第46話
「不気味だな……」
攻撃をせず、ソギたちを眺めるだけの東雲にライシュルトは眉を寄せた。鴎伐がいないことも不審である。
「時間稼ぎか? どう思う、叉胤」
「鴎伐様の気配がどこにも感じられないんだ。これって……」
「そう、お前達の目を東雲に向けさせておくことが目的だった」
「!!」
背後に現れた鴎伐の足元に転がる小さな体。その背に突き刺さる大きな氷刃。そして、徐々に体を沈めていく赤い血溜まり。
「カズキ!!」
「これで召喚士の護衛とは笑わせる。いとも簡単に血に染めさせてなんとする。実に、愚かだ」
「貴様!」
剣を抜いたライシュルトの腕を叉胤は掴む。そして、カズキを氷の中に閉じ込め、体のみを冷水に浸した。
「叉胤、何を!」
「時間がないから、低体温にして出血を抑える。ライシュルトはカズキ君の治癒を頼む」
「カズキは、生きてるのか?」
「ああ、まだ生きてる。落ち着いたら治療するから、どうにか命を繋ぎ留めてくれ」
「生きてる……」
ライシュルトは息を吐いてしゃがみ込んだ。生きているのならば、助けることはできる。
「――任せろ」
「頼むよ」
叉胤は、再び魔族の姿を露わにした。一歩身を引いた鴎伐が顎を撫でる。
「ほぅ、その姿にな」
「魔力を出し惜しんではあなたに勝てませんので。全力で参ります」
「来い。お前の力を試してやる。東雲には手を出すなよ」
二人の気配が一変する。間合いを取り、一分の隙も見せない。
氷壁から氷がコツンと落ちた。
叉胤は同時に左の人差し指を鴎伐へ向ける。親指と共に、弾くように指先を動かすと、空気中の水分が氷の刃と化して鴎伐を襲った。
鴎伐がそれを全て避け、嬉しそうに頷く。
「……相変わらずだな」
「それは、ありがとうございます」
冷ややかに叉胤は微笑んだ。微笑みながらも足の裏で地面を叩く。操った氷の先には東雲。氷は、瞬時に東雲を飲み込んだ。
これでしばらく足止めになるだろう。万が一にもライシュルトへ手を出されては、カズキが助からない。
「東雲に手を出すなって言ったろ、叉胤」
「一時的に動きを止めてもらったまでです。ヨハンの仕返しもありますが」
叉胤は左腕を少し動かしてみた。ちくりとする痛みはあるものの、それなりには動かせそうだ。大きな力を使う分、体への反動が大きい。
そして今度は左手に熱気を、右手には冷気を乗せる。相反する二つを合わせ、一本の剣を作り出した。叉胤は剣を構えて腰を落とす。
それを見た鴎伐が同じく剣を作り出し、剣先を合わせてきた。
「東雲を助ける為には、お前を倒さねばならないようだな。アイツでは氷に耐え切れない。速攻で終わらせてもらうぞ」
鴎伐の一太刀を受け止める。痺れるほどの重み。繰り出される剣技に隙はなく、防戦を強いられることとなった。
「?」
ふと感じた違和感に動揺した。太刀を受けるごとに、体の力が抜けていくのだ。
「何故……」
やがて力尽きた叉胤は膝を着く。荒い呼吸を調えようと地面に両手を着けた。
「そんな……」
掌に伝わる力の流れ。鴎伐に自分の力が吸い取られ、そして鴎伐を介して東雲へと力が流れていた。
「気づいたか。だが、もう遅い」
顎の下に蹴りが入り、のけ反った胸に容赦なく剣が突き刺さる。
「ぐっ……」
「しばらく大人しくしてろ」
「ま……待、て……」
肺をやられたのか呼吸が上手くできなかった。生暖かいものが喉を伝い、透明な体液が吐き出される。
核は外れているのにこのダメージだ。直接ではないにしろ、間接的に核が傷つけられたということか。正直、ここまで力の差があるとは思わなかった。それでもここで倒れるわけにはいかない。
叉胤は自力で剣を引き抜き、血止めの応急処置をした。立ち上がろうとした時、鴎伐の放った氷の刃が膝に刺さるが、それでもなお、跪くことはしない。
「何故、お前はここまでする?」
「……仲間を助ける為に、理由など……ありません。オレは皆を護りたい。ただ、それだけです」
「ふん、腑抜けたことを」
「では腑抜けかどうか、試して下さい……!」
叉胤は出来得る限りの魔力を治療へ回した。そして翼を大きく広げて自分の身を包む。魔力の底上げだ。後々副作用があるが、そんなことを言っている場合ではない。
叉胤の周りを冷気が取り巻く。冷えた空気が太陽に照らされて輝いた。魔力が十二分に戻った証だ。
翼を背にしまい、改めて鴎伐を見据える。
「鴎伐様」
「やはりこうなるか。お前は生かしておいてやろうと思ったんだがな。残念だ」
「オレは、魔族として鴎伐様に決闘を申し込みます」
「……ああ」
二人は歩み寄った。互いの親指を切り、滴る血で小さな円陣を描く。そしてそれぞれ親指を円の端に置いた。
叉胤の喉元と鴎伐の右胸が青白く光る。それは核の位置だ。核を砕かねば終わらぬ魔族の戦いは長期に渡る。それを省略する為に考案されたシステムだ。
そして、叉胤の手には氷の太刀。
鴎伐の手には炎の太刀。
相反する太刀を合わせれば力無きものは消滅する。もはや言葉はいらない。生か死か。語るは、一振りの太刀のみである。




