気分になってしまう。
やがて、先に視察へ行っていたナシュマとソギが戻ってきた。
「クラウド、見つけたぜ。例の記憶の間だったか、開く気配全くなし。聖獣の部屋と同じで、カズキにしか入れないみたいだな」
「記憶の間かぁ。そこにボクが入ればいいんだよね」
「ああ、頼むよ。何が見えるのか分からないけれど、三十五代前後の番人の記憶が鍵だ」
「うん、クラウドのお願いだったら何でもやるよ。ナシュマ、案内お願い」
廊下に等間隔に並ぶ柱と、聖獣を模したのであろう石像がカズキを誘う。どれもただの石くれではなく、微量に聖獣の力を宿していた。魔族からの攻撃にも堪えた要因の一つだろう。
そしてナシュマに案内された記憶の間は、未だ朽ちぬ金の装飾がされた小さな扉の向こうにあった。カズキと同じ杖を持つ召喚士や鳥や馬といった生き物、それらを覆ように植物が描かれた扉は、召喚士が訪れるのを静かに待っていた。
「綺麗な壁画だね、クラウド」
「あぁ、そうだな」
頷いたクラウドの瞳が真っすぐに視線を合わせてくる。いつものことなのに何となく気恥ずかしくなり、カズキは照れを隠す為にクラウドに口づけた。
「どうした?」
「うん、その、元気もらったんだ!」
カズキは壁画の前に下ろしてもらい、杖を手にする。
「どうやって中に入るんだ?」
「多分、聖獣と同じだと思うんだけど……」
杖の水晶を壁画に宛がった。すると水晶が青い輝きを放ち、カズキを包む。
優しい光だ。
「行ってくるね、クラウド」
「ああ、行っておいで。気をつけてな。できるなら一緒に行きたいのだが」
「うん……」
クラウドが抱きしめる腕に力を入れ、カズキは申し訳ないと思いながらも瞳を閉じた。
抱かれる温かさが消えた。水の揺らめきのようなものに体が流される。
再び瞳を開けたそこは、蝋燭の炎の色に似た温かな光がちりばめられた、闇色の空間だった。カズキは手を伸ばし、一番近い光に触れてみる。
「ぅわ?」
突如頭の中に見知らぬ景色が流れ込んできた。深い深い森の中。一人の少年と一人の聖騎士。そして、二人の出会いから番人になる、その瞬間までの記憶。
番人の名は斎。
聖騎士の名はピエール。
カズキの頬を涙が伝った。景色だけではなく、彼らの感情も入ってきたからだ。互いを想いながらも、教会によって引き裂かれた悲しみが。
「これが……斎って人の記憶――このいっぱいの光の中に、あるんだね」
自分の意識に他人の記憶や感情が入ってくるのは、正直気持ちがいいものではない。それでもクラウドの為にやり遂げようとは思う。カズキは涙を拭い、クラウドとの約束を果たすべく一つの記憶を探し始めた。




