第34話
クラウドたちがミツチカに謁見した頃、俄かに雨が降り出した。
ミツチカの私室に通され、開け放たれた障子から時期外れの冷たい風が部屋を包む。
「……そうか」
カズキから話を聞いたミツチカが、そう一言だけ呟くと口を閉ざした。受け取った首飾りを握り、拳を額に当ててじっと動かない。
長い長い沈黙。
「ミツチカ……」
「カズキ、伝えてくれて感謝する……サキチカは立派に務めを果たしたのだな」
「うん。でも、サキチカのこと――ごめんなさい」
俯くカズキに、やや厳しい口調でミツチカが答える。
「何故、謝る?」
「だって、サキチカは……」
「お前が謝ったところで、そして俺が嘆いたところで、サキチカは帰らぬ。ならば、これから何をするべきか? 俺が聞きたいのは謝罪の言葉ではない」
「ボクは……」
自分が大切に思う者の為に、やるべきことは一つ。
「――ボクは必ず全ての聖獣の力を安定させるよ。ミツチカやサキチカの為にも」
「うむ、その言葉サキチカも喜ぶだろう」
ミツチカが自分の首に首飾りを下げた。
「サキチカ、お前の遺志はしっかりと継いだぞ」
そう呟き、しばし瞑目する。
やがて顔を上げてクラウドを見た。
「これからお前達はどこへ向かうのだ?」
「炎の聖獣も手に入りました。次は銀の海へ向かおうかと思います」
「銀の海か。斥候の話では全て凍ったらしいな。……ふむ、クラウド、役に立つかは分からんが、北の大陸から少し西に行ったところにも陸がある。黄砂吹き荒れる地でな、止む事なく強い西風が吹いているそうだ」
「風、ですか」
「行ってみようよ、クラウド。何か分かるかも。風の聖獣の手懸かり何もないしさ」
「そうだな。ミツチカ様、ありがとうございます」
「これからの活躍も期待しているぞ」
「ありがとうございます。では、我々はこれで失礼いたします」
叉胤を残し、二人は城を出る。
しとしとと降り続ける雨は止むことを知らない。体を寄せ合い、雨が小降りになるのを軒の下で待った。
「ミツチカ、大丈夫かな」
「カズキも気づいたか」
「うん。首飾りを自分にかけた時、泣いてた気がする」
「気丈に振る舞われていたが、大切な者を失った悲しみは、俺達が推し量るよりもずっと深いのだろう」
「ねぇ、クラウド。少し分かった気がするよ。いなくなってしまった人の為にできること。クラウドが言ってた『先』のこと。何となく、分かった気がする」
「そうか」
クラウドはカズキの頭を撫でた。羽織っていたマントを掛けて抱きしめる。
他人に対する思いが強まった、カズキの心の成長が嬉しかった。カズキを護ってくれたことといい、心の成長を促してくれたことといい、サキチカには感謝をしてもしきれない。
「カズキ、雨が強いが行きたいところがあるんだ。少し付き合ってくれるかい?」
「うん」
クラウドが向かったのは、カズキがサキチカと別れた場所だった。今は防人たちもおらず、通常の参拝口からは離れているので、辺りは閑散としている。
空に数羽の鳥が舞った。
「サキチカに礼を言いたくてな」
クラウドは地面に剣を突き立て、その前に片膝を着く。右手を左胸に当てて瞳を閉じた。サキチカへの感謝と冥福を祈り、最後に祈りの詞を唱える。
「……?」
その途中、僅かに周りの空間が歪んだ。微量に漏れ出す殺気は二人に向けられている。クラウドは剣を取り、神速の早さで横一文字に切り結んだ。
「聖騎士相手では騙し討ちも効かないか」
更に空間が歪み、炎と共に男が一人現れる。
「牙煌!」
「こいつが……」
「やっと二人だけになってくれたね。他の人間を巻き込めないのは、存外不便だよ」
「不便? 俺達にとっては好都合だ。……カズキ」
「うん。サキチカとの約束、守らなきゃね」
クラウドは剣を中段に構えた。カズキも聖獣を召喚する。
「カズキを護る為に」
「クラウドを護る為にボクは戦う!」
「――望むところだ。来い」
クラウドとカズキ、そして牙煌の間に張り詰めた細い糸が結ばれた。




