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第51話

 叉胤(ざいん)の命は風前の灯。そして相手との力の差は歴然。劣勢な状況。だが懐には薬の調合に使う薬草の粉末が入った袋がある。起死回生の為の切り札だ。


 風は、良好。ナシュマは間合いを取りながら風上に立った。


 楽しそうに霙颯(ようぜん)が笑う。


「ふぅん、何か企んでるみたいだね」


「ああ。あんたとどう戦えば勝てるのかを考えてた」


「考えは纏まった?」


「まぁな」


 霙颯(ようぜん)のような戦い慣れている者に正攻法は無理だ。だとすれば、残された手段は一つ。


「卑怯な手だけどな」


 風が強く吹いた瞬間、ナシュマは懐の薬を撒き散らした。気づけ薬に使うその薬草は、そのまま使用すれば強い刺激性を持ち、吸い込めば即効性の痺れを齎す。


 妖祁(ようき)は風上に、風下にいたヨハンは息を止め、ソギの鼻と口を手で覆った。ナシュマは、まともに吸い込んだ霙颯(ようぜん)がふらついた隙に、胸倉を掴んで押し倒した。


「これで王手だ」


「やってくれるね……ッッ」


「約束果たせよ」


 ナシュマは、痺れを取る為の中和剤を霙颯(ようぜん)に飲ませて身を引く。


「ぅ……お前、狡猾な男だね……これも、お前の仕掛けた罠か」


「いや。そっちに効く中和剤は持ってねぇんだ。そのうち治まるからよ」


「くっ……」


 玉のような汗をかきながら頬を紅潮させて霙颯(ようぜん)が呻いた。様子がおかしいと思ったのだろう妖祁(ようき)が駆け寄り、手を貸そうとしたが、霙颯(ようぜん)がそれを振り払う。


妖祁(ようき)、今は……近づかないでっ」


霙颯(ようぜん)っ? 人間、何をしたっ?」


「あー、その。撒いた痺れ薬には催淫の効果もあるんだ。痺れの中和はしたが、ほぼ生のまま吸い込んだからな、そっちは結構強力だぜ」


「強力、なんて、可愛いものじゃ、ないっ」


「ちょっと霙颯(ようぜん)には効きすぎたな」


「ほぅ、それは大変だ。薬の効果が切れるまでベッドの上で看護しなければな」


 何を思ったか妖祁(ようき)が笑い、霙颯(ようぜん)を無理矢理に抱き上げると素早く渦の中へ姿を消してしまった。黒い渦も彼らに吸い込まれるように消滅する。


「兄貴……」


 少し呆れ混じりのヨハンの溜め息が背後から聞こえた。


「あっ、しまった!」


 冷静になって考えれば好機を逃していたことに気づき、ナシュマも溜め息を吐く。


「逃げる口実与えてどうするんだよ。つくづく詰めが甘いよな、兄貴は。ま、叉胤(ざいん)助けるのに必死だったってことだろうが」


「そうだ、叉胤(ざいん)はっ?」


 自分がダメならばと、即座に気持ちを切り替え、羽根の色を見た。


 輝きは、ない。喉に刺さっている羽根が抜け、風に煽られながら手に落ちた。


「俺は、叉胤(ざいん)を助けられなかったのか……?」


 ナシュマは手にあるそれを力いっぱいに握り、謝るように叉胤(ざいん)の身を胸に抱きしめる。


 トクリ。触れ合った肌から、力強い鼓動が聞こえた。頬に触れれば温かい。そして小さく呻いた叉胤(ざいん)が目を開ける。


 銀灰色の瞳に自分の姿が映し出された。何がどうしたのかは分からない。けれども、嬉しいことは確かだ。


叉胤(ざいん)っ」


「ナシュマ……?」


「悪いがどいてくれ、ナシュマ」


 鴎伐(おうき)が横たわる叉胤(ざいん)の喉に手を当てた。


「ふむ、気分はどうだ?」


「悪くありません。それに不思議と魔力も戻っているんです。あれから時間経っていませんよね?」


「やはりな。全く、霙颯(ようぜん)様もお人が悪い」


「どういうことだ?」


叉胤(ざいん)の喉に羽根を突き刺しただろう。どうやら霙颯(ようぜん)様の魔力を叉胤(ざいん)の核に分け与えたようだ。そんなことできるのもあの方くらいなものさ」


「何故そんなことを」


「気まぐれなのか、叉胤(ざいん)を失うに惜しい男だと思ったか。いずれにせよ、良かったじゃねぇか」


霙颯(ようぜん)様が……」


「食えない奴だぜ。まぁ助けてくれたからいいけどよ。ホント、ほっとした……」


 ナシュマは改めて力強く抱きしめ、叉胤(ざいん)の柔らかな髪と頬を撫でる。叉胤(ざいん)の存在を自らに教え込むように。今更ながら叉胤(ざいん)が傍にいることを実感してしまったのだ。そして彼の瞳をじっと見つめる。叉胤(ざいん)のあどけない瞳は、ナシュマの好きなものの一つだ。


「あのよ叉胤(ざいん)。ピエールさんに治してもらった今の体がいつまで持つか分からねぇけどよ、これからはお前と一緒に戦うぜ」


「……うん。ありがとう、ナシュマ」


 嬉しかったのか叉胤(ざいん)の瞳から大粒の涙が溢れ出た。そしてナシュマの服の裾を握り、肩に顔を埋めてくる。裾を握るのは、傍にいて欲しい、甘えたいという合図。ナシュマは宥めるように背中を撫でた。


「ただいま、叉胤(ざいん)


「うん……お帰り、ナシュマ」


「いつも置いて行ってごめんな」


「ううん。ナシュは必ず戻ってきてくれるから。だから、待っていられるんだよ」


「ん。ありがとうな、叉胤(ざいん)


 自分には出来すぎた恋人だと思う。これまでの詫びと感謝を込めて、ナシュマは深く深く口づけた。


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