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ドラゴンアックス  作者: kaz
青の章
8/76

第七話 戦乙女

 ヴァイデン王国は大陸の東に位置する大国である――


 現国王アダム=リュトヴィッツは歴代の王にもひけを取らないほどの名君だった。善政を敷き、民の声にも耳を傾け、佞臣がはびこらないよう賄賂や収賄などを厳しく取り締まった。しかしどちらかというと平和主義者な彼は協調協和といった考えを持ち、隣国との紛争などには的確な指示を与えれないでした。


 だがそれを補うかのように彼の子供達は、こと戦いにおいては他を寄せ付けぬほどの才を持つものが多かった。中でも次女ヴィルヘルミナ、三女クリスタは一騎当千の力で異民族との戦いで功を成し、”ヴァイデンの戦乙女(ヴァルキュリア)”と呼ばれていた。

 さらに四女シャルロッテは百年に一人の天才とまで言われ、参謀として二人の姉を支えていた。こうした人材に加え、練兵を重ねた騎士達は精強で、他国を圧倒するまでの力を有していた。



 ――ヴァイデン北壁の国境付近――


 北の大地に築き上げられた砦の城壁に、三人の女性が立っていた。


 一人は白銀の鎧に身を包み、魔力を帯びた氷槍グレッチャーを持った長く美しい金髪の美女、ヴィルヘルミナ=リュトヴッツ。今一人は焔のように紅い髪を後ろに結び、髪と同じ紅い甲冑に身を包んだクリスタ=リュトヴィッツ。彼女もまた魔力を帯びた焔剣フランメを持っていた。最後は碧い衣服に碧いマントを羽織り、短い金髪の上に可愛く置かれたベレー帽を、風に飛ばないように必死で両手で支えているシャルロッテ=リュトヴィッツ。


 彼女達が城壁から見下ろすその下の荒野には、北方から攻め込んできていた二千の蛮族が手に手に武器を持ち戦いの準備をしていた。


「ここはやはり守りに徹して迎え撃つのが一番だと思います姉さま」

「そんなのつまらないわ! 打って出るわよ!」

「さすがクリスタ、よくわかってるじゃないの!」


 現状を把握した的確な意見にまったく耳を貸さず、外に出て戦いを挑もうとする二人の武闘派の姉に、頭を抱えるシャルロッテ。こうなったらもう止めても無駄なのはわかっていた為、打って出た場合の作戦をすぐに考え姉達に進言する。


「で、でしたらまず弓で敵の数を減らした後騎馬隊で突撃をかけるという事でよろしいでしょうか」

「先に私達が打って出た方がいいんじゃないの? 半分はすぐ潰せるけど」

「あ、いや、お姉さま方のお力はわかってはいますができれば兵士達にも経験を積ませたいと思う次第で……、ですので少しだけ我慢していただけないかと」

「しょうがないわね」


 クリスタの言葉にヴィルヘルミナも頷く、なんとか無謀な突撃をやめさせたシャルロッテは安堵の溜息を吐く。その後作戦通り弓の斉射で敵の数を減らした後、突撃を敢行するヴィルヘルミナとクリスタ、そしておまけのヴァイデン騎士団。


「蹂躙せよ!」

「邪魔よ!」


 二人の戦乙女はその武力を如何なく発揮し、北の蛮族たちを一方的に叩き潰していく。楽しげに戦う二人とは対照的に、その様子をハラハラしながら見ているシャルロッテだけが、涙を流しながら味方の心配をしていた。


 戦いは大勝利に終わり、ヴィルヘルミナとクリスタは勝ち鬨を上げる。




 ――北壁を守る城砦内――


 城砦の中にある湯船で、三人の姫達は戦いの疲れを癒していた。


「ふうっ、気持ち良い」

「どうしましたのシャルロッテ? 元気がないようですけど?」

「な、なんでもないですよう~、ほんと何でもないですから~」


 湯船に顔までつけ泣きながらブクブクしているシャルロッテは、二人の姉のあまりの能天気さにいつも苦労させられていた。そんなシャルロッテの気苦労にまったく気づかない二人の姫、あれだけ暴れたにもかかわらず、まだ足らないといった様子だった。


「はあ、それにしても歯ごたえのない敵でしたわねえ、数が多いだけの烏合の衆もいいところでしたわ」

「もっと強い相手と戦いたいわ」

「いえ、強敵とかいりませんし……」


 この二人はどこまで化け物なのと、肉親ながら血の気が引くシャルロッテ。そして自分の身体をふと見て(つつ)ましやかな胸を見た後、二人の(たくま)しく均整の整った美しい身体と豊満な胸に、さらに落ち込み湯船に顔をつけブクブクする。と、シャルロッテは二人の強い相手と戦いという言葉を聴いて、ある出来事の事を思い出す。


「そういえばお姉さま方、ドラゴン()が出たという話をご存知ですか?」


 シャルロッテが何気に出した言葉に、ヴィルヘルミナとクリスタの二人の姉はピクリと反応し、湯船をかき分けてシャルロッテの元まで近づいてくる。


「ドラゴン? 初耳ですわよ何ですのそれ?」

「ドラゴンってあのドラゴン?」


 不気味な笑みを浮かべる二人の姉に、シャルロッテはしまったと自分の放った迂闊な言葉に後悔する。しかしこうなってしまっては話さなければ一生この湯船から出してもらえないと観念し、伝え聞いた話を語りだす。


「伝えられた報告では二ヶ月ほど前にリンディッヒ領にアースドラゴン(地竜)が現れたらしいです」

「リンディッヒ? 確かヴァイデンの端っこの方にある領地とかでしたかしらクリスタ?」

「知らない」


 自国の領地の事くらいは覚えておいてくださいよと、涙ぐむシャルロッテ。


「しかしアースドラゴンとはまた……、この前出たのは六年前でしたっけ?  確かヴァイデンの東にあるマルメディ公国が壊滅するほどの被害を受けたというのを聞いた事がありますけど?」

「はい、ドラゴンには剣も魔法も効きませんから腹を満たし過ぎ去っていくのを待つしか手がありません。マルメディ公国に現れたアースドラゴンは結局二ヶ月間荒らしまわり、五年経った今もまだ復興中の土地があるという有様です」


 ヴィルヘルミナの問いに、シャルロッテは涙をぬぐい丁寧に答える。


「ですがドラゴンが現れたというのにリンディッヒとかいう領地が荒らされたという報告は聞いた事はありませんでしたわよね? 救援の要請もなかったと記憶していますわよ」

「それが……ですね、報告では信じられない事なんですが、その……アースドラゴン退治されたらしいんですよ」


 その言葉に、ヴィルヘルミナとクリスタもさすがに言葉を失った。

 剣も魔法も効かないドラゴンをどうやって退治したというのかと、二人の戦乙女と魔剣をもってしても、おそらく傷すら付ける事ができないであろうドラゴンを、辺境の一領主が退治するなどありえないと何度も繰り返す。


「ドラゴンを退治したなんてありえませんわよ! あのドラゴンですわよ! 何をどうすればそのような事を!」

「どうやって倒したのか早く教えなさい!」

「お、落ち着いて下さいお姉さま! く、詳しくは私もよくはわからないんですがアースドラゴンが倒されてたのは確かです、ただ誰がどうやって倒したのかはわからなくて、聞いても紅い斧を持った少年が一人で倒したとかそういう信じられない噂話ばかりで……」

「紅い斧を持った少年?」


 人の身でありながらドラゴンを倒す事など不可能だというのは、この世界では常識というレベルだった。それは魔剣や魔槍を振るい、一騎当千の力を持つこの二人の戦乙女でさえ諦めるほどに。だが少なくとも、シャルロッテが嘘をついているようには思えなかった。

 アースドラゴンが倒されたというのであれば、間違いなくそれはあった事なのだろうと。では誰がどうやって倒した? 二人の中にはただその疑問だけが残り、同時にそれを成した者に興味が沸いてくる。


「リンディッヒに行きますわよ!」

「え、ええ! 何でですか?」


 ヴィルヘルミナの唐突な言葉に狼狽するシャルロッテに、クリスタが追い討ちをかける。


「決まっているじゃない、そのドラゴンを倒したという奴を倒しにいくのよ!」

「何でですかああああああ!!」


 どういう論法でそうなったのかまったくわからないシャルロッテ、そんな彼女を置き去り、二人の戦乙女は笑みを浮かべて闘志を燃え上がらす。そして言うが早いかヴィルヘルミナとクリスタは湯船から出ると、足早に脱衣場へと向かっていった。それを呆然と見つめるシャルロッテ、最早後戻りできない事を悟ると、力なく湯船の中に沈んでいく。

 北の蛮族の襲撃は少なくともしばらくはないと判断し、ここの守りを騎士達に任せ、三人の姫はわずかな共を率い一路リンディッヒへと向かう。ヴィルヘルミナとクリスタの二人はやる気満々、そんな二人にシャルロッテは諭すように。


「あ、あのお姉さま、戦いの報告もありますし一度王都へ戻るべきかと思うのですが」

「そんな面倒臭い事誰かにやらせなさいな、私達がやる必要もありませんでしょう」

「で、でも一度お父様にお会いした方が、しばらく戦場に出て会っていませんでしたし」

「必要ないわ!」


 何を言っても二人の姉には無駄だった。すでに彼女達の興味はアースドラゴンと、それを倒した者にのみいっていた。涙ぐむシャルロッテは騎士の一人に王都への伝令を頼み、自分達がリンディッヒへ向かう旨の伝令を託すと地図を見ながらこれからの道程を考える。

 戦うのは姉の役目であり、自分はそのサポートをするのが仕事だともう割り切ってはいた。しかしそれでも心の中でいつも思う。


 お姉さま方を何とかしてくれる人がいてくれたらなあ――。


 北壁の城砦からリンディッヒまでは馬を走らせれば一ヶ月の距離だった。だが三人の姫は特に急ぐ事もせず、のんびりと旅をする。こういう所は姫気質というのであろうか、常に余裕を持って物事を行う節があった。疲れればどこであろうと休み、鹿や兎などが出れば狩に興じたりと、緊張感のようなものはなかった。


 北壁から旅を始めて二週間ほど経って、三人の姫達が休養の為ある村に寄った時の事、唐突に現れたヴァイデンの三人の姫に村中が大騒ぎとなる。村長はじめ主だった者達は宿となる家を懸命に掃除し、なけなしの食料や酒をかき集めて姫達に振舞った。もちろんシャルロッテはそれに見合う金を村人達に渡し、感謝の言葉をかける。

 宴というほどではなかったが、歓待された三人の姫達は食事と酒に満足し、村民達もほっと胸を撫で下ろす。と、窓を見るクリスタは何か長い棒が何本も立てられてる事に気づき。


「ねえ、あれは何?」


 クリスタが指し示したのは大きな杭のようなもの、即席で作られたのか歪な物が多い。村長が恐る恐るクリスタの元に近づくと、それについての説明をする。


「はい、実は最近村の外れに大熊が出没しはじめたのでございます」


 その言葉に三人の姫はピクリとする。


「人間の四倍はあろうかという大熊でして、村人も何人か襲われ命を落としてしまいました。この村には自衛用に剣などは皆持ってはいるのですがそのような大熊に対抗する為の武器はなく、自分達で大熊対策用に作ったものがあの杭という訳でして」

「それは大変ですね」


 シャルロッテが本心からそう慰める、と、クリスタが食事を終え口を拭うと立ち上がり。


「なら私がその大熊を退治してあげるわ!」


 そう自信満々に言い放つ。ヴィルヘルミナもそれに続くように立ち上がり、大熊退治を申し出る。その横でシャルロッテは「ですよねー」という感じにもう諦め、大熊をどうやって倒すかという事を考え始めていた。と、そんな三人の姫に村長は慌てながら。


「あ、も、申し訳ありませんがそれは不要でございます」

「どうして?」


 村長の言葉に不機嫌オーラ全開で答え返すクリスタ、自分達では大熊退治は無理だという意味に取ったようだった。


「か、勘違いなさらないで下さい! 決して姫様方のお力を軽んじたのではありません!」

「では何だと言うの!」

「は、はい、その大熊はすでに退治されたのでございます、ですのでもう姫様方のお手を煩わす必要はないと申し上げようとしたのでございます」


 村長の言葉から出た言葉にクリスタは感情を沈め、つまらないと言った表情で再び椅子に腰掛ける。ヴィルヘルミナも同じで、椅子に座りなおすと飲みかけのワインを再び飲み始める。気を悪くして何かお咎めがあるんじゃないかと青い顔をしている村長に、シャルロッテが優しくフォローの言葉を入れる。


「大丈夫ですよ、お姉さま方は別に怒っているわけではありませんから」

「そ、そうですか、それならよろしいのですが……」

「しかしそんな大熊ともなれば退治するのは大変でしたでしょう、大きな被害があったのでは?」

「あ、いえいえ、私達は何もしておりません、実は冒険者の方が偶然この村に立ち寄っておられまして、そのお方が大熊退治の依頼を受けて下さったのです」

「冒険者さんですか」


 この時点でヴィヘルミナとクリスタはもう完全に大熊退治の話には興味を無くし、チーズなどを食べながらワインを飲み干していた。シャルロッテはそんな姉達が暴れないよう注意をしつつ、村長との話を続ける。


「その冒険者達はどちらに? 大熊を退治したというのであればよほどベテランの方々だったのでしょうね」

「いえいえ、大熊を退治したのは一人なんですよ、それもお姫様方と同じくらいのお若いお方でした」

「えっ! ほんとですか!」


 つい驚いた声を上げてしまったシャルロッテはすぐ口を押さえ、頬を染める。少し取り乱してしまった事を後悔しつつ、一呼吸してから話を続ける。


「コホンッ、それは凄いですね、大熊ともなればわが国の騎士達でさえ手こずると言うのに」

「はい、私ども驚きましたよ、自分の背の何倍もあろうかという大熊を一撃で倒したんですから」

「一撃で! ほんとですか」

「はい、それはもう見事なものでした、重そうな紅い斧をこう振り上げてズバーっと……」

「紅い斧ですって!!」


 村長の言葉にクリスタが大声を上げて立ち上がる。突然の事に悲鳴を上げ、腰を抜かして座り込んだ村長の下にツカツカと近づいてきたクリスタは、村長の胸倉を掴むと。


「今紅い斧と言ったわね!」

「は、はははは、はい、い、言いましたですが……」

「そいつはどこにいるのっ!!」


 戦場で獲物を見つけたかのような眼力に村長は恐怖で震え上がり、失禁までしてしまおうかという状態。このままでは姫ともあろう者が善良な領民を殺しかねないと、シャルロッテは必死で姉を説得し手を離させる。荒い息を吐き、再び村長を殺しかねないクリスタに、村民の一人から恐る恐る声がかけられた。


「あ、あの、そ、その冒険者なら半日ほど前にこの村を旅立ちましたが」

「どこに向かったの!」

「え、えと、確か西の方に向かうと言っていました、一度冒険者ギルドに報告をしに行かないといけないとか言っていましたので、多分馬で一日ほどの距離にあるビッペンの街に行ったんじゃないかと……」


 その返答や聞くやいなや、クリスタは剣を持ち外へ飛び出す。ヴィルヘルミナも槍を持つと、クリスタに続き外へと出て行った。


「お、お姉さまどちらに行かれるのですかっ!」

「決まっているでしょ! その斧使いを見つけて倒すのよ!」

「何でですかあああああああああああああああ!」


 意味がわからなかった、シャルロッテにはほんとに意味がわからなかった。

 姉は戦闘狂だろうなとは思ってはいた。しかしそれは少なくとも国家を脅かす敵に対してだけだと思っていた。だが今のクリスタはどこの誰かもわからない、ましてや村の危機を救ってくれた英雄とも言える人物を見つけ、戦いを挑んで倒そうとしている。シャルロッテは改めて何度も心の中で叫ぶ。


 ――意味がわからない!――


 そうこうしているうちにクリスタとヴィルヘルミナは、馬に(またが)ると方角を確認して馬を走らせる。瞬く間に姿が小さくなっていく二人を呆然と見つめるシャルロッテは、ポロポロと涙を流し、憔悴しきった顔で同じく呆然としている残った騎士達に向け言葉をかける。


「あ、皆さんは準備を整えてから追ってきて下さい、ええほんとにもうゆっくりでいいですから……」


 後から追跡するようにと命令を下すと、ヨロヨロと自分の馬の所に向かい、ゆっくりと跨ると。


「さぁ行こうね、お姉さま達を追わなくちゃ……、あれ?なんか眼がぼやけるけどどうしたんだろ……」


 ぐったりとしたシャルロッテと馬が、静かに村を出て行くのを見つめる村人達は、その姿に皆何故か止め処なく涙が溢れてきてしまう。そして心の中でシャルロッテにエールを送るのだった。


 ――頑張れ、超頑張れ――



 月明かりだけを頼りにクリスタとヴィルヘルミナは馬を走らせる。目指すは紅い斧を持つ人物。


「どこにいるの! 早く出てきなさいよ!」


 ドラゴンを倒したと言うその人物を倒す為、クリスタは眼を凝らし必死にその人物を探す。実際にその人物がドラゴンを倒したのかはわからない、だがクリスタはそれは事実だと確信していた。もしそれが事実だとするならば、一体どれほどの武を持った傑物なのだろうと。


 ――戦いたい!――


 血が(たぎ)り雄叫びを上げたくなる衝動を必死で抑えるクリスタ、全ての力を叩きつけるその時まで、我慢するのだと言い聞かせていた。そんなクリスタにヴィルヘルミナが声をかける。


「クリスタ! 馬を止めなさい! このままでは馬が潰れてしまいましてよ!」

「!」


 その声でふっと景色が変わる。言われた通り馬を見てみるとかなり辛そうにしているのがわかった。無我夢中で駆けさせた為、今にも倒れそうだと気づいたクリスタはすぐに手綱を緩め馬を止める。そしてふと辺りを見回してみると、月明かりもあまり届かない、鬱蒼と茂った森の中だとわかる。


「ここどこ?」

「さぁ、シャルがいたらわかるかもしれないけど道からちょっと外れちゃったのかしらね……、 まぁそのうち追いついてくれると思いますわ、それまでは休憩していましょう」


 ヴィルヘルミナの言葉に頷くクリスタ、道沿いに走っていたはずなのにどうしてこんな森の中にいるのかわからなかった。幸いにして少し進んだ先に森が開けている所が見えたので、森の中で延々迷い続けるような事はないと安心できた。木に馬の手綱を結び、クリスタとヴィルヘルミナは屈伸運動などをしながら身体の疲れを癒す。ふとクリスタがふと森の中を見ると、光るものを見つけ茂みの中を進む、するとそこには小さな泉があった。


「ヴィルヘルミナ姉さん、水があったわ!」


 クリスタの声にヴィルヘルミナも泉にやってくると、二人で泉の水を飲む。疲れもあったのだろうが、その水は冷たく乾いた喉を潤してくれた。


「馬達を連れてくるわ」


 ヴィルヘルミナが馬にも水を飲ませてやろうと提案し、先ほどの場所へと戻っていく。その間クリスタは少しではあったが、汗をかいた身体を触りながら、水浴びでもしようかと考える。剣を置き、衣服に手をかけたその時、茂みの向こうから何かが近づいてくる気配を感じる。


「ケモノ?」


 クリスタは剣を握る。もしも魔獣や夜盗の類であったなら、すぐさま切りかかるつもりだった。だが気配は一つ、特に殺気を帯びた感じもなく、茂みが動く音が徐々に近づいてくる。そして泉の対岸の茂みから、黒い衣服を着た一人の少年が現れる。


「あ、ほんと人いたわ、まさかこんな時間にこんな所で誰かに会うとは思わなかったぜ」


 クリスタを見ながら飄々と語る少年は手を挙げ、「よっ!」という感じに挨拶をする。あまりの緊張感の無さに相手にするのも馬鹿らしいとクリスタは剣から手を離し、声もかけずに立ち去っていく。少年も特に何かを言ってくるでもなく、水をすくう音だけが聞こえてくる。


「あら? どうかしましたの?」


 クリスタが馬を繋いだ場所まで戻ってくると、水を飲ませる為二頭の馬を連れたヴィルヘルミナが言葉をかけてくる。


「今、泉に人がいたの」

「人? こんな所に? 誰でしたの?」

「知らないわ、何かボケっとしてる奴だった」


 クリスタは興味なしといった感じだったが、ヴィルヘルミナは何かに気づいたようで、それをクリスタに伝えてみる。


「ねえクリスタ、こんな所にそうそう人がいるとは思えないのだけれど」

「でもいたわ」

「ええ、だからその誰かさんって……」


 ヴィルヘルミナは一呼吸置いて。


「私達の探している紅い斧を持った冒険者さんじゃないんですの?」


 その言葉にクリスタは「はっ!」と気づく。そして再び剣を握り締めると先ほどの泉まで駆け出す。辿り着いたその泉にはもう誰もいなかった。泉はそう大きくはないものの、深さは結構ありそうで渡っていくのは無理と判断。とにかく向こうに行くにはどうしたらいいのかと必死に探すと、少し遠回りになるものの泉づたいに向こうに行く事を決める。

 息を切らせながら駆けるクリスタ、そして先ほどいた人物が水を飲んでいたであろう場所に辿り着くと、そこから茂みをかき分け森の中を進む。


 森を出た場所には道があり、左右を確認すると右の方に動く人影があった。眼を凝らすクリスタの眼に見えたのは、間違いなく先ほどの黒い服を着た少年。

 馬に先ほど汲んだ水を載せている所で、その少年の横に置かれていたのは大きな鋭い刃を付けた、紛れもない大きな斧だった。


「見つけたっ!」


 言うが早いかクリスタは剣を抜き、少年に迫る。


「ん? あれ、おめーさっきの?」


 クリスタは笑みをこぼし、咆哮を上げる。


「勝負!」


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