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第37話

 ぴちゃ、と水が跳ねる音が室内に響いた。温かな唇に酔い痴れ、遊ぶように指先が絡みつく。


 カズキは初めて他人に体を委ねた。それは痺れるような快感と、それ以上に愛しい者と密接する安心感。


 全ての欲望を吐き出し、落ち着かぬ吐息をクラウドの唇が優しく包んできた。彼が好きだという気持ちが渦巻いて、弾ける。


 向かい合わせに座るクラウドの胸に頬を寄せ、愛しい男の匂いを嗅いだ。クラウドが傍にいてくれているという喜び。背中を撫でるクラウドの掌が優しさを教えてくれる。


 ふと、無意識に流れた涙がクラウドの胸を濡らした。


「カズキ?」


「あれ? おかしいな……なんで涙出るんだろう。嬉しいのに、胸の奥が苦しいんだ……」


 泣き顔を見せたくないとカズキは俯くが、頤に当てられた指先が滑り、優しく涙を拭い去る。見上げた瞳をクラウドの視線が絡め取っていった。


「クラウド……」


「他人を好きになると、不思議とその分不安になったり、怖くなったりしまうものだよ。今ある幸せにだけ目を向ければいいのにね」


「クラウドも?」


「ああ。こうしてカズキが腕の中にいてくれるのに、お前を失うことをつい考えてしまうんだ」


「そっか。旅が終わるまでは危険と隣り合わせだもんね。でもボクはやり遂げるよ、クラウドと過ごす世界を護る為に」


 旅が終われば心置きなくクラウドと過ごせる。この先一方通行の想いになったとしても、それでも彼をずっと好きでいたい。そんなことを思ってしまうほどクラウドが好きで好きでたまらない。


 想いは言葉にならず、言葉にしても空虚な音でしかない気がする。だがクラウドはそんな想いをきちんと受け取ってくれたようで、頬に落ちた唇がクラウドの答えのように思えた。


 二人は湯殿を上がり、出発前の挨拶をしようとミツチカの許へ行く。


 サキチカは起き上がれるほど回復し、入って来た二人を見て不思議な笑みを浮かべた。


「お湯をありがとうございました」


「ああ、やはり違う意味でも温まったようだな。カズキの首に痕が付いているぞ」


 サキチカは自分の首を指差しながら、からかうように笑う。


「お前達はあまりに自然だから何も思わんよ。常に自然に寄り添えるとは良い関係だな」


「うん」


「いよいよ出発するのか?」


「はい。大変お世話になりました」


 クラウドは頭を下げようとしたが、ミツチカに止められた。


「礼を言うのはこちらの方だ。サキチカを助け、聖獣の解放ということで街をも救ってくれた。ユーライの民を代表して礼を言わせてもらいたい。ありがとう」


「サキチカを助けた? ボク達見つけただけだよ」


「みー!!」


 訴えるようにナシュマがサキチカの周りを飛び回る。


「まさか、ナシュマか?」


「み!」


「カズキと別れた後、山で男に会ったのを思い出してな。命の灯火は消えてはいない。消さぬのが俺の使命だと。それから俺は意識を失ったのだが……」


「それで特徴聞いたらナシュマだったんだ。彼の治療術は、魔族を含め、オレが会った人の中でも群を抜いて優れてるんだよ」


「ふーん、意外にナシュマも凄いんだねぇ。良かったね、サキチカ!」


「ああ。折角拾った命だ。大切にしてミツチカを助けていこうと思っているよ。だからカズキも命を大事にな」


「うんっ。ボク、全部の聖獣を解放してミツチカやサキチカが安心して暮らせるようにするね! 命を捨てるようなことがないようにするね! そうしたら、また遊び来ていい? 温泉気に入っちゃった」


「ああ、その際は我が城で持て成そう。カズキはユーライを救ってくれた恩人だからな」


「ありがとう!」


「カズキ、出発前に餞別だ」


 そう言ってミツチカは、腰に下げていた銀色に光る鈴をカズキの手に乗せる。


 ミツチカの手では鳴らなかったそれが、カズキの手の上に乗った瞬間澄んだ音を響かせた。


 チリン――。


 チリン――。


「…………」


 いつか聞いた音。いつしか忘れていた音。クラウドは瞳を閉じて音を聞いた。


「やはりカズキであったか。この鈴は、決まった者にしか鳴らせないと伝えられているのだ。これを鳴らせる者が現れたら砂漠へ導けと、風の民よりの伝言だ」


「風の民って?」


「先に話した砂漠に住む民だ。風を読み、風と語らい、風と共に移動する民族。彼らの居場所は、カズキの手にある鈴の音色が教えてくれるだろう」


「風の民のことはオレも聞いたことあるよ。排他的な召喚士一族と唯一親交があった民だったかな。聖獣について何か知ってるかもね。会っておいて損はないと思うよ」


「うん。あれ? クラウド、どうしたの?」


 瞑目していたクラウドに気づいたカズキが首を傾げる。現実に引き戻されたクラウドは、カズキの顔をじっと見つめた。鈴の音とカズキが初めて繋がった気がする。カズキに出会ったのも、惹かれたのも、必然に会うべくして出会ったのだ。


 三人はミツチカたちに別れを告げ、鈴の音に導かれるまま新しい道を歩み出した。


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