第38話
風の民がいるという砂漠は、行けども行けども同じ景色。砂混じりの強い風が吹き荒れ、昼間は焼けつくような暑さ、夜は痛いほどに寒い。
チリン――。
カズキの手の中で鳴る鈴の音は風に乗って流れていく。
チリン――。
鳴らすたび、東から西から山彦のように音が返ってきた。その音を辿って幾日彷徨ったか。ソギの鳥にも協力を頼んだが、風の民なる一族に出会えなかった。
爆ぜる火を見ながら、クラウドは膝で眠るカズキの肩を撫でる。この小さな体のどこに大きな力を宿しているのか。カズキを護る為にはどうすることが最善なのか。
先の戦いで牙煌から教えられたことは二つあった。
一つは聖獣について。聖獣は召喚のたび、召喚士の力を喰らって成長する。無理な召喚をすれば命を落としかねないと。カズキの脚が動かなくなったことを考えると真実なのだろう。
もう一つは親しい者の犠牲だ。カズキなのか、それとも他の誰なのか皆目検討がつかない。
「んぅ~」
カズキが身じろぎ、むくりと起き上がった。
「おはよー」
「ああ、おはよう。良く眠れたかい?」
「うん。風の民って人達まだ見つからないね。もー、ミツチカに鈴預けるくらいなら自分から迎えに来ればいいのに」
カズキが鈴を手に頬を膨らませる。
冷たい風が吹き抜けた。
「う~、寒っ」
「砂漠の夜は身に堪えるな」
クラウドはカズキを抱き寄せ、温める為に小さな手を握る。
りん。
その瞬間、カズキの手の中で、今までと違う澄みきった鈴の音が響き渡った。
風が、止んだ。
地面が揺れる。
「うわわっ」
体の中までもが震えるような揺れと共に、朽ちた遺跡が地面から競り上がってきた。
その揺れはしばらく続き、途端にぴたりと止んだ。
「びっくりしたぁ」
「誰か来る」
涼やかに吹く西風に乗って鈴の音が流れ、翡翠色の法衣を纏った数人の男女がこちらへ向かってきた。
「よく来た召喚士」
先頭を歩く老人がカズキに向かって深く頭を下げる。
「あんた達が風の民?」
「いかにも」
「ふぅん。随分捜し回らせてくれたよね。鈴の音だけじゃ捜し辛かったんだけど。何日砂漠を歩いたと思ってるのさ」
「カズキ」
「よいよい。召喚士は皆そのようなものよ。さて、話は明日しようかの。今日は我が里で体を休めるがよい」
カズキを懐かしむように見た老人が、顎髭を撫でて笑った。
遺跡の間を縫うように進み、やがて白い幌で覆われた幾つかのテントと、月の光で輝く泉が見えてくる。泉の周りに広がる草深い緑は、砂漠にいることを忘れてしまいそうだ。
一際大きなテントの中で温かな寝床を与えられ、彼らは惰眠を貪った。
翌日、誰よりも早く目を覚ましたクラウドは、テントから抜け出し、泉の傍に生える草の絨毯に身を投げ出す。砂漠の中にこんな集落があるとは思わなかった。ここは現世と切り離された世界なのかもしれない。
「おや、もうお目覚めかな」
水を汲みに来たのであろう老人が、手桶を持ちながらクラウドの隣に座る。
「良く眠れましたかな?」
「はい。ありがとうございます。久々に温かなベッドで眠ることができました。水汲みですか? お手伝い致します」
水を汲むと、集落の西側に位置する大きな建造物へ案内された。
「これは……砂、ですか?」
かなりの密度で固められた砂の建物だ。手で叩けば金属と変わらぬほど硬い。建物内部には、青銅でできた五体の像が並べられていた。各像の手には、火や水といった自然を象った珠が乗せられている。
何気なく眺めていたクラウドだったが、真ん中の像のそれで視線が止まった。太陽と月が合わさったセントラルクルス教会の紋章がそこにある。
「何故、ここに……」
「太陽と月は表裏一体。人間と魔族の血を持つ扉の番人が、すなわち太陽と月の聖獣じゃ」
「斎様が……」
「だが契約の為には新たな番人が必要じゃ。今の番人は消滅してしまうからの」
「消滅っ? 今までの番人にそのようなことは……」
「通常の交代であればな。しかし召喚士との契約では、聖獣の力を召喚士に依り憑かせる為に、現世の身を捨てるのじゃ。次の番人がおらぬ今、契約をすれば扉は開く。魔族も考えたものよ」
「昔の召喚士達は、聖獣と契約していたのではないのですか?」
「太陽と月の聖獣は、召喚士の長のみが契約を許されておった。もっとも、召喚士の歴史の中でも契約をしたのは、先の魔族との戦いの時だけだがのぅ」
クラウドは小さく息を吐いた。
「契約は、必ずしなければなりませんか」
「うむ。聖獣の乱れた均衡を保つ為には、一度召喚士が全ての聖獣と契約し、力を融和させる必要がある」
「…………」
どのような道を通ろうとも斎の犠牲は免れず、ライシュルトも犠牲になりうる。このことは、特にライシュルトとカズキには知られてはいけない気がした。
「まいったな……」
「お前さんは聖騎士だな。辛い選択になるの……」
「ご老人、頼みがあります。後ほど改めて聖獣についてお伺い致しますが、太陽と月の聖獣の契約については内密にお願いできませんか」
「ほう、お前さんのみ業を背負うか」
「我が儘なだけですよ。大切な者達を失いたくない。ですから、その時が来るまでは一人で抗いたいのです」
クラウドは自嘲気味に笑う。そんなことができれば幸せなのだが。
「番人の交代をせず、かつ番人を助けながら契約をすると言われるか。ほっほっほっ、面白い御仁じゃのぅ。なればお前さん、教会図書館は知っておるな。そもそも教会は太陽と月の聖獣を護る為に、召喚士が始祖となって設立したのじゃ。滅ぼされる以前の書物を探せば、あるいは何か分かるかもしれんの。もっともそんな書物が残されているのかも謎じゃが、何もせんよりはマシじゃろ」
「調べる価値はあると思います。早速行ってみます」
「頑張るのじゃよ、クラウド殿」
「私の名を?」
「風が、教えてくれたのじゃ」
老人が頷き、空を見上げて微笑んだ。




