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第44話

 そして白熊の案内でツバキに到着した一行が目にしたものは、壁も、屋根も、木々も、全てが氷で覆われている集落だった。それは、人間でさえも例外ではない。夕日に照らされて紅く輝く集落は美しく、また不気味にも見えた。


「全部凍ってる……」


「これじゃ音信不通になるわけだよなー。なんか普通の氷じゃなさそうだし」


 ライシュルトは手を伸ばして氷に触れる。その瞬間、指先が裂けて血が流れ出た。呪術的な施しをされた氷のようだ。


「おわっ、攻撃的な氷だな~。切れると思わなかったぜ」


「むやみやたら触るからだよ。それなりに強いんだから見抜きなよ」


「へいへい。やっぱり鴎伐(おうき)達の仕業かねー」


「うん、微量だけど鴎伐(おうき)様の魔力を感じる。それに急がないと手遅れになるよ。氷漬けにされた人間から少しずつ生命力が奪われているから」


「マジ? のんびりしてられねぇな。ま、なんにせよ寒さを凌ぐ場所を見つけねーとな。ツバキを助ける前に俺達がくたばるわな」


 やはりソギに寄り添いながらヨハンが言った。あれからどうなったのか気になる二人だ。


「ねぇ、ライシュルト。ここに教会ないの? 教会だったらなんか術対策してそうじゃん」


「ん~? ああ、ここはないよー。二十五年前にはあったらしいけど。団長がツバキに詰めてた最後の聖騎士だったんだって」


「なんで撤退したんだ?」


「さぁ? 詳しいことは教えてくれないんだよね。とりあえず建物くらいは残ってるかもしれないから、行ってみようか」


 誰にも使われていない教会は集落の外れにあった。他の家に比べれば氷の被害も少なく、家としての機能も果たしてくれている。


「お、使える使える。ここまでくりゃ、銀の海まであと一息だな」


「ここからなら歩いて一時間くらいだって」


「おー。白熊さん、道案内ありがとなー」


 ライシュルトは白熊の頭を撫でた。すると白熊が鼻面を傷口に押しつけてくる。


「ん~っ?」


 白熊がライシュルトの袖を噛んで引っ張った。


「なんだっ? ソギ助けてくれー」


「どうしたのっ?」


 白熊はソギの問いかけにも答えず、懸命にどこかへ案内しようとしているようだ。仕方なく一行は白熊に従い、集落から少し離れた岩山へと足を運んだ。


 雪が吹きすさぶ中、一際大きな岩だけが積雪なく黒々と存在を主張する。岩にはヒト一人が通れるほどの細い割れ目があり、中は広い空洞になっていた。地熱が発せられているのか適度に暖かい。


 奥へ進むと、何千という時に培われた鍾乳洞と綺麗な泉が湧いている。そこから横に伸びるように道が続き、いくつかの洞穴には、明らかに人工的に作られた燭台や、動物の毛皮、食器が散乱していた。


「なんだココ」


 白熊がライシュルトを更に奥へ連れていく。突き当たりにある部屋からは地下に伸びる階段があった。下りるたびに温度も下がり、壁も徐々に岩肌から氷に変わる。


 そして、氷に埋もれるそれらがライシュルトたちを出迎えた。壁画かと思わせるように氷に抱かれた美しい女性と、その足元に寄り添いながら息絶えたのだろう、白骨化した遺体がひとつ。


「なんだ、これは……生きてるのか? 死んでるのか?」


「この女性、魔族だ。核が傷つけられて残念ながら亡くなってるね。でも核を砕かれなかったから消滅まではしなかったみたい。何故氷の中なのかは分からないけど」


 叉胤(ざいん)が女性を見上げ、それにつられて一緒に見上げたカズキが何気なく呟く。


「なんかこの人ライシュルトに似てる?」


 白熊がソギに話しかけた。


「ライシュルトさんから、この人達と同じ血の匂いがしたんだって」


「ってことは、もしかしてライシュルトの両親かっ? お前孤児だったよな」


「……オレの?」


 ライシュルトは無意識に二人の傍に寄った。左手を氷に、右手を骨に乗せる。


 理由は分からない。けれど、懐かしい。


「――うん。そう、かもしれない。何となくだけど。オレの血が教えてくれてるのかな……」


 ライシュルトは女性を見上げた瞬間息を飲み、動揺を耐える為に拳を握り締めた。


 瞳は、一つの物から動かせない。


「オレ、両親死んだものだと思ってたんだ。だから、こうして一目見られただけで嬉しい。でも、なんで……なんで」


 その一点のみ氷が分厚く見え辛いが、女性の腹には騎士が扱う太陽の紋章剣が深々と刺さっている。剣は、自らの所有物だと分かるよう、各自で鍔に紋様を彫るのだが、その剣には、自分の良く知る男が使っている紋様があったのだ。見間違うことはない、自分が憧れる男の剣だった。複雑という言葉すら当てはまらない感情が襲ってくる。


「ソギ……白熊は、いつこの人達を見つけたんだ……?」


「――二十年ちょっと前だって」


「そうか」


「あ……」


 二十五年前、最後に駐在していた聖騎士は誰か。自分に魔族の血が流れていると教えてくれたのは誰か。誰よりも自分を気にかけ、愛してくれたのは誰か。


 全てに繋がるのは――。


 事実は分からない。考えれば混乱する。だが、今は両親のことよりもやるべきことがある。それが心の逃げ道を作ってくれた。ライシュルトは気持ちを切り替える為に長く息を吐く。


「ライシュルトさん、大丈夫?」


「ん。今は聖獣契約の方が優先だ。でも気になるから、全部終わったら、許されるだけの時間を使って何があったか調べてみるよ」


「真実、分かるといいな」


「うん」


 ライシュルトは胸の鬱々としたものを飲み下し、それ以降二人に視線を向けることはなかった。


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