第52話
それぞれの気持ちも心も落ち着いた後、カズキに辺りの封印を解いてもらい、ツバキの教会に到着した頃には夜が更けていた。
皆は体を休めたが、ライシュルトはクラウドと共に、封印によって命を落とした者の為に聖堂で鎮魂の祈りを捧げた。
「なぁクラウド、オレ複雑だよ。集落の人の命を奪った奴が仲間なんて」
祈りも終わり、ライシュルトは古ぼけた木の長椅子に座り直して体を伸ばす。叉胤が復帰したにも関わらず、鴎伐が旅に同行することになった。カズキに命を拾われたからとの理由だが、どうも釈然としなかった。クラウドも頷く。
「信用がおけないというのが正直な感想だね」
「だよなー。あいつは確かに強いよ。けど、何か違和感があるんだ。今まで狙ってたカズキを急に助けるなんておかしいと思わないか? 助けられた命は命で返すって、魔族では普通なのかなー」
「叉胤はそれが普通だって言ってたがな。それを信用してしばらくは様子を見てみよう」
「ああ、そうだな。っと、誰か来たみたいだぜ」
教会の明かりがついていることに気づいたのだろう、集落の男数人が聖堂の中へ入ってきた。
進み出た男が二人の紋章剣に目を止める。
「聖騎士か。こんなところで何をしている」
「集落の近くに所用がありますので、今夜はこちらの教会で宿をとらせていただいております」
二人は頭を下げるが、男は侮蔑した眼差しを向けてきた。そして思いがけないような返答に耳を疑う。
「今回は何を企んでいる?」
「――申し訳ありませんが、おっしゃる意味が分かりません」
「教会の者など信用ができん。教会が齎したものなど裏切りだけだからな」
あやしい雲行きだ。ライシュルトたちは顔を見合わせる。教会の行動が、全ての者に受け入れられるわけではないことは承知しているが、ここまで敵意を剥き出しにされたのは初めてだった。
「裏切りとは……いったい何があったか教えてはいただけませんか?」
「若い世代は知らないのか。汚点は隠すってことだな。ますます腐ってやがる」
「何をッ」
ライシュルトの胸の奥底に不思議と怒りが湧いた。無意識に一歩進み出たが、クラウドに制止される。
「お前らしくないぞ、落ち着け。そちらのお話を聞かせていただけますか」
「知りたいのなら教えてやるさ、裏切りの歴史をな。二十五年前、魔族の女が人間に成りすまして、この集落の男の家に住み着いたのが始まりだ。魔族なんて奴を集落に置いておくことはできないからな、教会に二人の退治を依頼し、皆の目の前で処刑された。――だが、実際には奴は殺しちゃいなかった。それどころか、ここから少し離れた洞窟に二人を匿っていたんだ。これを裏切りでなく何と呼ぶ」
「そんなことが……」
「更に滑稽なことに、匿っている事が露見した途端、後ろめたかったのか、奴もようやく仕事を熟したようだ。洞窟の地下にあいつらの遺体があったからな。だが裏切り者の教会なんぞこの集落にはいらん。だからお前達のいる場所もない。夜が明けたら早々に出て行け」
憎々しく吐き捨てながら男たちが姿を消した。
ライシュルトは目を閉じ、深い溜め息で怒りを吐き捨てる。集落から離れた洞窟。魔族の女と人間の男。二十五年前、教会に駐在していたのは現聖騎士団長、セディア=クラウス。
あの時、見たあれはやはり……。
「ライ、どうした?」
「クラウド、一緒に来てくれ」
ライシュルトはクラウドを連れて洞窟へ向かった。案内はいらない。全身に巡る血が、そこへと導いてくれる。
真実を知るまでは近づきたくない場所だったが、教会に留まりたくもなかった。怒りなのか、驚きなのか、悲しみなのか、胸に渦巻く感情はライシュルト自身にも分からない。
洞窟に入るとクラウドが腕を掴んでくる。
「ライ、落ち着け。一体どうしたんだ? それにここは?」
辺りを不思議そうに見渡すクラウドに、ライシュルトは呟くように答えた。
「さっきあいつらが言ってたろ。教会が魔族を匿った洞窟だよ。そして――同時にオレの両親が暮らしてた場所でもある」
「何だってっ? それに二十五年前にツバキにいたのって確か……ライ、お前……」
「なぁ、クラウド……オレ、何を信じていいのか分からねぇよ」
ライシュルトは床に屈み込んで自らを抱いた。これほど現実から逃げたいと思ったことはない。頭が混乱する。セディアが両親を手にかけたのは事実。それでも自分を助け、愛してくれたのも事実だ。
しばらくしてクラウドの手が、落ち着かせるように肩をゆっくりと撫でてくる。
「クラウド……」
「――団長を信じてやれよ。お前が証拠だ、ライ」
「え?」
「上手く言えないのだが、団長はお前がいたことに気づいて、二人を匿ったんじゃないかな。手にかけてしまったのだって何か深い理由があったんだろう」
「理由、なんてあるのかな」
「だってライ、お前は生きてるじゃないか」
「生き、て?」
「よく考えろ。今では廃れているが、魔族から人々を護るのが、基本的な教会の仕事の一つだろ。本来ならば、お前も手にかけられたっておかしくない状況だったはずだ。それでも、そんな中でも、団長はお前を助けたんだ」
「それは、魔族と人間の混血だったからじゃ……」
「その事情を知っているのは大司聖様以上だよ。聖騎士だった団長が知っているわけもない。それに候補者はピエール様の夢見で決まるだろ。二十五年前じゃ斎様が着任されて五年だ。夢見をされたからという可能性も低い」
「あ……」
ほんの少しだけ気持ちが楽になった。
「ごめん、クラウド」
「いや。お前の弱い部分を見られるのは悪い気はしないよ」
「うん、ありがとう。お前が親友でほんとに良かった」
「俺もだよ。ところでライはどうやって両親がいるって知ったんだい?」
ライシュルトは気持ちを入れ替える為に自分の頬を軽く叩き、洞窟の奥を指差した。
「ん~上手く言えないけど、この洞窟懐かしいのと、奥に二人の遺体がある。それ見た時、何となく理解したから、かな。記憶なんてない、でも、ああそうなんだって思った。二人のところ、一緒に行ってくれるか?」
「ああ、勿論だ」
「ありがとう」
今の瞬間であれば、両親をきちんと見つめられる気がする。ライシュルトはクラウドを連れて地下へ下りた。
「っ?」
「これは、綺麗だ……」
クラウドが目を細めて呟く。
そこには、地面を埋め尽くすほどに色とりどりの花が咲き乱れていた。周りは寒いのに地面だけは温かい。そして母と父の遺体は、真に寄り添いながら氷の柩の中で静かに眠っている。柩の上には太陽の紋章剣。
こんなことが出来るのは一人しかいない。
「カズキ、だから寝不足って……あいつっ……」
ライシュルトは剣を胸に抱く。零れる涙は、止まることを知らなかった。




