第48話
その頃のカズキとライシュルトは、神殿へ向かう階段を下り続けていた。足元ではさらさらと水が流れる音。周りには暗い空間に浮き上がるように、音もなく滝が水を落とす。静かな、世界。
カズキは命還泉に空気が似ていると思った。ユーライでのことを思い返すと、急にクラウドに会いたくなってしまう。風の里で別れてからどれくらい経つのか。
会ったらどうしよう。会ったら何を言おう。
「浮かない顔だな、カズキ。寂しくなったのか?」
「うるさいっ。さっさと進んでよ。契約済ませてクラウドに会いに行くんだから」
「はいはい。それにしても神殿にはまだ着かないのか?」
螺旋状に伸びる階段の下を眺めながら、ライシュルトが溜め息を吐いた。そして一瞬だけ眉をしかめる。
「ん? おぉー、懐かしい~」
「どうしたの?」
「あー何でもない。で、カズキ、聖獣の神殿まで後どれくらいかかりそうなんだ?」
「そうだなぁ」
カズキは海底に杖を向けた。既に水の力の中には入っているのに、神殿が見えないのが不思議だ。
この感じは前にも。
「あ、もしかして……。ライシュルト、聖獣召喚するから下ろして」
カズキは召喚し、聖獣の口から眩しいほどの光を放つ。
「うわっ」
聖獣が消えればカズキの予想通り、石造りの大きな神殿が現れた。白く艶めく柱に魚や珊瑚の装飾。柱の向こうには本物の魚や海獣が優雅に泳ぐ。
「やっぱり」
「なんだぁっ?」
「何って、水の聖獣の神殿だけど?」
「いや、それは分かるけど。何したんだ、お前」
「炎の聖獣のところに行く時もこんな感じだったんだ。聖獣のとこまで別の空間が繋がっててさ。今回も結構歩いたのに着かないから同じかもって思って」
「へー。聖獣の力がなくても道ができたから、素直に行けるかと思ったら、やっぱり力は必要だったんだなー」
「迷い込んでも神殿には辿り着けないようになってたんだね。道案内するから、さっさと契約しに行くよ」
これが終わればクラウドに会える。カズキは意気揚々とライシュルトを契約の間へと案内した。
水でできた祭壇に青く大きな球体が浮いている。触ると波紋が広がり、指先が水に濡れた。球体の中心に力の塊を感じた。どこからか自分を呼ぶ声がする。
「行ってくるね」
「ああ。気をつけてなー」
カズキは両手を球体に当てて目を閉じた。するりと体が吸い込まれる。そして、力の塊が体の中に入ってきた。
「?」
いつも感じる痛みは、ない。代わりに感じるのは途方もない快感。激しくはない、優しい愛撫を体中に施されているようだった。
頭の芯が痺れる。
「…………」
クラウドに抱かれる幻想を思い浮かべた。寂しいのは心だけではないようだ。
カズキは腕を伸ばして目の前のクラウドに口づける。
「クラウド……」
「カズキ、聖獣契約を見事に果たしたようだな、おめでとう。良くやったな」
「――え?」
最初は、理解できなかった。それは幻覚などではなく、確かな温かみ。腹に浮き出た水飛沫のような痣を撫でる優しい手は、本物だ。
「クラウド?」
「ただいま。置いていってすまなかった」
優しく見つめてくる碧い瞳。申し訳なさそうに謝る低めの声。
本物のクラウドだ。
「ホント?」
「ああ」
掌がカズキの頬に当てられる。カズキは無意識に抱きついていた。力の限り抱きしめる。
「何でここにいるんだろうとか、もうそんなのどうでもいい!」
「カズキ……」
「クラウドがここにいてくれる事実だけで満足だよ」
「俺はここにいるよ」
濡れた体を暖めるようにクラウドが抱きしめてくれた。
ドクンと胸が高鳴った。首筋の後ろがぞくりとする。自分がどう思ったのか、クラウドはすぐに分かったのだろう。
そして、互いの熱い吐息が重なった――。




