第12話
「ライシュルトさん!」
背後に立った男の気配に気づいたソギが、それに向かって矢を射る。
男の手を掠り、透明な体液が流れ出た。
「この人も魔族っ!?」
「……大丈夫、オレは敵じゃない。彼を死なせたくないなら傷を見せて」
攻撃されたことに拘ることなく、冷静な口調で話しかけてきた。男らしい声だが、ねっとりと甘い声にも聞こえる。
「うん、まだ助かる。毒の進行も見た目よりずっと抑えられているよ。よく頑張ったね」
男はクラウドの傷に手を当てて短く言葉を唱えた。すると傷口が塞がり、毒によって赤黒く変色した肌も元に戻った。
「ぅ……」
「クラウド!」
「止血と解毒はしたよ。まだ応急処置段階だから、出来るだけ安静にしててね」
「あんた何者だ?」
「この血が示すとおり魔族だよ。ただし人間好きのね」
意識を取り戻したクラウドが、腹部を押さえながら上半身を起こした。ライシュルトはクラウドの背中に手を添えて体を支える。
「すまない、ありがとう。ライ、カズキは?」
「霧生のところだ」
「霧生……?」
男が霧生の姿を見定め眉を寄せた。銀灰色の髪が風に靡いた。
台座の上に腰かけ、高みの見物をしていた霧生が、驚いた表情でゆっくりと立ち上がる。
「……叉胤、か? 何故ここに」
「やっぱり。久しぶりだね。ちょっと探しモノしててさ。さて、その子はこの人達の仲間のようだから返してもらうよ」
「お前に命令される筋合いはもうない!」
「――――」
叉胤が何かを呟いた瞬間、霧生に向かって無数の氷の矢が放たれた。だが、彼の前に立ちはだかった人物に全てを砕かれてしまう。
長い銀髪が月明かりに照らされる。この世の者とは思えぬほど整った顔立ち。形容しがたいその雰囲気は、全ての者を容易く飲み込む。
ライシュルトもソギも、それに目を奪われた。
霧生が片膝を着き、頭を垂れる。
「霙颯様!」
「何を遊んでいる、霧生」
氷のような瞳で霧生を見下してカズキに近づいた。そして引き寄せ、瞳の上に手を翳す。
「我々の計画にこのような子供は必要ない。起きなさい、召喚士の子」
「ん……ぅ……あれ?」
カズキが正気を取り戻して辺りを見渡す。まだ状況把握ができていないようだ。そしてライシュルトに支えられているクラウドの姿を見つけると、ふらつきながらも駆け寄りその腕に抱きしめる。
「クラウド! クラウド! 会えた!」
「カズキ……」
「えっ? ちょっと何この血っ、クラウド大丈夫っ!?」
カズキは血のついたライシュルトの手を掴んだ。
「この血……ライシュルト、あんたがやったのっ!?」
「間髪入れずにオレかよ、勘弁してくれ! オレにクラウドを傷つける理由なんてねぇよ!」
「カズキ君、ライシュルトさんは、傷ついたクラウドさんを助けようと必死だったんだよ。そんなこと……言わないで」
ソギがカズキの肩を掴みながら言った。瞳は悲しく、その手は少し震えている。
「じゃぁ誰が!」
「…………」
「何故教えてやらない? ならば俺が教えてやろう」
「止めろ!!」
ライシュルトが叫んだ。
「庇って何の得がある。カズキ、お前がやったんだ」
「ボク、が?」
「ああ、お前が猛毒を塗った短剣をクラウドの臓腑に突き刺した! 愉快だったぞ、大切な者に命を奪われていく様は」
「霧生止めろ」
霙颯までもが諌めるが霧生は続ける。
「お前の手がクラウドを傷つけたんだ」
「ボクが、クラウドを?」
カズキが小さな身体を震わせ両手で頭を抱える。
「ボクが……」
「霧生に操られていたんだ、お前のせいじゃない!」
ライシュルトは自分の方へカズキを向かせ、瞳を覗き込んだ。しかし彼の瞳は混乱していた。目の前のライシュルトも、クラウドすら見えていないようだ。
「だが、事実だ。お前のせいだよ、カズキ」
「うるせぇ! 黙れ!」
「……ぅ……ッッ!」
突如カズキの背後の空間が景色ごとぐにゃりと歪んだ。
「!! マズイ、霧生これ以上彼を追い詰めるな! 場所を考えろ!」
その声が早いか、パリンと何かが割れる音と、聞いたこともない咆哮が空高く響き渡った。
「何、この気配……」
ソギが呟き天を見上げる。低く唸るような地面の鳴動。そして得体の知れない恐怖が全身を襲う。剥き出しの殺気だ。
叉胤が冷静に答えた。
「聖獣だよ。でも召喚士が未熟だ。制御できずに聖獣の力を解放されたら、この辺りくらい簡単に吹き飛ぶよ」
「何だってっ!? 何とかならないのかっ?」
「殺してしまえばいい」
言っている内容とは全く逆の楽しそうな声で霙颯が言う。ゆっくりと祭壇を下りてくるその手には――。
「霧生……」
叉胤が目を伏せた。霙颯の手にはぴくりとも動かぬ霧生の身体。辛うじて生きてはいるが、既に虫の息だ。
「ああ、コレ? 役立たずは必要ないからな」
恐ろしいほど美しく霙颯が微笑んだ。そして空を仰ぎ見る。
「後数分で召喚される。人間は聖獣に対してどう抵抗する?」
「カズキ……」
クラウドは首に手を当てて僅かな時間目を閉じた。カズキを護ってやると誓ったのは誰か。
「人間を見くびるな。心で勝負が着くさ」
静かな表情でそう言うと、カズキの名を優しく呼びかけ、夜気を吸い込んだ柔らかな髪を撫でながら瞳に唇を落とす。そして、そのまま頬に滑らせ唇を塞いだ。




