第35話
風が吹き抜け、先に仕掛けたのはクラウドだった。
牙煌の首筋に、切っ先が円の軌跡を描いたが虚しく空を切る。だが一太刀で勝負が着くとは思わず、クラウドは返し刃で牙煌の胸を突いた。
確かな手応えがあり、剣先が心臓を捉える。
「ぐっ……」
一瞬息を詰めた牙煌だったが、その表情は不気味に微笑んでいた。
クラウドは剣を引き抜いて間合いを取る。見れば牙煌の傷口が塞がり元へ戻ってしまった。
「な、なんでっ?」
「ああ、カズキは知らなかったか。魔族には核というものがあって、人間で言うと心臓のようなものだ。それを壊さねば倒すことができないそうだよ」
「じゃあ壊しちゃえばいいんだね! 核ってどこにあるの?」
「どこに、ね」
牙煌が喉を鳴らした。
「何がおかしいんだよ!」
「理性を持たない下層の魔物ならいざ知らず、我々魔族は千差万別、核の位置はそれぞれ違う。命の代わりになるものを、そうそう教える馬鹿がいると思うか?」
「クラウドは分からないの? 前に魔物倒したよね」
「お前を助けた時は運が良かっただけだよ。牙煌の言う通り、見つけるのは難しいだろう」
「そっか。どうしよう」
「そうだな……」
数瞬沈黙をしたクラウドは、カズキにそっと耳打ちする。
「俺が攻撃を仕掛ける。カズキは牙煌を見ていてくれ。一人では無理だが、二人いれば分かることもある」
「弱点を見つけるってことだね。うん、やってみるよ」
「任せた」
クラウドが再び牙煌へ向かい、カズキは牙煌の動きを見逃さないように、瞬きすら惜しんで見張った。指先の動き、体の捌き、術を放つ時の癖。どこかに不自然な点があるはずだ。
だが牙煌も相当な使い手だ。決定的な解決策を見出だせないまま戦いは一刻を過ぎる。
「どうしよう。このままじゃ……」
悩むカズキの前に一羽の小鳥が舞い降りてきた。そして左の脇腹を嘴で執拗に突いてくる。
最初は何のことだか理解出来なかった。
「まさか……」
カズキの理解を悟ったのか、小鳥が飛び立つ。今度は十羽ほどの大型の鳥が牙煌に飛来した。予期せぬ事態に牙煌もたじろぐ。
「クラウド、左の脇腹を狙って!」
「!」
身を返したクラウドは、腰に下げていた一振りの剣を抜いた。刀身が細く刺突に向いた剣だ。
重心をやや前にかけて左の脇腹へ剣を突くと、パキっと硬い物を貫いた手応えがあった。
「……貴様」
苦しげに声を発した牙煌が喀血する。
「くっ、くく……オレを倒した褒美に、一つ悪いことを教えてやろう」
牙煌がクラウドの耳元で二言三言囁き、その身を消滅させた。
薄紅色の石が地面に落ちる。
「…………」
静かな怒り。カズキが声をかけられないほど、張り詰めた空気がクラウドを取り巻く。だがそれも一瞬で治まり、いつものように優しく微笑んだ。
「クラウド、何を牙煌に言われたの?」
「ああ、教会の危険性についてね」
「ふーん」
嘘だ、と直感したが、問い詰めれば優しく逃げられるに決まっている。カズキは頬を膨らませてクラウドを睨んだ。
「クラウド、ボクを泣かせたら許さないからね」
「心得ているよ」
クラウドは困ったように笑うと、牙煌の核を革袋に入れた。適当なところで弔おうと思ったのだ。死したる者に善悪貴賎はない。
「雨も酷くなってきたな。帰ろうか」
「うん、そうだね」
カズキは小さく笑う。クラウドが抱き上げてくれ、額に自分の額をくっつけた。
「どうした?」
「クラウドと初めて会った時のこと思い出してさ。あの時も雨降ってたよね。ボクのことに一生懸命になってくれて嬉しかったなぁ」
クラウドの頬にキスをする。
「あの時と今回、ボクを護ってくれたお礼だよ」
「それじゃあ、この先の分もいただいておくか」
クラウドが片腕でカズキを支え、親指の腹で唇を撫でた。カズキは小さく息を飲む。
「好きだよ、カズキ」
「うん。ボクも、クラウドが好きだよ……大好き」
それ以上の言葉は必要なく、触れ合わせた唇が全てを語った。




