第六十八話 友達
景虎がヴァイデンに来て四日目、領主会議も終わり、各領主達は自領へ帰還する為に、続々と王都を旅立って行った。
リンディッヒ領領主のエグモント=リンディッヒと配下もまた、自領へ帰還する為の準備を進めていた。その中には景虎、ムラサメ、シャルという二人の冒険者と子供、そしてクリスタ、シャルロッテという二人の王女も、ある目的の為一緒に同道する事になっていた。
「ヴィルヘルミナのねーちゃんが来ねーってのは珍しいな」
「あら、寂しいのかしら?」
「それはない」
「そう完全否定されると少し悲しいですわね……、まぁ景虎の話を聞いて、王都に何かあった時の事を考えておいた方がいいと思いましてね、まぁドラゴンが出てきたら私では何もできませんけど」
いつもはおちゃらけてクリスタをいじったり、混乱を巻き起こす難儀な王女ではあるのだが、さすがに一番上の王女というのもあってか、国の事を第一に考えているようだった。
リンディッヒへの帰還の準備をしている時、今まで部屋に篭っていたクリスタがようやく現れる。顔を真っ赤に染め、景虎と顔を合わせないようにしながらシャルロッテの元に近づき、旅の準備をぎこちなく行っていた。
その様子を見たヴィルヘルミナが声をかけようとするが、それより先に景虎が動き、クリスタに話しかけた。
「おいクリスタ」
「な、何?」
答えたクリスタだったが、その顔は背を向けたままだった。
「まあなんだ、昨日は悪かった。あんま綺麗だったもんでよ、つい見とれちまった。まだ許せねーってのもわかるけどよ、シカトとかはなしにしようや」
景虎の謝罪の言葉に少しだけ動かなかったクリスタだったが、ゆっくりと振り向き、紅潮した顔のまま景虎に問う。
「き、綺麗だった? ほ、本当に?」
「ん? おう、めっちゃ綺麗だったぞ。見惚れるくれぇにな! ってこーゆう事言うから駄目なんだな俺は、すまん!」
謝る景虎だったが、クリスタの顔は徐々に喜びに満ち満ちてくる。そして上機嫌で旅の支度を終わらせると、付従う騎士達にてきぱきと指示をし始めた。
クリスタの急な態度の変化に戸惑う景虎だったが、ヴィルヘルミナとクリスタ、さらにはムラサメすらもその理由はわかっていた。
(裸を見られた恥かしさよりも、裸を褒められた事の方が上回ったんでしょうね)
その後準備を整えたリンディッヒ帰還組は、ヴィルヘルミナに見送られながらその帰途についた。
ヴァイデン王都からリンディッヒ城までは馬車で大体三週間の行程だった。
リンディッヒ子爵とその妻コンスタンツェと娘カティア、警護の騎士と世話係、さらに景虎とムラサメとシャル、クリスタとシャルロッテとその世話係と、それなりの規模の隊列となっていた。
王女が二人もいるとあってか、休息に寄った村や街では祭りの如き騒動で歓待されたりと、旅は特に混乱もなく順調に進んでいた。ある一つを事案を除いては――。
それは休息に為に立ち寄った街での事だった。
ヴァイデンはヴィスルムよりは暖かく、景虎がシャルの為に服のを買ってやりたいと提案すると、カティアが一緒に見てあげますよと手を上げる。景虎としてはそれで十分だったのだが、対抗意識を燃やしたクリスタが自分もと言い出したのだ。
「いや、カティアだけでいいから、てめぇは留守番しとけ」
「やだ!」
「やだって、子供かよてめぇは……」
カティアを睨みながら必死でついて行こうとするクリスタに呆れ果てる景虎、結局一緒に買い物に行ったのだが、買い物などした事のない上、子供の服など何を着せればいいのかわからないクリスタに、シャルに似合う服を選べるはずもなかった。
一方カティアはシャルに似合う可愛らしい服を選んであげ、シャルも景虎もそのセンスの良さに感動し褒め称えていた。
「やっぱカティアに任せてよかったわ、ありがとうな! ほらシャルも礼言っとけ」
「カティアオネエチャン、アリガトウ、デス」
「ありがとうシャルちゃん。その服とっても似合ってるよ」
満面の笑みで喜ぶシャルの左右の手をつなぐ景虎とカティア、その姿は周りから見ればとても仲の良い家族のように見えた。当然それが気に入らないクリスタはカティアをずっと睨み続けていた。
そして、その夜にそれは起こった。食事を終え皆が眠りに付こうとした時、クリスタがカティアの部屋にやってきて外へと連れ出す。
周りに誰もいないのを確認したクリスタは、カティアを睨みながら言い放つ。
「もう景虎に近づかないで! 景虎は私の大切な人だから! いい!」
威圧感すら漂うクリスタの言葉に最初は答えなかったカティアだったが、恭しく一礼し、臣下の礼をした後クリスタの言葉に返事をする。
「クリスタ様、ヴァイデン王の臣下の娘として、私は王と王女様方の命に従い、忠誠を尽くすものではあります。ですが、そのお言葉だけには従えません」
「何ですって!」
「景虎殿は私の命を救っていただいた恩義があります。さらにアースドラゴンの魔の手から我が故郷リンディッヒを助けていただいたご恩もございます。ですが、それ以上に私は出雲景虎殿の人柄と優しさ、そして芯の強さに恋焦がれております」
そして、一呼吸置いてクリスタを見つめ、カティアは言った。
「私は、出雲景虎殿の事を愛しております」
カティアの真剣な眼差しに言葉が出なくなるクリスタ、しかし徐々に手が震え、手に持っていた鞘から焔剣フランメを抜き放ち、その切っ先をカティアに向けた。
「今一度言うわ、景虎にもう近づかないで!」
「お断りします」
きっぱり否定したカティアに向け、クリスタは剣を振るう。暗闇の中、月明かりで輝く鋭い剣先には血はついてはいなかった。振るわれた剣はカティアの美しくなびく黒髪を少し切っただけだった。
剣が振るわれた間、カティアは目を閉じる事無くクリスタを見据えていた。その反応はクリスタには予想外のものだった。戦乙女とも呼ばれ、戦場では一騎当千の力で敵を薙ぎ払うクリスタは恐れられる存在だった。威圧感は凄まじく、相対したベテランの騎士ですら恐れおののき逃げる者もいるほどだった。
しかし今目の前にいる華奢な少女は恐れるどころか、逆にクリスタを射竦めるほどの眼差しで見つめていた。
(負けたくない!)
クリスタは心の中で自身を鼓舞する。しかしこういった状況に慣れていないのか、上手く言葉が出てこないクリスタは必死でそれっぽい言葉を搾り出した。
「か、景虎は……、わ、私の裸を見たの! だから私のなの!」
「え?」
「キ、キスもしたんだからっ!」
カティアはクリスタの突然の告白につい唖然としてしまった。先程までの威圧感のようなものはもう感じず、そこには少し涙ぐんだ可愛らしい少女がいたからだ。
その姿が愛らしく、カティアはつい微笑んでしまった。
「な、何よ!」
「すみませんクリスタ様、ですが、とても愛らしいお姿につい笑みがこぼれてしまいました」
「あ、愛らしい!?」
「景虎殿がクリスタ様を大切になさっている理由がわかった気がします。一国の王女という以上に、クリスタ様は女性としても、とても魅力的で素晴らしいお方であらせられます」
「あ、ありがとう」
つい礼を言ってしまったクリスタはしどろもどろとなってしまう。王女という立場でもあったが、命令をして反論したのが今まで景虎くらいで、臣下から、さらに同年代の少女からの親しげな言葉に、どう反応すればわからなかったからだ。
そんなクリスタにカティアは近づき、膝を折って頭を下げる。
「ご無礼の数々申し訳ありませんでした。ですが私は、自分を騙してまで景虎殿を愛する事を諦める事はできません。そんな事をしてしまったら私が死んでしまうからです」
「死ぬ?」
「報われぬかもしれませぬが、どうか、私から人を愛する事を奪わないでください」
か細い身体を震わせるカティアにクリスタは釘付けになった。本心をこうも実直に言える事に感動してしまっていたのだ。クリスタは一呼吸すると、ゆっくりと手に持っていた焔剣を鞘に収める。
そしてカティアに立つ様に促すと、その目をじっと見つめて言った。
「私も、景虎の事愛してる! お前よりもっと!」
「負けません」
互いに宣戦布告をすると、自然に笑みがこぼれ、二人は楽しげに笑い始めた。
翌日、朝食を行う為食堂に来た景虎は我が目を疑った。
クリスタがカティアと共に、ぎこちなくではあるが朝食の支度をしていたのだ。これには妹のシャルロッテですら驚きを隠せず、その場で固まってしまっていた。
「あ、景虎、も、もうすぐ支度終わる、から」
「景虎殿、少しだけお待ちください」
「お、おう……」
楽しげにテーブルに皿などを置くクリスタをカティアは、まるで仲の良い友達のようだった。
それからの二人はリンディッヒへの旅の間楽しげに話し、時には立ち寄った街の大きな屋敷で、一緒に風呂に入るまでの仲になっていた。
何故こうなったのかわからない他の面々ではあったが、仲の良い二人を見ていると安心し、皆はあえて何も言わず見守る事にした。
クリスタとカティアが仲良くなった頃と同時期、いま一つのグループも仲良くなっていた。シャルロッテとシャル、そしてムラサメの三人である。
最初はシャルロッテがムラサメにジンゲン国の事を色々聞いていた。
「精霊石をそんな風に使われるのですか」
「ジンゲン国は魔法が使える者が少ないでござる。代わりに様々な種類の精霊石を多用する事で色々とこなしていくのでござる。例えば水の精霊石は傷の手当てにも使えるでござるよ」
「そんな使い方が! ヴァイデンにも少ないですが色々と精霊石はありますが、用途は緊急時の飲料用に使ったりするくらいです」
ムラサメとシャルロッテが話しているその後ろで、多分意味はわからないが何か興味深々といったシャルがひょこひょこと動いていた。それが何か可笑しくて景虎はシャルに声をかけた。
「シャル」
「「ハイ!」」
と、シャルと共にシャルロッテも返事を返した。二人はお互いに見つめあい微妙な空気になったものの、景虎がシャルの方を呼んだのだと理解するとシャルロッテは少しだけ頬を染め、て照れ笑いをしながら景虎に話しかけた。
「す、すいません、姉達からはいつもシャルと呼ばれていたもので」
「ああそうだったんか、まぁシャルの名前はシャルロッテからつけたもんだしな」
「え? どういう事ですか?」
怪訝な表情で景虎に問うシャルロッテに、景虎はシャルと出会い、名前を付けた経緯を話し出した。
シャルは元々奴隷で、あまりの扱いの酷さに景虎が保護した事。そしてシャルの元々の名前がフルヒトという最悪の名前だった為、同意の上でシャルという名前に改名した事などだ。
「はぁ、そういう事でシャルちゃんの名前が付けられたのですか」
「おう、何かちんちくりんな所とかてめぇに似てると思ってよ」
「……景虎さんてたまに酷い事言いますよね。まぁいいですけど。それにしても何だか不思議な感じがしますね」
そう言ってシャルロッテはシャルを見つめる。突然見つめられて恥かしがるシャルだったが、すぐにシャルロッテに向い笑顔を見せた。
それがとても可愛らしくて、シャルロッテは自然にシャルの頭を撫でていた。
「シャルの友達になってやってくれな、今まで多分辛い事あったと思うからよ、力になってやってほしいんだわ」
「ええ、勿論です。これからよろしくね、シャルちゃん」
「ア……、ハ、ハイデス」
照れながら答えるシャルにほっこりする面々だった。
しかし、シャルロッテだけはある事が少しひっかかっていた。だがそれは自分の思い過ごし、多分たいした事ではないとは思ったので、あえて口にする事はしなかった。
次は未定です、来週中には69をなんとか




