第54話
カズキの背中に打ちつけたような痣。雷鳴が響いた時、嫌な予感がしてここへ向かったのだが、それは見事に的中してしまったようだ。クラウドは掌を当てて傷を治し、小さな体を抱きしめた。
「すまない。お前が苦しんでいる時に傍にいられなかった」
「ううん。来てくれてありがとう、クラウド。なんか安心したよ」
「カズキ……」
優しい言葉と笑顔に、尚更無力を感じる。その場にいなかったからというのは言い訳にならず、申し訳ない気持ちでいっぱいだが、それに落ち込んでもいられない。
「何があったか聞かせてくれるかい?」
カズキの飛び出した理由。箏という魔族に襲われ、鴎伐に助けられたこと。
再び落ち込みそうになるが、理性で感情を抑えながらそれを聞いた。
「そうか……鴎伐、箏とは何者だ?」
「各軍団を束ねる四天王って奴の一人だ。まぁ箏は魔獣遣いの統制役なんだが、これがまた王族に対する忠誠心は皆無って変な奴でな。自分との利害が一致しなきゃ、王族からの命令も平気で無視するぜ」
「はぁ? 何でそんな奴が偉い身分なの?」
「それを差し引いても余りある実力がある、ということだよ」
「ご明察。戦闘用の魔獣を手懐けられるのも、箏を含めて数人しかいねぇしな」
「そのような者がこちらの世界にいる状況なのか……」
クラウドは首筋に手を当てる。心に引っかかるものがあった。カズキに契約を果たしてもらい、聖獣の力を安定させる。それが自分たちの目的だ。
だが、それは人間側だけの都合である。魔族にも理由があり、戦いを続けるだろう。根幹にあるそれを解決しなければ、全てが終わったとは言えない。
「ツバキへ戻ろう。この先のことについて話し合いをしたい」
その後ライシュルトと合流し教会へ戻る。そしてクラウドの鴎伐に対する問いかけに誰もが耳を疑った。
「悪い、もう一回言ってくれるか?」
「今までに人間が魔界に来たことがあるのか、と聞いたんだ」
「そりゃぁ、あるわけない。俺達は同族に敏感だから、人間が馴染んであの世界で暮らすなんて出来ないしなぁ。叉胤は聞いたことあるか?」
「いえ、オレもありません。人間が魔界へ行く為には、番人の護る扉を通るのが唯一の道筋のはず。クラウドさん、どうしてそんなことを?」
「おい、クラウド。まさか向こうに乗り込もうとか無茶苦茶なこと考えてるんじゃねぇよなー?」
「状況によっては、まさにそう考えていたんだ」
「はぁっ?」
その場が再び騒がしくなるが、それを静めたのはソギだった。
「クラウドさんが言うなら、理由があってのことだと思うんだ。まずは話を聞かせてもらおうよ」
「ソギ、ありがとう。俺達の旅の目的は、カズキに聖獣と契約をしてもらって自然の均衡を保つことだが、魔族には別の理由があって人間の命数を欲している。だからそれを止めさせない限り、この旅は終われないと思うんだ」
「確かになー」
「だがな、クラウド。魔族は簡単な話で動いてねぇぞ」
鴎伐が僅かに気配を張り詰めて呟く。抑え切れなかった負の感情が漏れたか。
「どういうことですか?」
「国王からの命で、国家単位で行動をしているんだ。簡単に止められないし、止めようとは思わない」
「そこまでして魔族は一体何を護ろうとしているんだ?」
「たった一つの、なくなってはいけない命を護る為だ。人間に護りたい命があるように、魔族にも護りたい命がある」
「だから人間の命使って助けるって? ふざけんじゃねぇぞっ」
鴎伐に掴みかかろうとしたナシュマを、叉胤は後ろから抱きしめるようにして止めた。
「ナシュマ、抑えて。鴎伐様、国王直令で助けたい方って……まさか、霤碧様ですか? それならば霙颯様が動くのも分かります」
「ああ。その通りだ」
「やはりそうですか……」
叉胤が肩を落として溜め息を吐く。
「誰だ?」
「王子だよ。王家は世襲制ではないけど、本当に皆に慕われて次期国王に名前が上がってる。オレも霤碧様がいなければ、今ここに存在してないくらい恩義があるよ」
「どういうことだ?」
「うん……」
言いよどむ叉胤に鴎伐が代わって口を開いた。
「叉胤は親衛隊って立場で魔族を裏切ってるからな、本来ならば処刑されてもおかしくなかった。でも霤碧様の執り成しがあって、魔界追放に落ち着いたって経緯がある」
「なるほど。はー、危なかったなー叉胤。今お前がここにいてくれることに感謝だ」
今度はナシュマが大きく溜め息を吐いて、叉胤を抱きしめた。
「それにしても霤碧様はあんなにお元気でしたのに……何があったのですか」
「それが分かれば苦労しねぇんだがな。高熱で倒れられてから昏睡状態が続いているんだ。王も、俺達もみんな霤碧様を救いたいと思ってる。俺は折角こっちにいるから、魔界という枠を外れた観点から霤碧様をお救いできないか考えてみようと思った。だからお前達と行動させてもらったわけだ。魔力の根源たる力を持つ召喚士に、救いの道があるかもしれないしな。だが一つ言っておくが、助けられる道が人間の命数しかないと分かれば、俺は容赦なくお前達に牙を向くぜ」
「何だよ、その変な宣言~」
クラウドは鴎伐の発言に驚いたが、同時に納得もしてしまう。彼の同行理由に釈然としないものがあったが、真の目的がこちらにあるなら理解できる。
「お前の豹変ぶりには違和感があったが、そういう理由だったか。魔界側も王子の命がかかっているならば、確かに簡単な話ではない。この先は長期戦になるかな」
「だったらクラウド、とりあえずカズキの契約果たすの優先させた方がいいと思うぜ」
ライシュルトが窓の外に視線を送る。
「見ろよ、いい天気だ」
促されるまま見上げた空は、全てを隠す闇色から、抜けるような青に変わっていた。




