第47話
鴎伐から剥き出しの殺気を感じる。叉胤は剣を握り直し、剣を構えた。
冷たい風が吹き抜ける。互いの発する気迫で氷壁にヒビが入った。
刹那に剣戟。氷と炎がぶつかり、二人を中心に風の渦ができる。
「く……」
やはり力の差は大きく、気迫だけで負けそうだ。それでも自分には負けられない理由がある。仲間の為、そして恋人であるナシュマの為に。
そんな想いの強さも叉胤の力になったのだろう。周りの冷気をも取り込んだ叉胤の剣が、鴎伐の炎の力を飲み込んだ。
力の反動を食らった鴎伐の体が飛ばされる。叉胤は球体に凝縮させた力を掌に乗せて、起き上がる鴎伐へ近づいた。鴎伐は逃げるでもなく、反撃するでもなく叉胤を見上げてくる。
「申し訳ありません、鴎伐様」
「謝るな。この勝負、お前が勝った。それだけのことだ」
どこかで氷が割れた音がした。
叉胤はもう一度謝り、鴎伐の右胸へ腕を突き刺した。
「!!」
鈍い音。そして、赤い返り血。間にあるは、黒い塊。物言わぬ、東雲。
叉胤は静かに腕を引き抜く。崩れる東雲の体を鴎伐が抱きとめた。
「…………」
叉胤は赤に染まった腕を眺める。赤い血、核を持たない生物。それは、人間そのものだ。
「変わったんだ」
下を向きながら鴎伐が言った。
「お前が人間の世界に追放されてから、極秘ではあるが、皮肉なことに人間に興味を持つ者が出始めたのさ。妖祁もその一人で、東雲を造り出した」
「鴎伐様、あなたもですね」
「ああ……人間とは、不思議な生き物だ。力も魔力も弱いのに命を投げ捨てて他者を庇う。愚かで、悲しい……」
「そこが人間の魅力ですよ」
叉胤は鴎伐の傍らに膝を着く。
「オレは、愚かなほどお節介で、悲しいほど優しい人間に惹かれたんです」
「今ならば、お前の気持ちが少し理解できる」
鴎伐が立ち上がり、両手を祈るように合わせた。
「これから水の聖獣にかけた封印を解く。叉胤は皆を護ってやれ」
指の間から血が流れている。封印を解く鍵は鴎伐自身の命か。
「鴎伐様……」
「なに、一度はお前に殺されたはずの命だ。今更惜しむこともない」
「ダメだよ!」
そう叫んだ声と同時に、鴎伐の足元へ見慣れた杖が突き刺さった。目を向ければ意識を取り戻したカズキが、じっと鴎伐を睨んでいる。
「鴎伐は生きなきゃダメだよ! 東雲はあんたに生きて欲しくて庇ったんだよ! だから、どんなことがあっても生きなきゃダメだ。そうじゃなきゃ東雲が命を落とした意味がなくなっちゃうよ!」
「カズキ、落ち着け」
「うるさい、ライシュルト! それに!」
カズキが鴎伐に指を向けた。
「ボクを殺そうとしたくせに、勝手に死ぬなんて許さない!」
「召喚士、封印解除には俺の命が必要なんだが。聖獣と契約できんぞ」
「そんなの知ったことか!」
「叉胤、あいつ正気か?」
「あなたを死なせたくないことは本気だと思います」
鴎伐が呆れたように首を振る。
「やれやれ、あいつは興味深い人間だ。魔族としてのプライドを打ち砕いてくれるほどにな。いいだろう、お前の望み通り生き抜いてやろうじゃないか」
「鴎伐様がそのおつもりならば、力添えさせていただきます」
「すまんな。この真下だ」
「聖獣だけですか?」
「神殿もだな。召喚士が契約できれば、後はその力で、一帯にかけた俺の封印なんぞ解除できるだろう。召喚士以外誰も持つことのできない根底の力……羨ましい限りだ」
叉胤は頷き、鴎伐の肩に手を当てて自分の魔力を送り込んだ。
「さて、やるか」
鴎伐の手から海底に向けて白い光が放たれた。海面が銀色に揺らぎ、汚れのない冷たい空気が海中から流れ出る。そして、海底神殿まで伸びる水の階段が現れた。
叉胤はカズキに杖を投げ渡す。
「カズキ君、いける?」
頷いたカズキが聖獣を召喚する。
「ライシュルト、あんた今回戦ってないんだから護衛についてきてよね」
「はいはい。しっかり護らせていただきますー」
「二人とも気をつけてね。オレ達はここで帰りを待ってるから」
「うん、ありがとう叉胤。行ってくるね!」
カズキとライシュルトが聖獣の背中に乗り、海中へ姿を消した。
叉胤は微笑みながら見送ると、片手で頭を抱えてその場に膝を着く。突如襲われた酷い眠気。副作用の始まりだ。
「後は、お願いします」
「ああ、ゆっくり休め。お前の代わりとまではいかないが、何とかしてやるよ」
鴎伐の言葉を聞き、この先は大丈夫だと叉胤は意識を手放した。




