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ドラゴンアックス  作者: kaz
地の章
7/76

第六話 旅立ち

 ヴィクトール団長が、アースドラゴン(地竜)に食い殺されるのをただ見ているだけだった――。


 ロニー達騎士団が、地竜に(なぶ)り殺されるのをただ見ているだけだった――。


 俺は何もできなかった――。


 景虎(かげとら)は歯を食い縛り、手に持っていた紅い斧を大きく振り上げると、それを地面に力いっぱい叩きつける。爆風が起こり、地面に大きな穴が開く、その中を景虎は一歩一歩足を進めた。

 アースドラゴンの眼光は再び景虎を捕らえ、威圧の声を上げる。しかし景虎はもう怯むことはなかった。怒りと悔しさと悲しみが、恐怖という感情を全て打ち消していたからだ。アースドラゴンの力が圧倒的だとか、戦って勝てるかどうかなどもう何も考えてはいない、今思うことはただ一つだった。


「てめぇを殺す!」


 アースドラゴンに向かい走り出す景虎、向こうも景虎が自分を攻撃してくるとわかるとロニー達騎士団を放置し、巨大な咆哮を景虎に浴びせる。

 アースドラゴンの口から発せられた熱風の中には、先ほど食った騎士達の血の肉の匂いが混ざっていた。気分が悪くなるような匂いに景虎の怒りはさらに増幅される。

 アースドラゴンが迫り来る景虎を捕食すべく、口を開き襲い掛かる。地面にアースドラゴンの巨大な頭が激突する。しかしその口には景虎はいなかった。襲い掛かる直前フライハイトの能力で空に飛び、そして全力で紅い斧をアースドラゴンの首に振り下ろす。


 次の瞬間、アースドラゴンの悲鳴にも似た叫び声が響きわたった――。


 その声に騎士達は何事かとアースドラゴンを見ると、そこに信じられないものが眼に映る。アースドラゴンの首から、血らしきものが吹き出ていたのだ。


「痛ぇかこの野郎! だがてめぇに喰われたおっさん達の痛みはそんなもんじゃねぇぞコラ!」


 苦しむアースドラゴンに続けざまに景虎は紅い斧で切りかかる。またしても首から血が噴出す。


「夢でも……見て、……いるのか」

「いや、現実だ、景虎の野郎がやりやがった! ドラゴンに傷をつけやがった! あの野郎ほんとタダモンじゃねえよチキショウ!」


 朦朧(もうろう)とした意識のロニーと、助けに入ったヨハンが信じられないといった感じで景虎を褒め称える。長年人間の手には傷一つ付ける事ができなかったドラゴンを、一人の少年がアースドラゴンに一矢報いてくれている事に心躍るヨハン。生き残った他の騎士達も、誰もがこの現実離れしたこの奇跡を見逃すまいとしていた。


「くっそ、どんだけしぶといんだこいつは!」

『ドラゴンは元々頑丈にできているからな、中でもこのアースドラゴンというのはドラゴンの中でも堅さと耐久力だけはある奴なのだ、まあその分動きは遅く空も飛べないがな』

「めんどくせーなオイ! けどまあてめーがこのクソったれのドラゴンに効いてよかったわ! ロニー達見てたら普通の武器とかはまったく効かなそうな感じだったしな」

『我が身はこのような斧となってしまったがドラゴンの身体を流用しておるのでな、ドラゴンにはドラゴンだ! 我が身なれば如何に堅いドラゴンの鱗とて切り裂く事など容易い事よ、ただし……』

「何だ?」

『景虎の力がなければかすり傷程度しか無理だったかもしれんがな、どうやらお前は我が身と相性が良いようだ』

「きめぇ事言ってんじゃねえよ!」


 景虎がフライハイトと話してる間も、アースドラゴンは恐らく初めて付けられたであろう傷にもがき苦しんでいた。首を振り回し叩きつける度、地面が大きく揺れる。騎士達はそれに巻き込まれないように必死に逃げていた。


「ちっ、このままじゃロニー達が踏み潰されちまう! おい、てっとり早くこいつ殺す方法なんかないのかよ!」

『ドラゴンの弱点は人間とほぼ同じだ、心臓を貫かれれば死ぬし頭を砕かれても死ぬ。 まぁ地竜のあの大きさでは心臓までダメージを与えるのは難しいかもしれんな』

「なら頭かち割ってやんよ!」


 景虎はそう言うとアースドラゴンに向かう、だが次の瞬間地響きが起こり立っていた場所が隆起する。アースドラゴンの能力の一つである土を操作する力だった。唐突の出来事にさすがの景虎もバランスを崩し、その場で転倒、強打した頭をさすりながら前を見ると、アースドラゴンが背を向け逃げて行こうとしていた。


「野郎! 逃げる気かよ!」

『このままでは殺されると思ったのであろうな、ドラゴンは回復力も高い、生きている間は徐々にではあるが再生し、景虎の付けた傷はすぐに治るだろう』

「させるかよ!」


 叫ぶが早いか景虎は地面を蹴って走り出す。五メートルはあろうかという高さからアースドラゴンの尻尾に飛び降りると、そのまま背中を走り頭の方に向かって走り出す。一方のアースドラゴンは苦痛に歪みながら土を掘り、その中に潜り込もうとしていた。だがそんなアースドラゴンを逃す気のない景虎は、そのまま頭まで辿り着くとジャンプし、紅い斧を思いっきり叩きつける。


「うおおおおおおおおおお!」


 斧を眉間に突き刺さすとアースドラゴンは大きな悲鳴を上げる。

 苦しみもがきながら首を振り回し、景虎を必死で振り払おうとするが、景虎は斧を絶対に離すものかとさらに力を入れて握り締める。二度三度と振り回した後、アースドラゴンの動きが徐々に鈍くなっていく。そして力なくその首が(もた)げていくと、大きな音を立てて地面に倒れこむ。痙攣(けいれん)を起こし力なくヒューヒューという音だけが聞こえる。

 一方頭に突きたてた斧をしっかり握って離さなかった景虎も、倒れた時の衝撃で脳震盪(のうしんとう)を起こしていた。フライハイトの景虎を呼ぶ声でようやく正気を取り戻し、よろめく身体で立ち上がるとアースドラゴンの状態を確かめる。


「死んだか?」

『どうだろうな、一応急所の一つである頭に突き刺したのだから死んでいてもおかしくはないとは思うが、用心の為というのであれば首を落としておく方がいいだろうな』

「首を切れってか……」

『できんか?』

「いや、やってやる、こいつだけは許しちゃおけねーからな」


 そう言うとアースドラゴンの頭に突き刺さった赤い斧を抜き去った景虎は、再び斧を首に当て、そして思いっきり力を入れて首を切断する為に突き立てる。

 深く刺さった斧によって首から血が溢れ出るも、アースドラゴンは声も上げなければ動く事もなかった。それでも景虎は首に何度となく斧を振り上げ突き刺していく、アースドラゴンの首は太く、高さだけでも二メートルはあった為、斧を振るった回数は二十を超えた。


「クソったれ」

 

 そしてやっとの事でアースドラゴンの首を切断した景虎は、息を切らしながら倒れこむ。身体中のあちこちが重く動くのが辛かった。このまま寝てしまいたくなり、瞼を閉じかけたその時――。


「へー、アースドラゴンを倒しちゃったんだ、凄いな」


 軽い口調の声が聞こえてくる。騎士団の誰かかと思い声の方向に眼を向けてみると、そこには白装束の、銀髪の可愛い顔をした人物が立っていた。

 年は十歳くらい、凹凸(おうとつ)のない身体の為、少年か少女かわからなかったが、にこやかな笑顔のその人物は景虎を興味深く見ていた。


「んだよてめぇ」

「あ、ボク? ボクはねぇ、んーっと、何だろ?」

「てめ、おちょくってんなら殴んぞ、うっとーしいからとっと失せろ」

「えー、ひっどーい、ボクちょっと様子を見に来ただけだったのに、むー」


 景虎の悪態にやたら可愛い感じで顔を膨らませるその人物を無視し、景虎は目を閉じる。先ほどの戦いの疲れが残っていたのでこのまま寝ようとした時、フライハイトの声が頭に響いてくる。


『気をつけろ景虎』

「あ? 何にだよ」

『こいつだ、こいつは…… 人間じゃないぞ』


 フライハイトのその言葉に寝ていた景虎は身体を起こし、銀髪の人物を見る。


「ん? どうかしたの?」

「てめ、何者だ?」

「えー、どうしたの急に怖い顔してー、ボクなにもしないよー」

「いいから答えろや! てめぇは何なんだ! 人間じゃねーんだろ!」


 景虎の怒号ともいえる声に銀髪の人物は一瞬キョトンとするものの、再び笑顔になると楽しげに話し出す。


「なんか君面白いね、けどまだちょっと教えられないかなー」

「てめ……」

「あっと、じゃあボクはもう行くね、また会えたらその時は色々と話して上げるから」


 そう言うと軽い足取りでぴょんぴょんとアースドラゴンの死骸の上を登っていく。景虎はその様子を見て何か薄ら寒いものを感じていた。そんな景虎の視線を感じたのか、その銀髪の人物は小さな棒のようなものを取り出す。それは杖のようなもので、一振りすると光の粉のようなものが現れ、銀髪の人物の身体を覆い尽くしていった。


「そうだ、ねぇ、君の名前を教えてよ、ねえねぇ」

「人に名前を聞く時は、まずてめえの名前を名乗るもんだって教えてもらわなかったかコラ?」

「え? そんなルールあったの? んー、まぁ名前くらいならいいか、ボクの名前は”フルヒト”よろしくね、はい次は君の番だよ」

「ちっ! 俺は景虎、出雲景虎だ!」

「イズモカゲトラ? 変な名前だね、でも覚えたよイズモカゲトラ」

「ボコるぞてめぇ」


 変な名前呼ばわりされた景虎は拳を握り締めて銀髪の人物に向ける、それをケラケラと楽しげに笑うフルヒトと名乗った人物は手を合わせ、ゴメンナサイといった仕草をした後去ろうとする。


「それにしてもほーんと役に立たなかったなこのドラゴン」


 その言葉を聞き逃さなかった景虎。


「おいてめぇ、今何て言った? このドラゴンとてめー何か関係あんのか?」

「あるよ、だってこのアースドラゴンはボクが操ってここで暴れさせたんだから」

「なん……だと」

「頑丈だっていうからあちこち探してやっと見つけて暴れさせてみたのになー、こんなに簡単に死んじゃったんならなんにもならないじゃないか、ほんと期待外れだったなぁ……」


 瞬間、景虎はフルヒトに落ちていた石を力一杯投げつける。しかしそれはフルヒトのが作り出した光によって防がれてしまう。


「出て来いコラ! てめぇか、てめぇがドラゴン使っておっさんや騎士団の連中を殺させたってのか!」

「うーん、そうなるのかな」


 あっけらかんと答えるフルヒトという人物の声、だがその姿はもうどこにも見えなかった。


「出て来い! ぶっ飛ばしてやる!」

「えーそんなの痛いじゃないか、だから出て行かない! あ、じゃあボクそろそろ帰るね、楽しかったよイズモカゲトラ」

「逃げんじゃねえ! 出て来い! オラ出て来いっていってんだよ!」


 叫ぶ景虎に声は戻ってこない、すでにこの場からいなくなったのは間違いなかった。


「許さねぇ、絶対にあいつを許さねぇ!」


 その後、怒りの収まらないまま騎士団のいる場所に戻ってきた景虎は、残った者達に迎え入れられるも、その顔は皆沈みきっていた。それは当然かもしれない、皆に敬愛されていた騎士団長ヴィクトールが目の前で死に、多くの騎士達も殺されたからだ。

 景虎自身も先ほどの事があって忘れていたが、ヴィクトールの死に心を痛める。そこに苦悶の表情で顔には涙の後が色濃く残ったヨハンがやってくる。

 そして、景虎はヨハンから予想外の言葉が聞かせられる。


「ロニーが死んだ、ロニーが……死にやがった」

「え?」


 一瞬意味がわからなかった景虎、ヨハンが口にしたのは「ロニーが死んだ」という言葉だった。ヨハンを押しのけその向こう側を見ると、動かなくなったロニーが静かに息を引き取っていた。アースドラゴンに吹き飛ばされた時に強打したのが致命傷となったらしい、近づいて見たその顔は安らかだった。脳裏に浮かぶのはヴィクトールの誕生日会の夜に、ロニーと話した場面。


「………」


 立ち尽くす景虎は何も言えなかった、何もできなかった。



 リンディッヒ城――


 リンディッヒ城は騎士団の帰りを待ちわびていた。先に帰還した兵士から北のフェッサー村に現れた二百近い魔獣の群れを撃退し、味方の被害は軽微だとの報告を受けていた。まさに大勝利といっていいほどの戦果に、リンディッヒ城は騎士達を祝う為の宴の準備をしていた。


 だがその宴は開かれる事はなかった。新たに報告の為リンディッヒ城に辿り着いた兵士の姿は血で汚れ、憔悴しきった表情をしていた。その兵士からリンディッヒ子爵に告げられたまず第一の報告は、ドラゴンが現れた事。その報告にその場にいた者は皆恐怖に怯える。人間の手ではドラゴンに対抗することなどできないからだ。

 もしドラゴンがこの城まで辿り着いたら、この城を放棄し、あとはただ蹂躙されるのを見ているしかないのだと。


 しかし次の報告でその場の空気は一変する、景虎がドラゴンを倒したという報告がされたからだ。誰もが信じられなかった。そんな事をする事ができるのだろうかと、だがそれが事実だとするなら少なくともこれで被害は出ないという事に安堵する。


 そして最後の報告に再びこの場の空気が悲しみに包まれる、騎士団長ヴィクトール戦死の報告だった。


 その日の夕刻に生き残った騎士達がリンディッヒ城へと帰還してくる。生存していたのはヨハンを含む騎士八名、歩兵七名の計十五名で、出発した時の1/3にまで減っていた。負傷していないのは景虎だけという状態で、城に着いた途端治療室へと運ばれて行く者がほとんどだった。騎士団長代理としてヨハンがリンディッヒ子爵の下に行き詳細を報告すると、その場にいる全ての者が涙し騎士達の冥福を祈った。


「景虎殿!」


 面倒な事はいいし疲れてるからと、一人リンディッヒ城の中庭で寝転がっていた景虎の前に、息を切らしたカティアが走ってやってくる。景虎は面倒だと思いつつも、ゆっくりと立ち上がった次の瞬間――。


「よくぞご無事で!」


 そのままカティアに抱きつかれ、倒れて後頭部を強打してしまう。


「いってぇな! いきなり何してやがんだてめぇわ!」

「よかった、ほんとによかった」


 涙で顔が濡らしたカティアは景虎の胸の中で咽び泣く。戸惑う景虎ではあったが、さすがにこれを無理やり引き離すのは駄目だろうと思い、気の済むまではこのままにしてやろうと思った。

 結果的にそれは失敗だったと反省する景虎。カティアは泣き止んだ後も景虎の胸から離れようとはせず、時間にして十分は抱きついたままだったのだ。その後景虎がカティアの髪を強めに撫る、さすがのカティアも痛かったのか抱きついた身体を離れしてしまう。


「もうっ! 酷いですよ!」

「おめーが全然離れないのが悪い、見ろなんかもう服がぐちゃぐちゃになってんじゃねーか!」

「あううううう……」


 景虎の服が自分のせいで汚れているのを見て、恥ずかしくなってしまうカティア。その後座っている景虎の横に座ったカティアは、何も聞かずただ一緒に寄り添っていた。


「何も聞かねーのか?」

「そうですね、聞こうかとも思いましたが……」


 カティアは景虎を見つめて一呼吸置き。


「景虎殿が辛くなるのは嫌なので私は聞きません」


 言い切ったカティアに一本取られたという感じで頭を掻く景虎。結局二人は何も話さず、静かな時間を過ごす。その後迎えにきたメイドに連れられカティアは名残惜しそうにこの場から去っていき、残った景虎も寒くなってきたので自室へと戻る。部屋に戻った景虎は汚れた服を脱ぎそのまま床に倒れこむ。


『さすがにその姿で寝るのはどうかと思うぞ』

「ほっとけ、床が冷たくて気持ちいいんだよ」


 アースドラゴンと戦ったのはもう半日以上も前になるのに、景虎の身体にはまだ熱がこもっており、力が沸いてくるようだった。それは恐らく怒りの感情。


「おい、あのフルヒトってのは何なんだ?」

『わからん、少なくとも人間ではない気配ではあったのだがそれ以上は何もわからなかったのだ』

「人間じゃないって事は悪魔とか幽霊とかか?」

『いや、そういうものではないかもしれん、だが、ううむ……、すまん、何と言えばいいのかがわからん』


 三千年も生きて何でも知ってそうなフライハイトが、珍しく物の挟まったような物言いで困ってる様子が意外に思える景虎。同時にこのドラゴンをもってしても、素性が知れないフルヒトという人物が益々憎たらしくなってくる。


『で、どうする?』

「あいつを見つけてぶち殺す」

『ははっ、即答だな』

「あいつはドラゴンを使っておっさんやロニーや騎士団の連中を殺しやがった、絶対に許せねえ!」

『あいつは得体が知れん、危険かもしれんぞ?』

「そん時ゃそん時だ!」


 その答えにフライハイトは楽しげに笑う。やはり人間は面白いと思わずにはいられなかった。何千年も生きてはいたが毎日が退屈な日々だった。ドラゴンの身体というのは便利なようで実は中々不便だった。同族のドラゴンとは出会えば意味もなく戦い、人間はドラゴンを恐怖の対象としか見ておらず、(かな)いもせずに戦いを挑んでは一方的に殺されていく。とにかく退屈だった。知識を得る為世界を巡る事くらいしかやる事がないほどに。


 だが今は毎日が充実している。ドラゴンの時にはわからなかった人間というものを身近に感じる事ができる為だ。斧となった事で奇異な眼で見られる事はあっても恐怖される事はない。もしあの時、この景虎という人間に出会う事がなければ自分は朽ち果てていただろう。感謝してもしきれない、だからこそこの少年の望む物望む事には力を貸そうと思った――。

 そして、絶対に死なすものかと――。


 翌朝、景虎は荷物を纏める、この世界に来てまだ二週間ほどなので荷物になるようなものはほとんど無かったが、騎士団の連中から色々と役に立つものや立たないものを沢山貰った。その中には死んだヴィクトール騎士団長のものにロニーのものもあった。


 部屋を出た景虎はまずリンディッヒ子爵の下に向かう。子爵はすでに起きていて、奥さんと共に朝食を始めようとしていた時だった。カティアもいるものと思ってはいたが、まだ来ておらず、少し後ろめたかったが仕方ないと割り切りここから出て行く旨を伝える。


「そうか、ここから出て行くのか」

「何か色々世話になったのに、何もできんですんませんでした」

「何を言う! 景虎殿は魔獣の群れとあのアースドラゴンを退治したわが国の英雄ではないか! ここにずっと留まってほしい位だ、今からでも遅くは無い、どうか?」

「すんません、俺やらなきゃいけない事ができちまったんです、だから……、ほんとすんません」


 深々と頭を下げる景虎に、リンディッヒ子爵はそれ以上何も言えず、景虎の引止めるのを断念する。代わりに旅費に使ってくれとずっしりと金貨の入った袋を渡す。

 これがどのくらいの価値なのかはわからなかったが、それを有難く受け取る景虎、何をするにしても金というのは必要なものだからだ。

 次に景虎は騎士団の宿舎に向かう、多くの騎士達は未だ治療中で中はもぬけの空だった。その場から出て行こうとした時、呼び止める声がかけられる。


「景虎じゃねーか、どうした?」


 ヨハンだった、身体に包帯を巻いてる部分はあるものの、大きな怪我はないようで少なくとも元気に見えた。


「ああ、ちっと用事ができたんでここ出る事にしたんだわ、出る前にヨハンに会えてよかったわ」

「ここを出て行くって? そうか……寂しくなるな」


 ヨハンは景虎が出て行くのを止めなかった。彼にしてみれば多くのものを失い、景虎にはいてほしいと思うのが本心ではあったろう。しかしヨハンは景虎が何かを決意しているのが見て、止める事をしなかった。


「理由を聞いていいか? その用事っていうものの」

「ああ、実はな……」


 そして景虎は語りだす。アースドラゴンを倒した後に出会ったフルヒトという銀髪の不思議な人物の事を、そしてフルヒトがアースドラゴンを操りヴィクトール達を殺したらしいという事を、初めは半信半疑だったヨハンだったが、話が進むにつれ顔は険しくなっていった。


「仇討ちか、くそっ、俺も景虎と一緒に行きてぇがそうはいかねぇんだよなあ」


 ヨハンが悔しそうにそう呟く、ヨハンは今リンディッヒ騎士団の団長代理という立場にあるが、いずれは正式に騎士団団長となるのが決まっていたからだ。ヴィクトールとロニーという柱を失った騎士団を纏めるには、ヨハンの人望が必要だった。


「どうやって探すつもりだ?」

「わかんねーな、手掛かりも何もねーしそんで俺この世界の事まったくわかんねーし、まぁでもなんとかやってみるわ、カティアの親父さんから金貨とかも貰ったしな」


 そう言うと、先ほどリンディッヒ子爵から頂いた金貨の入った袋を見せる景虎。


「ほお、こりゃ大金だな、半年は遊んで暮らせる額じゃねーか」

「マジでか!」

「おいおい気をつけろよ、世間知らずは詐欺や野盗の格好の的だからよ、

 けどそうか、手がかりなしか……」


 考えるヨハン、しかししばらくして何か良い考えを思いついたらしく、笑顔で景虎の肩を掴むと。


「なら冒険者にでもなってみろよ」

「は? 冒険者?」

「ああ、冒険者になれば色々情報を仕入れる事ができるだろうし景虎ほどの腕があれば宝探しやいろんな任務で金を稼ぐ事もそう難しいことじゃないと思うぜ」

「へぇ、それいいな、けどどうやったら冒険者になれんだ?」

「町にあるギルドに登録するんだよ、そうすりゃ色々と教えてくれるはずだ、ここリンディッヒの城下町にもあるから寄ってみるといいんじゃねーか? 場所教えてやるよ」


 そう言うと皮紙とペンを持ってきて、さらさらと何かを書いて渡すヨハン。しかし景虎にはその文字がまったく読めず、どうしたものかと困っていると、フライハイトが話しかけてくる。


『私が読んでやろう、こう見えても人間の文字というものは大体わかる』


 こいつ便利すぎ! そう思わずにはいられない景虎は皮紙を鞄にしまう。


「後で行ってみるわ」

「もし困った事があったら俺やロニーの名前を出してみろ、何かと色々助けてくれるかもしれんぜ」

「知り合いでもいるのか?」

「ああ、俺とロニーはここの騎士団に入る前は冒険者をやっていてな、まぁ良くも悪くもちょいとした有名人だったんだよ」


 そのちょっとしたというのがどういうものか気にはなったが、あえて問わない事にする景虎。ヨハンから冒険者になる為の心得やら、ギルドの話や元の冒険者仲間の事などを教えて貰うと、去り際に景虎とヨハンは握手をする。


「寂しくなるが元気でやれよ! もし何かあったらここに帰って来い、騎士団はいつでもお前を歓迎するからな」

「ありがとうよ、ここは楽しかったぜ」


 別れは笑顔だった。思えばヨハンはヴィクトールにそっくりだったなと思う景虎、なんというか人懐っこい感じや、色々と世話をする感じなど、ヨハンならきっと良い騎士団長になると思っていた。

 城門まで来た景虎はカティアには結局会えなかった。いつもは来なくてもいいのにやってくるような奴だったのにと思いながら、会ったら会ったで引き止められると思っていたので、このまま出て行くのも仕方ないと思っていたその時――。


「景虎殿」

「よ、よう」


 城門の陰にカティアが待っていた。寂しげな表情で景虎の前までやってくると、また引き止められると思った景虎は先制すべく言葉をかける。


「ここを出てく事にした、止めてももう無駄だからよ、俺は何があっても出て行くから」

「はい、旅の安全を祈っております」


 返ってきた言葉に拍子抜けしてしまう景虎。いつもなら眼を潤ませ必死で止めるのに今日は完全にスルーだった。逆に反応に困って停止してしまっている景虎を見て、カティアは笑みをこぼす。


「ずっと困らせてしまっていたのですね、申し訳ありません」

「い、いや別にそーゆう訳じゃねーけど」


「景虎殿が何か大事な事をしなければならないと考えていたのはわかってはいました。それでも私は 景虎殿と一緒にいたかったのです、だから今までずっと無理を言ってしまいました。ですがヴィクトール様や多くの騎士の方々がリンディッヒの為に命を落としこのままではいけないと思いました。誰かに頼ってるだけではいけないと」


 言葉が弱弱しくなり、必死で悲しみを堪えようとしているのが痛いほどわかった。景虎はカティアの言葉をじっと聞く、この声を忘れぬようにと。


「私も頑張っていこうかと思います、ですから景虎殿もどうかお身体に気をつけてください」

「おう、まぁ俺も頑張ってみるわ」


 二人はぎこちなく別れの挨拶をする。涼やかな風が二人に当たると、カティアの美しい黒髪が風になびく、景虎はその時初めてカティアの事を意識したかもしれない。


「じゃあな」

「はい」


 景虎はリンディッヒ城を後にする。その姿をじっと見つめるカティアのその眼には涙はない、泣いて見送るのは不吉だとされていたからだ。


 だから絶対に泣かないとカティアは決めていた――。


まず一章

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