第3話
「ソギ、急な頼みなのに快諾してくれて感謝するよ」
「ううん。クラウドさん達の旅は、動物達にとっても重要だ。だから僕もお手伝いしたいと思ったんだ。いつも僕のお願い聞いてくれる皆に恩返ししたいしね」
「ん~? なぁなぁソギ、あれ何だー?」
ライシュルトが泉の奥を指差す。既に朽ちてボロボロだが、小さな祠がひっそりと建てられていた。
「ああ、あれは召喚士達が建てた祠だって言われているよ」
「召喚士?」
「うん。自然を司る聖獣と呼ばれるものを操れる一族だよ。でも、数百年前に突然姿を消したんだって。今は遺跡で名残を留めているだけだね。この話を知ってる人も殆どいないし。僕も動物から聞いたんだ」
「聖獣か……」
ちりん――とクラウドの頭の中であの音が響く。クラウドは心を澄ませて瞳を閉じた。
その様子を見ていたソギが、何かを鷲に告げて空へ飛ばした。鷲は空に弧を描くと南西の方角に飛んでいく。
「何したんだ~?」
「絶対とは言えないんだけど、クラウドさんに送られてくる思念を鳥に追ってもらったんだ。あの子達は気配に敏感だからね。場所の特定はできないけど、あっちの方向みたい」
「そんなことが……方向だけでも十分だ、ありがとう。丁度ザーニアの方向だな。行こう」
街へは通常の道を歩いて行けば三日ほどで着く。その三日間クラウドはすれ違う者に意識を集中させたが、思い当たる人物には出会えぬまま到着してしまった。
ザーニア街は人口約十万人の大きな街だ。住民の殆どが傭兵であり、騎士団にもザーニア出身の者が多い。普段から賑やかな街だが、年に一度の武術大会が催される日は、その活気が最高潮に達し、不夜城となる。
「魔物に襲われなくて良かったね。クラウドさん、これからどうするの?」
「そうだな、もう陽が暮れるし宿でも取って休むか。ライ、元気があるなら飲みに行ってもいいぞ。俺は休ませてもらうが」
「僕が付き合うよ。これでも結構イケる口だよ」
「おぉ! じゃぁクラウドはゆっくり休んでいてくれ。ついでに情報収集してくるぜ!」
「飲みすぎるなよ」
「おー」
二人と別れ、街の入口の地図で宿屋の位置を確認する。だが疲れもあってか、進むうちに記憶が曖昧になった。
「確かこの建物を左、だったよな……」
周りの建物に気を取られつつ曲がると、出会い頭で一人の少年にぶつかってしまった。
「すまないっ! 大丈夫か?」
「は、はい」
そう言って顔を上げた少年の年の頃は十五くらいか。銀色の髪と紫色の瞳が美しく、体の線の細さと白い肌も合わさって、少女と見紛いそうである。
「ゴメンナサイ」
少年が頭を下げ、壁に手をつきながら立ち上がると、漫然と歩き始める。その足取りは不自然で、どうやら脚を悪くしているようだ。
「脚、怪我させてしまったか?」
「いいえ、昔からこうですから気にしないで」
「…………」
クラウドは少年の肩に手を回す。何故か放ってはおけなかった。
「ぶつかってしまった詫びだ。どこへ行くんだ?」
「宿屋に……」
「うん、丁度俺もそこに向かっていたんだ。一緒に行こう。というか、道案内をお願いできないかい? 少々迷ってしまってね」
聞けば道を一本間違えていたらしく、少年は丁寧に道案内をしてくれた。しかし、どんなに話しかけても、彼から笑顔がこぼれることはなかった。何か深い事情があるのだろう。
宿に着き、少年と別れたクラウドは部屋で休む。ベッドに寝転んでどことなく天井を眺めた。
「あの子大丈夫かな……」
顔には出さぬが、瞳は悲しみに溢れていた。悲しい出来事があったのか、弱い自分が嫌なのか。否、生気がなかった、が正しいか。もう一度会いたい、彼の悲しみを癒してやりたい。そんなことを考えながら、いつしか眠りに落ちていた。
そして目が覚めたのはどれくらい経った頃だろう。ライシュルトが帰ってきている。
「ソギはまだ飲んでるよー。あの子底なしデス……」
水を口にしたライシュルトが、げっそりとした面持ちで、ベッドに倒れ込んだ。
「もう飲めねー」
「へぇ、ライが飲み負けるなんて凄いな。騎士団の中で勝てるの、団長以外いなかったのに。ん?」
カタンと外から乾いた音が聞こえてきた。窓から覗けば、あの時の少年が井戸で水を汲んでいる。
「あ……あの子だ」
「ん~?」
「宿までの道に迷ってしまってね。彼が道のりを教えてくれたんだ。脚が悪いのに水運びなど大丈夫か」
ライシュルトがベッドからのそのそと這い出て、窓際に並ぶ。
「銀色の髪に小柄な体かぁ。あの子カズキって子じゃないかな。裏のその筋では有名らしいよ。まぁ身寄りが無くてこんな体力勝負の街じゃ、生きていく為には仕方ないんだろうけど」
「は?」
少年は水を零しつつも汲み終え、今度は街の出口方向に向かった。
「こんな時間にどこへ……ライ、すまんが少し出てくる」
「いってらっしゃーい。ホント、クラウドってお人よし!」
「世話をかけるな」
「いーって。ちっちゃい頃から慣れてるさー。早く行きなよ。見失うよー」
クラウドは頷き、剣を手にそっと後をつける。
少年は街を出て裏手に広がる林に入っていった。そして、しばらく進んだ先には開けた草原があった。しかし街から離れ、夜中に城壁の外に出るのは危険である。
案の定少年の背後に大きな影が忍び寄った。風に混じった人間の匂いに誘われた魔物だろう。大きな爪に鋭利な牙。犬に似たそれの瞳が、満月に照らされて怪しく光る。
少年は、驚きもせず振り向くと――笑った。