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第30話

 山に入ってどれくらい経っただろう。カズキは虎の背に揺られながら小さく溜め息を吐いた。


 歩けないカズキに計らって、ソギがポントス山に住む動物にカズキの足代わりになって欲しいと頼んでくれた。さすがのサキチカもこれを承諾し山を進んでいるのだが、いつまで経っても山頂が見えてこないので少し飽きてくる。


 岩場を越えると、登山口からは想像できないほどの木々がカズキを包んだ。


「さて、この辺りで休憩しよう。山頂まではまだかかる」


「山頂に何があるの? ボク聖獣を探しに来たんだけど」


「我々の山の神と、お前の言う聖獣は同一視されるべきものだと思ってな。山頂には山の神を奉った大きな洞窟がある。そこに行けば何らかの手懸かりがあるかもしれない」


 サキチカが歩みを止めて岩場に座らせてくれた。


 すぐ近くの岩の上から、清らかな水が滝となって流れ、小さな泉を作っている。その周りは静謐な雰囲気であり、侵してはならない領域のように感じられた。


 ふわりと青い光が飛来し、泉に溶けるように消えた。


 サキチカが手を合わせて一礼をする。


「ねえ、ここ何?」


命還泉(めいかんせん)と言う。名前の通り、肉体を失った命が還る場所だ。ここで浄化された魂は、また新たな肉体に宿ると言われている。今まさに誰かが還ったようだな」


「ボク達が死んじゃったら、ここに来るの?」


「ああ。ここでのことは口外するなよ」


「うん。何でサキチカ達が山を護っているか分かったよ。確かにここは簡単に踏み入れちゃいけない場所だね。サキチカ、あれは?」


 カズキは泉の横に建てられている二つの小さな石塔を指差した。だいぶ古いもののようだが朽ちた様子もない。


「我ら一族の墓だ。あれも護らなければならないものの一つだな」


「サキチカは色々護りたいものがあるんだね」


「そうだな。泉も一族の墓も山の伝承もミツチカも、数えたら切りがない」


「そういえばミツチカとサキチカってどんな関係なの? ミツチカって人偉いのに、あんた態度でかいよね」


「はは、お前は厭味のない子供だな。ミツチカは俺の弟だ。本来ならば長子である俺が街を治め、弟が防人としての任に就くのだが、ミツチカは、頭は良いが体が弱くてな。俺が防人となり、あいつが街を治めることになった。ま、今となってはこれで良かったと思っているよ。俺は体を動かしている方が好きだし、ミツチカも立派に街を治めている。……と、余計なことまで喋ってしまったな」


 そう言って、はにかんだサキチカが大きな葉を二枚取り、それで滝の水を受けると一枚をカズキに渡した。もう一枚は虎の口元へ寄せる。


「ここの水は疲れが取れるから飲め。ほら、お前も」


 虎の頭を撫でて水を飲ませると、足元に生えていた草をすり潰して虎の脚へ塗りつけた。サキチカいわくこれで脚の疲れが取れるらしい。


「ん?」


 サキチカが何かを見つけ虎の腹へ手を差し入れる。


「み~」


「何だこの生き物は」


 妙に見覚えのある紫色の丸い物体が引き出された。サキチカの大きな手の中で必死にもがいている。


「みー!」


「あ」


「知っているのか?」


「う、うん……まぁ、少し」


 カズキは取り繕うとしたが良い案が浮かばず、臭いものに蓋をするように、ナシュマを奪うと胸の中に入れた。


「みぎゅー」


「サキチカは何も見てないよ! 何もいないよ!」


「と言われてもな……全く、腹にへばり付いていたとは。気づかなかった俺の失態だな。ま、悪いことをするような奴には見えんし、お前の言う通り俺は見なかったことにするよ。だが逸れさせるな」


「う、うん」


 再び歩き始め、どうにか陽が沈むと同時に山頂へ着いた。


 いつの間にか木々は消えて、腐臭と岩だけが荒涼と広がっている。今日は満月なので足元も見やすい。


 入口と同じようにロープが張られた先に、岩が口を開けている場所があった。あれが山の神が奉られている洞窟なのだろう。


「洞窟の中は少し複雑な構造だ。お前はここまでだな。礼を言う」


 虎がぐるっと鳴き、山を下って行くのを見送ると、二人と一匹は洞窟へ向かった。


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