第39話
クラウドは皆に分からぬように支度を済ませ、再び老人の許へ向かった。翡翠色のテントの中は香が焚かれ、正面にある祭壇には先程と同じ風の像が建っている。
「お待たせしました」
「ここ……」
カズキが辺りを見渡した。
「召喚士よ、感じるか。ここは風の聖獣を奉る祭壇じゃ。まずは風の聖獣と契約を交わしてくるが良い」
「いるのかい?」
「うん。テントの外からは何も感じなかったのに……聖獣の力を感じるよ。ボクを、呼んでる」
「そうか。カズキ、行っておいで」
「行ってくるね!」
どこからともなく渦巻いた風がカズキを包み、クラウドの腕から消えた。
「…………」
カズキは怒るだろうが、セントラルクルスに戻るには、このタイミングが最良だと思う。カズキを納得させる為には、少々荒治療だが自分がいなくなるのが一番だろう。
「ご老人、後はお願いします」
「うむ。外に繋いでおる馬を使うとよい」
「ありがとうございます」
「クラウド?」
「突然ですまないが、ピエール様に直接伝えなければならないことができた。セントラルクルスに戻って、用が済んだらすぐに追いかけるから、皆は旅を続けてくれ」
「はぁあ?」
皆の動揺が手に取るように分かる。当然の反応だろう。
「クラウド、何考えてるんだ? ピエール様に伝えなきゃいけないことってなんだよ」
「それは、今は話せない。自分がどれだけ無茶を言っているか分かっているよ。戻ってきたらきちんと話すから、何も言わずに行かせてくれ。頼む」
クラウドは頭を下げた。握る拳にも力が入る。動揺を隠せない一同に老人が声をかけた。
「クラウド殿にはわしからの伝言と用事を託したのじゃ。これは召喚士の片割れである彼にしかできぬことでな。どうか行かせてやってくれぬか」
「ご老人……」
助け舟を出してくれた老人に、クラウドは目で礼を述べる。
「んぁー仕方ねーなー。お前が考えなしにカズキ置いていくなんてしねぇし、よっぽど大事な用なんだな。でも! 帰ってきたら問い詰めるからな」
「ああ、そうしてくれ。カズキを頼む」
クラウドはもう一度頭を下げ、振り返らずにテントを出た。馬の横には年若い男。風が吹き、舞ったローブから金色の髪が覗く。
馬が嘶いた。
「私が里の外までご案内いたします」
歩みを進めながら、クラウドは目を閉じて風の匂いを嗅ぐ。
「どうかされましたか?」
「ここは、この里は、初めて来た場所なのに、どこか懐かしい感じがするのです」
「それは、あなたの血が覚えているのかもしれませんね」
「……?」
風がクラウドの頬を優しく撫でた。
「我々風の民と召喚士は切っても切れぬ関係。この里は、召喚士と風の民が揃わぬと訪れることはできませぬ。あなたと召喚士が訪れると、鈴の音と風が教えてくれました。あなたには我が里の血が流れておりましょう」
「……私は、物心つく頃には教会の孤児院にいました。昔のことを知る手立てはありませんが、ただ、この里の生まれだと、そうあって欲しいとは思います」
いきなり言われても実感が全くない。だが正直に思ったことを述べた。
「さて、そろそろ里の外ですね。どうかお気をつけて」
ふと気づけば砂漠の入口に立っていた。
「風の民はいつでもあなたを受け入れましょう。また、来て下さい」
「ありがとう……っっ?」
礼を言おうと振り向けば、男の姿も里の遺跡も消え失せている。
乾いた風だけが吹き抜けた。
「…………」
何とも不思議な里と民だ。クラウドはしばらくの間砂漠を眺め、馬に跨がる。
「ん?」
「み!」
馬に括った荷物がもぞもぞと動き、中から紫色の体が飛び出してきた。一体いつ潜り込んだのか。
「ナシュマ、お前な」
「みー」
「全く物好きな奴だな。一緒に行きたいのか?」
「み」
クラウドは笑い、ナシュマを懐に入れて一路セントラルクルスを目指した。




