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第53話

 一方、カズキは嫌な夢を見ていた。クラウドと出会うずっとずっと前のこと。一日が過ぎるのが果てしなく長く、気が狂いそうな日々だった。


「……ぅ」


 カズキは自分の呻き声で目を覚まし、辺りを見渡す。横にいてくれるはずのクラウドの姿はない。


 背に汗が伝い、鼓動が早まる。怖い、そう思った。微かに震える手を押さえ込む。いて欲しい時にいないことが、こんなにも辛いとは思わなかった。


 カズキは皆が眠っていることを確認すると、杖を手に腕で床を這いながら窓辺へ行く。そして杖の底で床を叩き、聖獣を召喚した。


 闇夜の中から現れたそれは、黒い鱗が硬く大地のように力強い。吐息は暖かく、翼から齎される心地よい風。瞳は澄んだ水のごとく美しい。


「手伝って」


 杖で窓の止め金を外し、聖獣に外へ引き出してもらった。


 風が吹き去る。


 背に乗って空高く飛んだ。教会の明かりがみるみる遠退く。


「お願い、クラウドを捜して」


 首筋を撫でてそう囁いた。心の隙間を埋めてくれるのはクラウドだけだ。会いたくて、会いたくてたまらない。出てきた涙を拳で拭う。


 ふと、空が黄色く光った。


「ぅわ!」


 突如辺りに稲妻が巡り、声が奪われ、痺れた体が聖獣から滑り落ちる。


 カズキは風を操り、どうにか直撃は免れたものの、背中を強く打ちつけた。攻撃の出所も分からず混乱する。


 耳を裂くような轟音。また、体が痺れた。立て続けの事態に、息すらまともにできず肩が小刻みに震える。


 見上げた空には黒い人影。周りは晴れているのに、その周辺だけが雲に覆われている。人影が横に立ち降り、耳元に唇を寄せてきた。銀色の髪が空の闇に映える。


「ふふっ、君は狙われてる自覚あるのかなー。独りで出歩くなんて殺してくれって言ってるものだよー」


 にこやかに微笑んだのは、少年のような面持ちの男だ。彼の指先から出た、細い糸のようなものが首に絡みついた。


 じわり、じわりと首が絞まっていく。


 視界が霞んで男の表情が読み取れない。ただ、心を眠らせるような甘い香りが自分を包む。


「今回はある人の頼みで、君の血と細胞を貰いにきたんだよー」


 首に絡みついている糸がゆるゆると移動し、痛みなく左胸に飲み込まれた。血が吸い上げられているのか、それが赤く染まり、男の手の中へ吸い込まれていく。


「赤い血……話には聞いてたけど本当なんだねー。生き延びてたんだ。さて、人間はどれほど血を抜いたら死ぬのかな? 大丈夫、苦しみは感じさせないよ~」


「……ッッ」


 こんなところで終わってしまうなんて嫌だ。カズキは力を振り絞って、手元にあった氷を投げる。氷の粒は力無く転がり、男の足元で止まった。


「――ふぅん、まだ抵抗する気力があるんだ。存外丈夫なんだね。恐怖感もないんじゃ、ゆっくりやることもないか。つまらないなぁ」


「ッッ、ぁあ!!」


 血肉が一気に吸い上げられていく感覚。痛みはない。けれど体は悲鳴を上げている。


「ふふっ、すぐに楽にしてあげるよー」


「そこまでにしとけ、(そう)


「なんだ、鴎伐(おうき)が来たんだ。残念、時間切れだね~」


 (そう)と呼ばれた男が溜め息を吐いて、カズキの体から糸を引き抜いた。


「――ッァ!」


 刹那、カズキに味わったことのない、酷い痛みが襲う。言い表すならば、体の中を何万という針に突かれているような、低温で内臓を焼かれているような、そんな痛みだ。


「……ぅぅ……」


 死んでしまった方がマシなほどの苦しみ。


 痛い。怖い。あつい。いろいろな負の感情がカズキの心を苛んだ。この感覚は、過去にも味わったことがある。同等の苦しみだ。


 横で鴎伐(おうき)(そう)が会話をしているが、もはや聞き取る余裕はない。


「クラ……ド……」


 それからすぐに(そう)が姿を消し、鴎伐(おうき)に顔を覗き込まれる。零れる涙を親指で拭われた。


「相手が悪かったなお前。さてと。あんまりコレやりたくねぇんだけど、ま、助ける為だし仕方ねぇか」


「っっ」


 カズキの唇に鴎伐(おうき)の唇が触れ、軽く息が吹き込まれた。喉に当てられた中指が胸まで滑り、何かを探すように動き回る。


「ここか」


 もう一度息が吹き込まれ、心臓の下辺りに指先を強く押しつけてくる。


「……っ?」


 痛みが、消えた。鴎伐(おうき)の唇が離れていく。


「はい、終了」


「え?」


 カズキはゆっくりと身を起こして体を動かした。あれだけ痛かったのに、何事もなかったかのように体が軽い。


(そう)の魔力でお前の力の流れが狂わされたんだ。痛みが増幅するよう神経もヤラレてたみたいだな。俺の魔力入れて(そう)の力を相殺させたからもう大丈夫だぜ。で、独りで急に出て行ったのはクラウドいなくて不安になった、そんなところか。もっとも、クラウドいないなら聖獣だけ飛ばして捜させるとか何とかできたはずだろ、もう少し考えて行動しろ」


「う……」


 確かにクラウドがいないことに焦って飛び出してしまった。それでもすぐに会いたかったという気持ちも事実だ。


「ま、お前の望みはすぐに叶ったみたいだな」


 顎で示された先に目をやれば、待ち望んだ姿がそこにあった。


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