第13話
微かに開いた唇から舌を侵入させる。自分の存在を確かめさせるように口腔を舌で犯した。激しく絡め、強く吸い上げる。
唇を離して耳元で囁いた。
「大丈夫だ。俺がお前の傍にいる。だから、力を収めなさい」
「うぅ……」
徐々に地鳴りが止み、突き刺すような殺気も消えていく。
「クラウド……」
消えそうなほど弱々しい声でカズキが名を呼んだ。透明感のある紫色の瞳がクラウドを映す。
クラウドは胸にカズキを抱くと、あやすように背中を摩った。小さな肩が震えている。
愛しい、と素直に思った。愛しているのだ。自分に縛りつけてしまいたいほどに。もう他人に触れさせたくないほどに。
「ふふっ、人間にもお前のような者がいるんだね。精々召喚士を護ってやるといい」
「お前達は何が目的なんだ。この世界の滅亡か?」
「結果論だけで言えば、いずれそうなるだろうね。召喚士、場合によっては、この先お前の命を貰い受けることになるだろう。我々の目的の為にお前は――」
「霙颯、喋り過ぎだ。人間ごときに教える必要はない」
良く通る男の声が、霙颯の言葉を遮った。
祭壇の上に突如現れた男の姿は、月明かりの逆光で良く見えない。霙颯だけは声の主を捉え、今までの雰囲気をがらりと変えて嬉しそうに微笑んだ。
「妖祁」
「いつまで経っても帰って来ぬから心配したぞ?」
男が霙颯を抱き寄せて何かを耳元で囁くと、二人は霧生を伴い闇に溶けるように消えていった。
しばらく静寂だけが残される。
「……ねぇクラウド、何が起きてるの? ボクは、一体何なの?」
カズキが不安げにクラウドの服の裾を掴んできた。
「君は召喚士の末裔だよ」
叉胤が昔を思い出すように目を細め、カズキの姿を眺める。
「今から三百年ほど前だったかな、魔族による召喚士殲滅計画が実行されたのは。魔族にとって聖獣は脅威だからね。余計な芽は摘み取ってしまおうとしたんだ」
「聖獣とはなんだ?」
「自然そのもの、または自然の均衡を象徴するものだよ。だから聖獣の力の封印をすることによって、自然は荒廃の一途を辿る。もう実際影響が出ているだろう?」
「荒廃の原因はそれか。何故そんな大きな事件が忘れ去られてしまったんだろな」
「召喚士は排他的な一族だったからね。そして、聖獣の力を解放して荒廃の進行を食い止められるのは、召喚士だけだ。君だけだよ、カズキ君。だからこそ霙颯様は、召喚士の力に目覚めた君の命を狙うと言っていたんだろうな」
「勝手なこと言わないで!」
カズキが叫び、悲痛な表情で霧の晴れた杜へと姿を消した。クラウドが後を追う。
「気にすんな叉胤、気難しい奴なんだよ。クラウドが上手くやるから大丈夫だ。それより少し聞きたい。……お前は何故ここにいたんだ。何が目的だ? 助けてもらってなんだが、目的によっては……」
ライシュルトは剣の柄に手をかけながら言った。そして瞬時に抜いて背後からの攻撃を受け止める。剣戟の音が辺りに響いた。しかし、攻撃に殺気のかけらも無い。試されているだけか。
「み~!!」
小動物が鳴くような声が聞こえたかと思うと、ライシュルトの顔に、ふわふわとしたボールのような物体がぶつかった。
跳ね返り地面に落ちてもがいているそれは、見たことのない生き物である。黒に近い紫で全体が丸く、申し訳程度についているリスのような耳。背には蝙蝠の羽のような翼。黒い双眸が可愛らしい。
「可愛い~」
「何だコレ」
ライシュルトが羽の端を指先で摘んで持ち上げると、痛かったのか抵抗の声を上げて噛みついてきた。
「イテー! 何すんだっ!」
腹が立って、口の横を掴んで左右に広げてやる。
「みふー!」
それは再び噛みついて、逃げるように叉胤の肩に止まると舌を出した。まるで子供の喧嘩だ。
「ライシュルトさん、生き物虐めちゃダメだよ」
「だってよー。ちぇ、まぁいいや。んで、いきなり攻撃を仕掛けてきたそちらさんは?」
ライシュルトは噛まれた指に息を吹きかけながら、叉胤の横に立つ男に視線だけを送る。
黒い鎧に身を包んだ戦士風の男が口角を上げた。頭から足の先まで均整の取れている身体は、霙颯とは違った意味で目を奪われる。
「後ろからの攻撃を受け止めるとは、さすがは聖騎士だな。俺はヨハン。ザーニアの傭兵だ。今は兄貴と一緒に叉胤の護衛をしている」
「オレはライシュルトだ。騎士団の規律がなけりゃ、お前とは本気で手合わせを願いたいな」
「聖騎士にそう思われるとは光栄だ」
二人は剣を鞘に収めて笑い合った。
「初めまして、ヨハンさん。僕はソギだよ。お兄さんはどちらに?」
「ああコレ……」
ヨハンが指差したのは、先ほどの生き物。ソギもライシュルトも一瞬眉を寄せてしまう。
「言っとくが俺は正常だぞ。まぁ驚くのも無理ないよなー。俺の兄貴ナシュマって言うんだが、叉胤を庇って呪いをかけられてな、このザマだ」
「呪いをかけた犯人を追ってここまで来たんだけど、問い質す間もなくいなくなったね」
叉胤が自嘲気味に笑う。その顔には疲れの色が濃い。悔しさも窺い知れる。
「妖祁って呼ばれてた奴か? 何者なんだアイツ」
「魔界きっての錬金術師。霙颯様の恋人でもあるね。教会の扉を使わなくても二つの世界の行き来が出来る、唯一の魔族だよ」
「おっ」
何かを思いついたようにヨハンが声をあげた。
「俺達、お前らに付いて行くわ」
「はぁ? 何を勝手に……」
「さっき話を聞かせてもらってたんだが、召喚士が狙われてるんだろ? また二人が接触する可能性が高い。気配を追って移動するより、そこをふん捕まえた方が早そうだからな。うん、いいアイデアだ。なぁ叉胤、そうしようぜ!」
「あのなぁ、こっちの話も聞けよ」
「ふふっ、ムリそうだね」
「あ~。またカズキの機嫌が悪くなる」
「それは何とも、ね」
ソギが苦笑し、ライシュルトは大きく溜め息を吐くと、がっくりと肩を落とした。




