第28話
一息ついていると、ソギが飛ばした鳥がクラウドの肩に止まる。山門に集合して欲しいとのことだった。ライシュルトが戻ってくるのを待ってから山門へ向かえば、近づくにつれ、ごつごつとした黒光りする岩肌がむき出しに、草木はなくなっていった。山門には二本の朱色の柱。先端には青い炎が燃え、柱が等間隔に山頂へ向かって連立する。その光景は一種の異世界を思わせた。
手前の柱にロープが張られて他者の侵入を防いでいるが、見張りもおらず容易に侵入できそうだ。
二人の姿を見つけたヨハンが手を振る。
「来た来た。お前らの方はどうだった?」
「カズキ襲われて大変だったぜ。あ、教会はピエール様の夢見で、この山に炎の聖獣がいるの間違いないってさ」
「襲われたっ? 大丈夫かよ」
「ああ。街の民いわく、敵ではないそうだが、驚いたよ」
「そんなことより、ボクが女に見間違えられる方が大問題っ!」
カズキが納得いかないと頬を膨らませた。そんなカズキに微笑み、叉胤が柱を指差す。
「オレ達の方の報告をするね。聖獣がいるっていうこの山だけど、ここ三重に結界が張られてるうえ、術の組立がアナグラムになってるから、解くのは術者以外無理だよ。何者も侵入できないようになってる。神聖視されるわけだね」
ライシュルトが目を細めてじっと見つめ、少々呆れたように口を開いた。
「あー、ほんとだ。なんだコレ。こんな強力な結界初めて見るわ。山全体囲われてて蟻の子一匹入れないくらいだ。ピエール様だってこんな結界張れないぞ」
「ふーん。俺にはなんにも見えないけどなー」
「あっ!! ヨハン触るなっ!」
制止を聞く前にヨハンがロープの奥に手を伸ばした。だが、炎が集約して襲いかかってくる。
「あっちー!」
「だから言ったろ。大丈夫か?」
「ああ」
「……あれ? なんだろ、この感覚」
その炎を見た瞬間、カズキの皮膚の下がざわりと動いた。何かに呼ばれているような気がした。
クラウドに頼みロープの前まで来たカズキは、地面に座りヨハンと同じように手を差し入れる。すると結界は何の反応もなくカズキを受け入れた。
「おぉっ?」
「カズキを受け入れたということは、ピエール様の夢見どおり聖獣だな。やはり何としても山に登らなくてはならないようだ」
「うーん、でも聖獣の気配がないんだよなぁ」
「そこのお前達何をしている!!」
突然の怒声に誰もが驚いた。身構えるよりも早く杖を突きつけられ、十人ほどの男に囲まれてしまった。全員が統一された浅黄色のキモノを着用している。その動きから、かなりの手だれと予想できた。
リーダーらしき男が進み出た。胸元から見える筋肉が弾かれるようであり、広い肩幅に均整の取れた体。男性美溢れる体型はヨハンといい勝負だ。男が鋭い眼光でクラウドたちを見据えてくる。
その場の空気が一瞬止まった。
「ふむ、旅の者だな。知らないなら教えてやるが、この山は神聖な場所だ。何人たりとも入ることは許されない。しかして知らないとはいえ、罪は罪。少しばかり話を聞かせてもらうぞ」
「立て」
一人座るカズキに、彼の横にいた男が、こともあろうか脚を棒で突いた。それこそ知らなかったでは済まされない行為に、カズキは相当悔しかったのだろう杖を握る手が震えた。そして怒りに任せて杖で地面を叩く。
怒りに呼応するように大地が震える。
「なんだっ?」
「カズキ待て!!」
クラウドはカズキの手を力強く掴んだ。感情に流された召喚をさせるわけにはいかないからだ。
「だってクラウド! こいつ……!」
「感情で動くんじゃない。今は、耐えなさい」
カズキが、はっとしたようにクラウドを見る。思い至ったのか、揺れが鎮まった。
「何故召喚してはいけないか分かるね?」
クラウドが止めなければ、男のみならず、この場にいる全員を消滅させていただろうから。
「うん。ごめんなさい」
「いいんだ。怒りはもっともだからな」
クラウドはそう言って、カズキと男との間に身を割り込ませる。
「ライ、団長とピエール様には黙っていてくれよ」
「オレは何も見てないな」
「すまん」
そうして男を渾身の力で殴った。一人の、カズキを愛する男として許せなかったのだ。
「なっ……」
「この子の脚は動かない。これで痛み分けということにしてくれ」
「貴様っ!」
「止めろ、見苦しい!」
リーダー格の男が怒鳴り、カズキの前に屈み込んだ。
カズキは罵声の一つでも浴びせようかと思ったのだが、男が自分の前で両手と額を地に着け、深く頭を垂れたのを見て口を閉ざす。全身から男の真剣さが伝わってきた。
「非礼の極みだ。大変申し訳ないことをした」
「……いいよ、もう。あいつもクラウドに殴られたしさ。それにあんたが謝ることないじゃん」
「部下の非礼は俺の責任でもある。謝って済むことではないが、重ねて詫びを申し上げる」
「頭上げてよ。それよりボク達に聞きたいことがあるんでしょ。早くして」
「承知した」
クラウドたちは、そこから少し離れた山小屋へ連れて来られた。
彼らは結界の防人だそうだ。結界の反応をいち早く察知して現場へ向かう。その素早さは身をもって体験した通りだ。結界に見張りがおらず警備が杜撰だと思ったが、とんだ間違いだった。
「さて、お前達の目的を聞かせてもらおうか」
クラウドは魔族のことを含め、旅の目的を話した。山へ登りたい旨も話したが、やはり難色を示す。仕事柄軽々しく許可はできないのは分かるが、別のところにも理由がありそうだ。
「ケチ」
「こら、カズキ、そんな言い方をしてはいけないよ」
「…………」
男が窓辺に立ち窓を開けた。涼やかな風が部屋に入り込む。
また、空気が止まった。この男の存在感は全ての者を食ってしまう。
やがて静かに口を開いた。
「――どうしても、と言うならば明日城へ来い」
「え?」
「俺の名はサキチカだ。門番に名を伝えろ。話は通しておく」
「あ、ああ。ありがとう」
少しだけ陰を落とした彼の表情が気になったが、クラウドたちは山小屋を後にした。




