第26話
そしてディーラたちに別れを告げ、ヨミ村を後にした。数日をかけて街道筋を進んで行けば、やがて霊山とも言われるポントス山が見えてくる。その麓に広がる街がユーライだ。
セントラルクルスとは建物の造りも、着ている服も違っている。セントラルクルスでは建物が石造りなのに対し、ユーライは木や土壁で建物が形成されている。着ているものもキモノという民族衣装で、これは普段寝る時に着る肌着を豪華にしたような服だった。全ての造りが自然に近い、ソギ好みの街である。
「ねーココくさいよー。腐った卵の臭いがする~」
「この地の温泉の独特な臭いだよ。最初は慣れないかもしれないけどその内慣れるよ。それにねカズキ君……」
叉胤が、鼻を摘んでいるカズキの耳元で何かを囁いた。その途端にカズキが表情を明るくし、嬉しそうに笑った。
「そんな効能があるなら仕方ないよね。後でいっぱい浸かろうっと。クラウド、早く温泉宿に行こうよ!」
「叉胤、何言ったんだ?」
「秘密ー」
街の探索は後にして、手初めに叉胤が世話になったという宿へ向かった。お礼を改めて言いたいと言った叉胤は、どこか緊張した面持ちで扉を開ける。
木造の建物の中は柔らかい空気だ。数人の従業員が忙しなく働き、クラウドたちに気づいた恰幅の良い中年の女性が駆け寄ってきた。
「いらっしゃいませー。あれ? お客さん前にも……」
「お世話になりました、叉胤です」
「あー覚えてますよ! 良かった、元気になったようで! 傷が癒えてないのに、急に姿を消したから心配したよ」
彼女は、からからと笑いながら叉胤の背中を叩いた。
「あの時はありがとうございます」
「礼なんていいんだよ。こうやってまた叉胤ちゃんが元気な顔を見せてくれただけで十分だ。それよりお友達かい? 泊まるなら部屋空いとるから、温泉でも浸かってゆっくりしておいで」
その後部屋に案内されたのだが、部屋に入る前に靴を脱ぐという行為に、叉胤以外の全員が驚いた。部屋には足の短い机と、それを囲むようにクッションを潰したものが置いてある。どうやらこれが椅子と机の代わりらしい。床に座るという文化を持ち合わせていなかったクラウドたちは、戸惑いながらも腰を落ち着けた。
宿の女将が小さなコップに湯気の立つ緑色の液体を注ぎ、皆の前に置く。草の匂いがするが、これも伝統的な飲物らしい。
「良く来たねー。叉胤ちゃんのお友達はどこから来たんだい?」
「セントラルクルスとザーニアですよ。女将さん、最近ユーライで変わったことありませんか」
「あらまぁ、随分遠いところから来たねぇ。ああ、最近湯が突然涸れたり、水に変わったりしてるけど、ユーライにゃ山の神様がついてるからね。何かあったら御領主様がきちんと手を打って下さるし、私らあまり気にしてないよ」
「そうですか。よい御領主様ですね」
「ポントス山に並ぶユーライの自慢の一つさね。もし時間があるならお城に行くといいよ。皆に開かれてるから、外せない用事がなければ御領主様も会って下さる。叉胤ちゃん場所分かるね? ――それと叉胤ちゃん、ミツチカ様も叉胤ちゃんのこと気にかけておられたよ。あの方に元気な顔を見せておあげ」
「うん……」
叉胤が少し気まずそうに頷いた。
「そういやそっちのお嬢ちゃんは細っこいねぇ。ちゃんと食べてんのかい」
「お嬢、ちゃん……?」
誰のことかと思えば、女将の視線はカズキを捉えている。笑ってはいけないと思いつつも皆肩を震わせた。
「笑うなライシュルトっ。ってクラウドもっ?」
「す、すまんカズキ……」
「ボクは男だよ!」
「あらまぁ、こんなに可愛い男の子がいるなんて! 向こうの大陸は凄いねぇ」
「何が凄いのか分からないよっ」
「ま、夕餉に栄養あるものたんと拵えておくから皆とお食べ。それじゃ、何かあったら遠慮なく言うんだよ」
「聞いてないし……」
女将が去り、急に部屋が静かになった気がする。
カズキですらたじろぐ女将の迫力に、誰もついていけなかった。療養中もあの調子だったのだろうから、それに耐えた叉胤は凄いとクラウドは思う。
「嵐のような女性だな」
「そうだね。でも凄く気の利く優しい人なんだ。怪我のせいで高熱出した時も寝ないで看病してくれたんだよ」
「でもお嬢ちゃんは酷いよー」
「上手いと思うけどなー」
ライシュルトがぽつりと言い、茶を一口飲む。その瞬間眉を寄せた。
「ぅわっ、苦っ!! なんだコレ!」
「罰が当たったんだよーだ」
そう言いながらカズキも一口飲んで同じく眉を寄せる。
「うぅ……ホントに苦い……。ライシュルトのバカっ」
「なんでっ?」
「僕は美味しいと思うけど」
「そうだな。渋味の中の甘みが美味い」
「香りがいいよなっ」
「皆の味覚がおかしいんだよっ。うーまだ口の中が苦いや」
どうやらライシュルトとカズキの味覚には合わなかったらしく、二人とも机の上にあった菓子で口直しをした。
「そういえば叉胤、ミツチカって?」
「この街の領主だよ。オレが魔界から追放された時落とされたのが、彼の城の庭だったんだ。相当に驚いたんだろうけど、すぐに手当をして、この宿まで運んでくれた。オレにとっては何にも変えられない命の恩人だよ」
「それが何でまだ黙って出てっちまったんだ?」
「オレがここにいると迷惑がかかると思ったんだ。追放された身だから、もう干渉されないはずだけど、気が弱ってたんだろうね」
「み」
ヨハンの懐からナシュマが顔を出し、慰めるように叉胤に擦り寄った。
「叉胤、明日城に行こう」
「いいの?」
「ああ、女将に言われた時、気まずそうにしていたのは、俺達の旅の進行を気にしたんだろう? 情報も集めなくてはならないし、しばらくはユーライに留まるから気にしなくていいぞ」
「ありがとう、クラウドさん!」
叉胤が嬉しそうに頷いた。




