第4話
「危ない!」
クラウドは走った。
あのままでは殺されると、少年の身体に自分の身体を重ねて庇った。魔獣から振り下ろされた爪が背中に食い込む。
「くッ!」
痛みを力に変えて、腰に差していた剣を抜き、地面に刀身を突き刺した。
「君はここにいるんだ」
剣から放たれた、柔らかな白く淡い光が少年を包む。次いで高熱を帯びた光が魔物へ放たれた。
鼻をつく焦げた臭いが広がる。魔獣が怯んだ隙を突いて、クラウドは息を吸い込み地面を蹴った。魔物の間合いの手前で剣を上段に持ち替え、身体の中心に剣を突き刺すと硬い手ごたえがある。
これが核か。
幸い満月なので手元が見やすい。更に力を込めて剣を根元まで刺した。パキッと何かが割れた感覚が手に伝わり、魔物は黒い返り血を散らして消滅する。
「ふぅ……大丈夫か?」
クラウドは返り血を拭い、少年の傍らに膝を着いて優しく声をかける。しかし少年はクラウドの腕を掴んで憎々しく呟いた。
「……何故」
「?」
「何故死なせてくれなかったんですか! ボクは……!」
「君、何を……」
腕と首筋には紅い痕。ライシュルトが言っていたのは、こういうことか。
少年の怒りに呼応するかのように、黒雲が月を隠し、星を隠し、辺りは蒼然となった。やがて雨が降り景色も音も飲み込んだ。ただお互いの肌の暖かさだけが感じられる。
「……あなたは耐えられますか? 物心つく時から衆道の客を取って過ごす日々を……。毎日同じ事を繰り返し、それを変える為に命を散らせるのはおかしい事ですかっ? それとも未来に全てを託すことすら、ボクには許されないですか!」
溢れ出る感情を止められないのか、クラウドの腕を掴む手に力が入る。
「お願いだから邪魔をしないで! 毎日出かけてやっと魔物が現れたのに、やっとボクの命を奪ってくれると思ったのに!!」
「っっ!」
聞き捨てならない言葉に、クラウドは考えるよりも先に少年の頬を打ち、頭を優しく撫でていた。少年が驚いたように頬を押さえる。
「ふざけた事を言うんじゃない。今ある命を大切にしなさい。君が命を散らせると言うのであれば、全力で止めるよ」
「ボクの何を知ってるのっ? 邪魔、しないでよ!」
「悪いが俺はお節介なんでね。だから、死ぬのは諦めてくれないか」
「一時の優しさなんて邪魔なだけだ! ボクに構わないで!」
「ならばこれを使いなさい」
クラウドはできる限りの冷静な口調で語り、懐からピエールに貰った短剣を差し出して、その手に握らせた。
「これで急所を突けばそれで終わる。身体の中心に急所は集まっているよ」
導いて切っ先を少年の喉に軽く押し当てる。手荒だが、これで思い直してくれれば良いが。
「……ッ!」
少年が身体を強張らせ、やがて力が入らなくなったのか手から短剣を落とした。瞳からも涙が零れ落ちる。
「死の恐怖はこんなものではないんだ。安らかな死など有り得ない」
「……ぅ……く……」
「泣きたいときは我慢しないで泣きなさい。楽しいときは笑っていい」
少年の中で何かが崩れたのだろう、クラウドの胸に飛び込んだ彼は泣きじゃくった。クラウドは頭と背中を優しく撫でる。
いつの間にか雨は上がり、月が顔を出していた。
少年を抱き上げて街へ戻り、大通りを避けて家まで送り届ける。宿屋の裏手にあった井戸を挟んだ、斜向かいの建物に住んでいるそうだ。
部屋に着くと少年が甘めのホットミルクを出してくれた。冷えた身体に温かさが沁みる。
「あの、ごめんなさい。それと色々ありがとう。ボクはカズキって言います」
「カズキか、よろしくな。俺はクラウド。教会の意向で世界荒廃の原因を探して、旅をしているんだ」
「いいなぁ……世界の色々なものが見られるんだろうな」
「……カズキ、一緒に来るか?」
「え?」
クラウドにも何故そう言ったのか分からない。ただ、連れて行かなければとそう思った。彼が自分の捜している者かどうか確証はないが、本能に従ってみるのも悪くない。
違うとしても、一緒にくれば売春をする必要はなくなる。この旅を通して、他の生きる道を見出だしてもらえれば、それは明るい未来に繋がるのだ。
「勿論決めるのは君自身だ。このままここにいるか、俺達と行くか。どうする?」
目を伏せて、しばらく考えたカズキが顔を上げた。
「……行く。ボクは、行きたい。ボクにもできることを見つけるんだ」
そう言った彼が真っすぐに見つめてくる。その瞳に、迷いはない。
「ねぇ、クラウドさん。さっきの短剣をボクにくれない? あなたとあの短剣で、ボクは死ぬことの辛さを知った。だからそれを忘れない為に常に持っておきたいんだ」
「ああ。断る理由も無い。それと、俺のことはクラウドでいいよ」
「うん。ありがとう、クラウド」
クラウドに渡された短剣を一度胸に抱き、その後少し照れながらカズキが初めての笑顔を見せた。