第10話
「何で止めるんだよ、クラウド!」
ライシュルトが抗議をしてきたが、クラウドは無言で首を横に振る。額から汗が一筋流れた。
「ライ、あいつの力は半端じゃない。あんな風に言われて腹が立っているのは俺も同じだよ。だがな、迂闊に飛び込んでも殺されるのは目に見えている。……あれは、何の躊躇いもなく他人を殺せる瞳だよ」
「へぇ、さすがは聖騎士。良く見てるな。俺達魔族は、人間の心の臓を喰らってその寿命をいただく。このように、な」
「!?」
霧生の姿が消え、次の瞬間にはカズキの背後へその姿を現した。彼が操る植物の蔓がカズキの足元に生え、身体を捕らえて締め上げる。
「く……苦し、放せよぉ!」
「暴れるな。痛みは感じさせんよ」
霧生が、長く伸ばした爪をカズキの左胸に食い込ませた。
「……ぅっっ、クラウド助けて……」
言われた通り、血が流れているのに痛みを感じない。それが余計にカズキへ恐怖を与えた。
指先についた血を舐めると、霧生が口許で笑う。
「ククッ、やはりな。この血の味は記憶にある」
「カズキを放せ!」
クラウドは自分でも驚くほど血が逆流した。怒りに任せて、背を向けている霧生に剣を振り下ろしたが、寸でのところで避けられてしまった。
「迂闊に飛び込むのは、死を意味するのではなかったのか? 怒りに捉われた攻撃は隙が多く、大振りになりやすい」
霧生の足が腹に食い込み、クラウドは弾かれるように飛ばされた。上手く受身が取れず地面に叩きつけられる。
「ぐっ……」
「クラウド! しっかりしろよ、お前が頭に血ぃ上ってどうんすんだ」
ライシュルトに助け起こされてクラウドは再び剣を向けた。
「ほぅ、元気だな。安心しろ、こいつはすぐに殺さない。思い当たる節があるからな、しばらく預からせてもらうぞ」
「貴様!」
身体の痛みに耐えながらカズキの許へ走り寄ったが、蔓と共にカズキは土の中へ消えてしまう。
「カズキ!!」
「クラウドと言ったか。俺の僕を倒したことに敬意を払い、チャンスをやろう」
霧生は空に昇る太陽を指差した。太陽は中天に差しかかったところだ。
「あの太陽が沈むまでに迷いの杜の中心へ来い。来られるものならカズキを返してやろう。ついでに面白い見世物を用意して待っててやるよ」
「カズキに、手を出したら貴様を斬り捨てる……」
クラウドは霧生を睨んだが、彼は肩を竦めて笑うだけだった。そして霧生を中心に霧が発生し、姿が溶けるように消えていった。
「…………」
クラウドは無言で地面に拳を叩きつける。目の前でみすみすカズキを攫われてしまった。近くにいたのに何も出来なかった。悔しくて悔しくて堪らない。自分が護ると決めたのに。
「おい、クラウド行くぞ。仲間を拉致られたなら取り返すだけだ」
「クラウドさん。これ、薬草生えていたから」
そう言ってソギが血の滲んだ拳の手当てをしてくれる。
「頭に上った血は下がったか?」
「……ああ、すまなかった」
「それにしてもあの霧じゃ、ろくに前が見えないな。ああ、それで迷いの杜か。なるほどねー」
「ソギ、何か案はないか?」
「そうだなぁ、風を操ることができるなら、自分達に膜を張って進めるとは思うんだけど……魔力を放出し続けるから、術者にとってはかなりの負担になるんだよね」
「オレがやるよ~」
ライシュルトが指輪をはめながらあっさりと言った。
「でも……」
「オレじゃ不安? でもコレがあるから大丈夫」
左の薬指にはめた指輪を見せる。指輪は淡く緑色に光っていた。
「それは?」
「オレ専用の魔力増幅器みたいなモノだよ。団長がこの旅の為に作ってくれたんだ~。それじゃぁ二人ともオレの近くに寄ってくれ」
二人が傍に寄ったのを確認すると、ライシュルトは両の掌を上に向けた。そこから勢い良く風が吹き上げ、彼を中心に三人を包む。
「身の丈ニ倍の半径が限界だなぁ。ちょっと細工して姿を見えないようにしてるから、魔物には襲われないと思うよ。逆に膜の外に出ちゃうと見失うから気をつけてねー」
「凄い……」
「ライは何気に凄いぞ。アイツとの試合は勝てたことがない。騎士団でも団長に次ぐ実力の持ち主だよ」
「あ~陽も傾いてきたし、そろそろカズキを取り戻しに行こうぜ!」
照れを隠すように二人に背を向け、ライシュルトが歩き始めた。




