第50話
一方、ナシュマは神殿の出口でライシュルトと共に、カズキたちを待っていた。その間に互いの話をしながら数時間、彼らが戻って来る様子はない。
「遅いな、あいつら」
「んー久々の再会だし、色々あるんじゃないのかなー。ナシュマも叉胤と会うの久しぶりで楽しみだろ~?」
「ああ、人間の姿で会うのもな。早く会いたいぜ」
懐かしみながらナシュマは天井を見上げ、叉胤の位置を探った。
陸の上にはヨハンの気配。横にいるのはソギか。もう一つ見知らぬ気配は件の鴎伐のものだろう。しかし肝心の叉胤の気配が全く感じられなかった。
「はて? ライシュルト、叉胤は上にいるんだよな?」
「ナシュマ、分かるのか? すげー。そのはずだけど、どうした?」
「叉胤の気配がないんだ。一人でいなくなるなんてないはずだしなぁ。悪いが先に行くわ。何か嫌な予感がするんだよ」
「ああ。変な殺気もないし、こっちはオレだけでも大丈夫だよー」
「すまんな、ライシュルト」
ナシュマは水の階段を駆け上がって地上を目指す。
眩しい光に包まれ海面へ出た彼が目にしたものは、静かに横たわる叉胤の姿。一瞬、血の気が引いた。
「叉胤!!」
「兄貴っ?」
ナシュマは叉胤を抱き起こす。体温は限りなく低く、呼吸は僅か。人間ならば生き続けているのが有り得ない状態だ。
「ヨハン、叉胤に何があった?」
「いきなりぶっ倒れたんだ。だけど鴎伐って奴は、力の使いすぎで眠っているだけだって」
「お前が鴎伐か」
ナシュマは鴎伐を睨む。鴎伐が肩を竦めて首を横に振った。
「そんなに睨むなよ、嘘は言ってないぜ。俺達は力を使いすぎると、深い眠りに入って元に戻ろうとするんだ。人間もしばらく魔力が使えなくなるだろ。それと同じさ」
「いつ目覚める?」
「さてな。明日か明後日か、はたまた百年後か――」
「貴様……」
まるで他人事のように答える鴎伐に、無性に腹が立った。誰が原因でこうなったか分かっているのか。
「何故お前が怒る。ああ、もしかしてお前がナシュマか? へぇ、じゃあお前が叉胤の、ね」
「一人で納得したように喋るなっ。そもそも戦いが終わったのにいつまでここにいる」
「俺は召喚士に命を拾われた。これからは召喚士の為、この命を使わせてもらう」
「そんな勝手な話! ヨハン達はいいのかよ!」
「叉胤に頼まれたと言えば納得するか?」
「あん? 何だと」
「はい、そこまでっ!」
そう言ってソギが二人の間に割って入ってくる。
「ナシュマさんはまず落ち着いて。鴎伐さんも挑発しない! お互い情報が少なすぎるんだよ。情報交換しよう。ね? 話はそれから。とりあえずナシュマさんから話聞かせて?」
「おう……」
ナシュマは息を吸い込む。
「クラウドがセントラルクルスに戻った理由なんだが、太陽と月の聖獣が斎さんだって知ったからなんだ」
「斎っていや、教会の番人じゃねぇか。なるほどな、教会が太陽と月の紋章を使うわけだ」
「ああ。だけど、契約をすれば斎さんは消滅してしまうそうなんだ。次期番人が決まってない今、契約したら扉が開くだろ。それに消滅するなんて悲しい。――で、教会の書庫で他の手はないか調べてたら、ピエールさんが三十五代の番人が存在しなかったってことを見つけてくれた。召喚士の都には、記憶の間っていう番人の記憶が収められている部屋があるらしい。カズキに見てもらおうってことで、合流したわけだ」
「ナシュマさんは、どうやって聖獣の神殿にきたの?」
「元の姿に戻れてるし」
「各聖獣の神殿近くと召喚士の都を繋ぐ扉があって、そこ経由で神殿にきた。で、召喚士の都でピエールさんが月の雫って召喚士の宝を見つけてくれて、それ飲んだら元の姿に戻れたわけだ。神殿でライシュルトに会って、こっちの話はあいつから聞いたぜ。叉胤のこと、戦いだから仕方ねぇとは頭では分かってるけどよ。分かっちゃいるけど原因考えるとやっぱり腹が立つんだ。鴎伐も戦いで恋人亡くしてるのに……当たって悪かった」
「恋人? ああ、言っておくが東雲とは何もない。正確には妖祁の恋人だ」
「ちょっと待て、妖祁の恋人って霙颯じゃねぇの?」
鴎伐の発言にヨハンが食いつく。ナシュマは怒りの矛先を見失って溜め息を吐いた。
「霙颯様は妖祁の恋人の中でも一番のお気に入りだ。その他東雲を含めて恋人多数。あっちじゃ珍しくはないが、あいつの恋人の数は半端じゃねぇな」
「へー」
ナシュマは、そんな会話を聞きながら叉胤の髪を梳く。そして横に落ちている羽根を拾い上げようとした。だが、背後に感じた忘れもしない気配に動きを止め、瞬時に戦闘体勢となった。
空気が捩れ、現れた姿はやはり妖祁と霙颯である。
「おや、懐かしい顔だ。せっかくこちらの生物に姿を変えてやったのに、戻っているとは驚いたぞ」
「妖祁! 貴様、余計なお世話だ! 早く術を解きやがれっ」
「ああ、やはり……。東雲の気配が消えたので来てみれば。壊されるとは可哀相に」
ナシュマの話を全く聞かずに妖祁が東雲を抱き上げた。そして右足で地面を叩くと大きな黒い渦が現れる。渦からは人間の世界とは違う空気が流れ出てきた。
湿ったようで乾いた空気。暖かいようで冷たい風。この先にあるものは――。
東雲の体が妖祁の手から離れ、渦に飲み込まれる。
「オレ達も帰ろう妖祁。東雲を治してあげなきゃ」
「ああ。そうだな」
「ちょっ、待ちやがれ!」
ナシュマは、踵を返した妖祁の足元に氷塊をぶつけた。ヨハンも同時に剣を抜き、霙颯の背に切っ先を当てる。
「そう簡単には戻らせねぇぜ。兄貴にかけた術を解いてもらおうか」
「やれやれ、現状維持の方がいいと思うのだが」
「いいことなんかねぇ! 不便なんだよ、色々と!」
「うるさい男は好みではない」
「あーもう! 誰がお前の好みの話をしとるか!」
「妖祁、そこまで言うなら解いてやってもいいんじゃない? だけど、お前もそれなりのモノを賭けてもらうよ。――そうだね、こうしよう」
霙颯が羽根を拾い上げ、そして、叉胤の喉元に突き刺した。羽根が白く煌めく。
「な、にを」
「羽根の光が失われる前に、オレに傷一つでも付けられたら、お前の術を解いてあげよう。大丈夫、手加減はしてあげるよ」
「叉胤は無事なんだろうなっ?」
「さて、それはお前次第。やるのか? やらないのか?」
「ちっ、断れば叉胤の命も消えるってことかよ。後に引けねぇ状況を作っておいてよく言うぜ。いいだろう、やってやろうじゃねぇか」
「ふふっ、そう来なくては」
「兄貴、気をつけろよ。アイツの実力半端じゃない気がする」
「ああ。だけど叉胤の為だ、多少の無茶もしてやるぜ。それと、アレ使うから」
「りょーかい」
ナシュマはモノクルを外し、気合いを入れて身体を伸ばした。




