第七十話 思惑
「ドラゴンの卵だぁ!?」
フライハイトの言葉に驚きの声を上げる景虎、言われてみれば確かに目の前にある物体は卵のようには見えたが、巨大なドラゴンの卵にしてはあまりにも小さく、景虎はどうにも信じる事ができなかった。
「てめぇらでっけぇのに卵とかあんなちっせぇのかよ! ってか卵あるって事は生んだドラゴンとか近くにいんのか? まさか糞野郎の卵じゃねーだろうな!」
『それはないな、そもそも我らドラゴンには人間やその他多くの生物に存在する、生殖器官というものが存在しない』
「は? 何だそりゃ? んじゃてめぇらドラゴンはセックスもしねーでどうやって生まれてくんのよ?」
『我らドラゴンは、気付けばそこに在る存在なのだ』
フライハイトの言葉を景虎は理解する事ができなかった。だが親がいないという事だけは理解し、気になるその言葉の意味を尋ねた。
「え? ま、待てよ。んじゃてめぇら何もねー所からポコッって感じに生まれてくんのか? 何だそれ?」
『ふむ、景虎の頭では理解できなかったか』
「あ? てめー俺を馬鹿にしてんのか?」
『そう怒るな、確かにこのような事はドラゴン以外では理解できんと思ってな。順に説明していってやるから落ち着け』
馬鹿にされたと怒る景虎を、なだめるように優しく話すフライハイト。景虎も怒りを納めて落ち着くと、その場に座りフライハイトの話を聞くことにする。
『先ほども言ったように、我らドラゴンには生殖器官というものがない。従って景虎達や他の生物のように、生殖行為の果てに親から生まれるというものではなく、大地より生まれ出でるものなのだよ』
「は? 何だそれ? ドラゴンってのは土から生まれるもんなのかい?」
『正確には世界の中にある、魔力の源が集まる場所より、ドラゴンは生成されるという事だな。そしてこの魔力が一定量集まれば、ここにあるような卵が生まれるという訳だ』
フライハイトの説明に景虎はただただ驚くしかなかった。
「ドラゴンってのはほんととんでも生物だな。しっかしよ、そんな風に生まれるんなら、ドラゴンなんぞ山のように生まれてくるんじゃねーのか?」
『一定量の魔力と言ったであろう。だがその一定量というのはかなりの魔力なのだ。人間では何百万人束になっても生成できないほどのな』
「そんなにかよ」
『ああ、長い年月をかけてようやく卵を生成する所まで辿り着き、何百何千年という年月をかけ成長していくのだ』
ドラゴンという存在に溜息しかでない景虎。同時にそれだけの魔力や年月をかけて生まれるからこそ、ドラゴンという無敵とも思える存在に成りえるのだろうと。
そして今一度卵を見ながら、フライハイトに質問をする。
「なぁ、てめーらは生まれてからずっとぼっちだってぇ事だよな、そーゆーの寂しいとかそういうのはなかったんか?」
『ないな、何故ならそれがドラゴンという存在だからだ』
「そう言い切られたら何も言い返せねーや。まぁてめぇらのようなインチキ生物にゃ、俺らみてぇなちっけぇ生き物の事なんぞわからんか」
笑いながら一休みしようとした景虎だったが、ある事を思い出す。
それはクローナハ共和国でフルヒトと出会った時の事だった。その時フルヒトが放った言葉の意味をフライハイトに問いただした。
「ちょっと待て、あの糞野郎クローナハでドラゴンと人間の間に生まれた子供だよって言ったよな? てめぇの話じゃドラゴンにゃ親なんぞいねーって事だが、じゃああの野郎は何なんだ?」
『その事か、実は私も奴の言葉を聞いた時は意味がわからなかった。その後も考えてはみたのだが、結局結論のようなものには辿り着けなった。レッドドラゴンのグルートの話では奴はシルバードラゴンだという。ドラゴンがドラゴンから生まれるなどという話は今まで聞いた事がない』
改めてフルヒトという存在の謎さに考え込む景虎、フライハイトでさえわからないという以上、考えて答えが出るとも思えなかった。ひとまずこの話はまた後で考える事にし、その場から去ろうとした時、フライハイトが景虎に話しかけてくる。
『景虎、あの卵はそのままにしておくのか?』
「そのままって、何がよ?」
『破壊しないのかと聞いているのだ』
「ああ? てめぇ鬼畜かよ! まだ生まれてもいねー奴を殺せる訳ねーだろうが!」
『そういうものなのか? しかしいずれ生まれ人間を襲うようなドラゴンに成長するかもしれんのだぞ?』
「襲わねードラゴンになるかもしんねーだろうが! 他人が勝手に生まれる前から生き方決め付けて、そいつを潰すような事考えんじゃねぇよ! 何が起こるかわかんねーんだ、好きに生きさせてやれや! 悪さしようとしたらそん時何とかすりゃいいんだよ!」
その言葉にフライハイトは改めて景虎という人物が面白いと考えた。まだ十数年、ドラゴンにしてみればほんの一時しか生きていないこの少年に、様々な事を教えられたと感じ入った。
『景虎よ、改めて礼を言う』
「あ? 何だよ急に気持ち悪ぃな」
『そう言うな、私は楽しいのだ。そしてまだまだ楽しみたいと思っている』
「知るかよんなもん! いいからてめぇはあの糞野郎を殺す事だけ考えてろ!」
『了解だ』
改めてフルヒトを倒すと言う目標に意気投合する一人と一匹だった。
景虎が死の場所と呼ばれる場所に入ってから一時間は経っていた。その間外で待っているクリスタ、シャルロッテ、ムラサメの三人は景虎が無事出てこれるのか心配で、気が気でならなかった。
とはいえ入れば出て来る事ができないと言われる場所の為、迂闊に探しに行く訳にもいかず、ただただ心配して時間を浪費しているばかりだった。
そして、クリスタが待つ事に耐え切れず、死の場所に入ろうとしたその時――。
「景虎!」
「おーう、戻ってきたぞー」
「し、師匠! よくぞご無事で! 心配していたでござるよ!」
「景虎さん、よくご無事で」
「だから言ったろうが、俺ぁこっから来たから出てくんのも余裕だってよ」
暗い森からいつものように飄々として現れる景虎。中に入る前に言った通り、誰も出て来る事ができないと言われている死の場所から帰還して来た事に、改めて景虎が並外れた能力を持った人物だと感心するばかりだった。
「景虎~」
涙を浮かべるクリスタは、無事だった景虎に抱きつこうとするもかろやかにスルーされ、いじけてその場に座り込んでしまう。
そんな姉を優しく見守りながらも、シャルロッテは景虎に中に入っての事を尋ねた。
「中はどうでしたか? フルヒト……、いえ、シルバードラゴンははいましたか?」
「いんや、あの野郎の影も形もなかったわ。その代わりドラゴンの卵はあったけどな」
「ドラゴンの卵!?」
景虎の言葉にシャルロッテとムラサメは驚きを隠せなかった。ドラゴンでさえそうそう見る事ができないものであるのに、その卵など見た者など存在しないかもしれないほど、貴重なものだったからだ。
「し、師匠、ほ、ほんとにドラゴンの卵だったのでござるか!?」
「あ? てめ俺が嘘付いてるとでも思ってんのか?」
「ち、違うでござる! ただドラゴンの卵など誰も見た事がないでござろうし、何故それがわかったのでござろうかと思って」
「ああ、この紅い斧は元ドラゴンなんよ、でもってこいつがドラゴンの卵だって教えてくれたって訳だ」
景虎が紅い斧をこれみよがしに見せると、ムラサメは改めてその斧を見て関心しきりだった。一方シャルロッテはずっと何かを考え込んでいたが、顔を引き締めると景虎にある提案をする。
「景虎さん、そのドラゴンの卵をそこから持って来る事はできますでしょうか?」
「あ? そらできん事はないと思うが、どーすんのよ?」
「あ、いえその……、ドラゴンについてはまだわからない事が多すぎて、その卵を調べれば何か新しい発見ができるのではないかと思って、が、学術的な好奇心というものですよ」
珍しく歯切れの悪いシャルロッテに訝しがる景虎だったが、たまにはこんな事もあると思い、頭を掻きながら静かに答えた。
「できればよ、静かにさせておきたいんだがなー」
「それは……、ですが、その卵をしらべれれば、フルヒトについても何か調べる事ができるかもしれませんし!」
「あのヤローの?」
「は、はい! ここにいないとなると、また別の場所を調べるしかありません。ですがそのドラゴンの卵を調べる事ができれば、ドラゴンの行きそうな場所などを探す手掛かりが見つかるかもしれませんし」
いつもより必死に訴えるシャルロッテに気迫さえ感じ、景虎は結局シャルロッテの希望を聞き届ける事にした。
「まぁ、確かにあの糞野郎のいる所をまた探しなおさないといけねーしなー、おめーが何か見つける事ができるってんならしゃーねーかなー」
「はい! 必ず手掛かりを見つけて見せます!」
溜息を吐きながらも再び死の場所へと入っていく景虎を、ムラサメとシャルロッテは元気に送り出し、クリスタはいじけた様子で見送った。
景虎が再びドラゴンの卵のある場所に来ると、フライハイトが話しかけてくる。
『ドラゴンの卵を持っていくのか?』
「まぁシャルロッテにゃ色々借りがあるしな、それにあいつなら糞野郎の手掛かりを見つけてくれるかも知れねーし、何か問題あんのか?」
『いや、ただ卵が孵化する前に生まれた場所から離れればどうなるのかといった事に興味があってな、うむ、どうなるか見ものだ』
「それかよ! ったく、まぁなんもない事を祈るばかりだな、ちゃんと生まれてほしいもんだ」
まるでドラゴンの親のように心配しながら、景虎は卵を慎重に持ち上げる。ドラゴンの力のせいか元々あまり重くは無いのか、卵自体はそれほど重くはなく、片手でも易々と持てる重さだった。
卵をしげしげと見つめる景虎は、改めてここからドラゴンが生まれてくるのだろうかと不思議そうに見つめた。
景虎がシャルロッテ達の元に戻って来たのは、それから三十分程してからの事だった。景虎の手に真っ白な卵のようなものがあるのを確認したシャルロッテ達は、改めてそれが本物のドラゴンの卵かの確認を景虎にした。
「これが、ドラゴンの卵でござるか?」
「らしいぞ」
「さ、触ってもようござるか?」
「まぁ、何もないと思うし、いいぞ」
「で、では!」
言うとムラサメはドラゴンの卵に恐る恐るといった感じで触れる、表面の手触りは滑らからで、少し冷たいくらいの感触が心地良いものだった。
次いでシャルロッテ、クリスタも触れ、やはりその感触に溜息をついた。
「これが……、ドラゴンの卵」
「おう、まぁあんま無茶な事して壊すような事すんなよ? 何があるかわかんねーんだしよ」
「わかって……ます」
やはり歯切れの悪い返事に少し違和感を感じる景虎だったが、特に気にする事もなくそのまま荷物を持って、帰還する為の準備を始める。
「とりあえずリンディッヒ城に向いましょう。そこで今後の事を考えるという事で」
「さんせーだな、あー、久々だなー、皆元気にしてっかなー」
景虎はリンディッヒ城に行くのが懐かしく楽しげな様子だったが、それを見ているクリスタは少し寂しげに景虎に近づくと、ぴたりと身体をくっつけた。
「な、何だよ急に」
「別に、何でもない」
少し拗ねた様子のクリスタを小突きながら、景虎達一行はリンディッヒ城へ向け移動を開始する。
その間、シャルロッテはお付きの騎士達に預けられたドラゴンの卵を見つめながら、顔を曇らせて何かをずっと考え続けていた。
次は来週の週末辺りの予定です。




