第2話
翌日の出発前、クラウドがピエールに、ライシュルトが聖騎士団長にそれぞれ呼び出された。
各自で支度を済ませて正門前で落ち合う約束をし、クラウドはピエールの許へ急ぐ。
「朝早くから申し訳ありません。出発前にこれをあなたに渡そうと思いまして」
そう言ってピエールが机の上に一枚の紙と、口を紐で括った筒状の革袋を置く。革袋の大きさは肘から手先ほどの長さだ。紙は現在地が分かる世界地図、革袋には魔力が編み込まれ、物を入れても重さを感じさせない作りだそうだ。どちらも長旅に役立つ品である。
「私からの心付けを少しばかり入れてありますので、自由に使って下さいね。それともう一つ、この短剣をどうぞ。刃先に刻まれた紋章が持ち手を護ってくれるでしょう。お守りみたいなものですよ。教会の宝物庫に眠っていたので、持ってきちゃいました」
クラウドはテーブルに置かれた短剣を手に取った。金と銀で装飾された鞘を抜くと、両刃の刃渡りは掌ほどの長さで銀色に鈍く光り、金色の柄に水竜と大樹のレリーフが細かく刻まれている。刃先に刻まれた紋章は、盾のように草花が互いに絡み合う。手にしていると不思議と心が落ち着いた。お守り、のような軽い言葉では片づけられない効果がありそうだ。
「教会の宝剣、確かにお預かりいたしました」
「……クラウド、これから辛い戦いがいくつも課せられるでしょう。しかし決して諦めないで下さい。私も夢見で何か分かったら各支部に伝えておきます」
立ち上がったクラウドは、一礼をして部屋を後にする。
街に出て傷薬や保存食などを買い込み、正門へ向かった。正門の石柱に背中を預けながらライシュルトが立っている。
「すまない、待たせた」
「いやそんなに待ってないさー。それよりそっちは何の話だったんだ?」
「旅に役立つ色々な品を頂いたよ。そういや心付けを袋の中に……」
二人は袋の中を覗いて思わず息を飲む。中には金貨が山のように入っているのだ。無理な使い方をしなければ、数年は金の苦労をせずに済むだろう。
「あの人の金銭感覚ってすーげーなー。でも感謝だな! それだけクラウドに期待しているってことだぞ! オレもできる限り協力するぜ」
「ははっ、ありがとう。まずは荒廃の状況を見つつ、ザーニアへ向かおうと思うのだが、どうだろう」
「うん、良いと思うぞ。あそこは傭兵の街だから、色んな情報が集まってそうだしな。じゃぁ、ザーニアに向けてしゅっぱーつ!」
クラウドは頷き一旦街へ向き直る。正門から縦に貫く大通りの先に大聖堂が見えた。孤児であった自分を育ててくれた教会に向けて深く頭を下げる。ライシュルトは黙って待っていてくれた。
「……ありがとう。さぁ行こうか」
「おう!」
空には雲一つない青空が広がる。太陽が暖かな光を恵み、時折草木の香りを含んだ風が抜けた。
世界が荒廃しているとは思えないほど美しい自然がそこにある。しかしセントラルクルスの領地を抜けると、徐々にそれが蝕まれていくのが感じられた。僅かだが大気の匂いが違うのだ。クラウドは道を外れて森の中へ足を踏み入れる。
「なるほどね……以前この森には綺麗な泉があったのに。ライ見てみろよ」
「んー? ぅわっ、なんだアレ」
旅人の喉を潤したそれは、臭気を発するどす黒い液体に変貌していた。粘り気のある大きな気泡が時折浮かんでは弾ける。
「こりゃ、思ったより荒廃しているんだな」
「あぁ。セントラルクルスはピエール様の結界で護られているから、ある程度の荒廃は食い止められるのだろうな」
「あっ、そうだった!」
ライシュルトが荷物からノートを取り出し、克明に荒廃の状況と場所を書き込んだ。
「団長に頼まれたんだ。状況を纏めたものを作って後世に伝えようって。そこから学べるものもあるし、これからの旅にも役立つと思うんだー」
「そうだな、ライ任せ――」
「!!」
二人は腰に差していた剣に手をかけ、瞬時に戦闘態勢となった。背中合わせになって状況を確認する。
煙のように漂う泉の臭気が一塊に集まっていく。そしてモヤモヤとした黒い塊となり、二人にゆっくりと向かってきた。
「……なぁクラウド、斬れんのかコレ? つーか魔物、ってやつだよな。初めて見たよ」
「俺もだ。まぁ、とりあえず……」
「先手必勝、だな!」
二人は呼吸を合わせて一太刀を浴びせる。しかし手応えはなく再び塊に戻るだけだ。その上、黒い靄の一部が鋭利な刃となり襲いかかってくる。
「ぅわっ、剣じゃダメか~。クラウド悪ぃ、少し時間を稼いでくれ」
「諒解!」
クラウドはライシュルトに攻撃が届かぬよう、付かず離れず攻撃を躱した。
ライシュルトは足で小さな陣を描くと詠唱を始める。魔物の上に小さな黒雲が発生し、ぱりぱりと電気が立ち込めていった。
「いけー!」
いくつもの雷が魔物へ落ちる。しかし、一瞬動きが止まったものの、さしたる変化は見られない。
「くそっ、魔法でもダメか!」
「そこの二人退いて!」
「へっ?」
刹那、ライシュルトの目の前を白い光を帯びた矢が通過した。それが魔物の体の中心部に当たると、魔物は咆哮をあげて消滅する。後には小さな緑色の珠が残った。
「大丈夫?」
視線を上げれば、木の上に弓を背負った線の細い青年がいる。彼の口調は優しく、銀色の長い髪がふわりと風に流れた。
「ありがとう、助かったよー。魔物との戦いは初めてだったから」
「ただ斬ったり魔法をかけたりだけじゃダメなんだ。アイツらには核があって、それを見つけて攻撃しないとね」
青年は足音をさせずに木から下りると、先ほどの緑色の珠を拾いクラウドの掌に置いた。
「綺麗だな~コレ」
「これが核だよ。人間で言うと心臓みたいなものだね。だいたい魔物の体の中心にあるから覚えておくといいよ。さて、紹介が遅れたね。僕はソギ。あなた達は確か……クラウドさんにライシュルトさんだね」
「何故名前を……」
にこりとソギが微笑む。そして腕を翳すと、どこからともなく一羽の鷲が肩に止まった。
「鳥がね、教えてくれたんだ」
「?」
「僕は動物の言葉が分かるんだ。あなた達のことも、その目的も、この子が教えてくれたよ」
「ふぇ~凄いな。なぁクラウド、この子一緒に来てもらえないかなぁ」
ライシュルトが耳打ちしてきたことに、クラウドも同意する。彼がいれば鈴の音の主も捜せる気がした。魔物に対する知識も自分たちに必要である。
「ソギ、急な頼みなのだが、俺達と一緒に来てくれないか? 君の色々な知識を貸してくれ」
「お願いだよー」
「……どうしようか?」
ソギが肩に乗った鷲に話しかけると、ピィっと返ってきた。動物と会話など到底信じられないが、互いに会話をする彼らを見ていると嘘でもなさそうである。
「皆も来てくれたんだ」
「あ……」
いつの間にかソギの周りには様々な鳥や動物が集まっている。クラウドたちは驚きつつも静かに事を見守った。
「うん、そうだね。ありがとう」
決意を決めたのだろうソギが二人に向き直り、「よろしく」と頭を下げる。そして頼もしい仲間が一人増えたのだった。