第六十七話 混浴
ヴァイデン王城――
クリスタと戦った景虎は現在、シャルと共に王族しか入れない浴場にいた。戦いの疲れを癒す為、ヴィルヘルミナが用意してくれたものだった。
「おー、でけー」
「スゴイ、デス」
学校の体育館ほどもあろうかという大きさの浴場は、床や壁一面に大理石が敷き詰められ、美しい彫像が無数に配置された美術館のような作りだった。さらに泳げるほどの大きさの湯船には、真っ赤な花びらが浮かべられ、微かに香る甘い匂いが身も心も癒してくれるものだった。
「よしシャル、まずは入る前にちゃんと頭と身体洗おうな」
「ハイ!」
風呂というものを知らなさそうなシャルにもと、景虎はヴィルヘルミナに頼み込んでシャルも入る事を認めてもらった。ムラサメもと誘ったのだが、こちらは絶対に嫌でござると全力で断られてしまっていた。
初めて見る大きな浴場に目を輝かせるシャルは、見るもの全てが輝きに満ちたものだった。石鹸を泡立てシャルの頭と身体を洗ってやる景虎。洗髪が苦手なのか、シャルはずっと目を閉じて必死に堪えてる様子だったが、湯を頭からかけてスッキリすると途端に元気を取り戻す。そしてゆっくりと湯船に入る景虎とシャルは、芯から温まる気持ち良さに顔を綻ばせた。
「はー、気持ちいいぜぇ、やっぱ日本人は風呂だなあ」
「アタタカイ、デス」
ゆったりと湯船につかる景虎はこのままのんびりと久々の風呂を堪能するつもりだった。だが、面白そうなこんな状況を逃すはずのないヴァイデン第二王女のヴィルヘルミナ。華麗に優雅にバスタオル一枚だけで身を隠し、ゆっくりとこの浴場に入ってくる。
「んが!」
「お湯加減はいかがかしら景虎?」
「な、何入ってきてやがんだよ! まだ入ってんだろがっ!」
「あら、ここは王族がいつでも入っていい場所でしてよ?」
妖しい笑みを浮かべたヴィルヘルミナに、してやられた! と悔やむ景虎。しかしそっちがその気ならと、めい一杯ヴィルヘルミナの美しく均整のとれた身体と、豊満な胸をガン見してやろうと決める。と、そのヴィルヘルミナの後ろから顔を真っ赤にしたクリスタも、同じくバスタオル一枚だけで身体を隠して恥ずかしそうに入ってくる。
「恥かしいなら入って来んなよ……」
「は、恥かしく、ないし!」
必死で強がるクリスタだったが、身体を隠しているバスタオルはしっかりと握り締めていた。湯船に入ったヴィルヘルミナは、すぐさまシャルを捕まえ身体を撫でるように触りまくる。
「おいコラ、シャルに変な事してんじゃねぇよ!」
「あら、スキンシップですわよ。ああほんと可愛いですわねぇ~」
「タ、タスケテゴシュジンサマ……」
助けを乞うシャルをヴィルヘルミナから奪い返す景虎、名残惜しそうにするヴィルヘルミナを睨みながら、シャルを隣に座らせる。
怯えるシャルをあやしていると、静かに湯船に入ってくるクリスタ。相変わらず顔を真っ赤に染め、俯き加減で景虎の横に静かに座る。バスタオルで隠してはいるものの、豊かな胸は隠し切れておらず、景虎はしばしクリスタの胸元に釘付けになった。
視線を感じクリスタもゆっくりと景虎を見つめた時、景虎の左腕に酷い火傷の痕が痛々しく残っているのを見つける。
「景虎、その手……」
「ん? ああこれドラゴンと戦った時にな、治癒魔法とかで治しては貰ったんだが結構痕残っちまったわ。まぁ特に難儀してねぇし大丈夫だ」
景虎の左手に触れようとするクリスタ、と、その背後からヴィルヘルミナが近づき、クリスタが右手でしっかりと持っていたタオルを素早く奪い取る。
「もうっ! せっかく一緒に入っているのですのに、こんなものとっぱらって景虎にアタックしなさいな!」
「きゃあっ!」
タオルを奪い取られ、景虎の目の前にはクリスタの裸体が露にされる。突然の事に景虎もクリスタも顔を真っ赤に染め、どちらも動けず硬直してしまっていた。
無限とも思える静かな時間が過ぎ、このまま両者動けないまま日を跨ぐのではと思われた。だが、その止まった時間をシャルが動かす。
動けなくなった景虎を心配し、何度も声をかけるとようやく景虎も我に返り、クリスタの顔を見つめるとぎこちなく言葉をかけた。
「け、結構でかいな、お前」
直後クリスタの悲鳴が響き渡り、景虎の顔面に致死クラスのストレートが食らわされた。
景虎が目覚めたのは客間のベッドの上だった。浴場で腰の入ったクリスタのパンチをモロに食らった景虎は、そのまま気絶し湯船に沈んでいったのだった。
虚ろな目で辺りを見回すと、心配そうなシャルと、治癒魔法をかけているシャルロッテが傍におり、その後ろではヴィルヘルミナがのんびりワインを飲んでいた。
「あ、気が付きましたか」
「ゴシュジンサマ、ダイジョウブ、デスカ?」
「あつつ、ここどこだ?」
「浴場に一番近い客室の一つです、景虎さんが浴場で倒れたと聞いて、使用人達にここに運んで来てもらいました」
その言葉で景虎は浴場での出来事を思い出す。クリスタの全裸を見た直後、顔面にストレートを食らって気絶したのだと。本来なら避ける事もできたろうが、意識がクリスタの身体に行っていた為、緊急回避する事ができなかったのだ。
頭を抱え落ち込む景虎を、楽しげに笑うヴィルヘルミナに気付いた景虎は怒りを通り越し、呆れた様子で声をかけた。
「クリスタはどこよ?」
「自室に閉じこもってますわ。多分今日は何を言っても出てこないでしょ」
「ほんとロクな事しねーよな、ねーちゃんはよ」
「あら? でも良いもの見れて良かったでしょ?」
ヴィルヘルミナの言葉に反論できない自分が情けない景虎だった。
気付けば夜も遅く、結局景虎達はその日王城で泊まる事になる。ヴィルヘルミナがシャルと一緒に寝ようとするが、必死で逃げて景虎のベッドに隠れこんだ。
翌日、景虎達は王城でヴィルヘルミナ達と共に朝食を取る事になったのだが、クリスタはやはり部屋から出てくる気配はなかった。
仕方ないので景虎はシャルロッテと共に今後の事を話し合っていると、ヴィルヘルミナが何かを思い出したように景虎に言葉をかけた。
「そういえば景虎、お父様が呼んでましたわ、行ってもらえないかしら?」
「あ? お父様ってぇと王様か? 何でまた?」
「さあ、けど景虎が出て行ってから結構景虎の話をしてましたし、何か思う所でもあるんじゃないかしら?」
ヴィルヘルミナが何やら楽しそうに話している事に、嫌な予感がしたのでシャルロッテに尋ねると。
「実は、景虎さんがここを出て行ってからというもの、お父様は景虎さんに興味を持ったみたいなんですよ。ドラゴンを倒したという話なども聞いて、戻ってきたら是非また話したいと」
「俺てめぇらの親父苦手なんだがなー、話したいって二度とてめぇらに近づくなって話とかじゃねぇだろうなー」
「それはないと思いますよ。お父様と話をしている限りは、敵意のようなものは一切感じませんし、それどころかかなり気に入ってるみたいですよ」
そう言ってシャルロッテは父親であり国王であるアダム=リュトヴィッツが景虎に害を成すような事がないと説明する。景虎もさすがに王様直々のお呼びとあらば行かない訳にもいかず、ムラサメとシャルを置いて渋々玉座の間へと向かう。
部屋の前で警護の者が重々しい扉を開けると荘厳な雰囲気の部屋が現れる。景虎は何度か来た事はあったのだが、あまり良い思いではなかった。何故ならこの王様は大の娘馬鹿で、以前クリスタに素手での訓練で叩きのめした事を告げた直後、剣で追い回された事があるからだ。
「おお、景虎か、待っておったぞ! ささっ、ちこう寄れ」
「う、うっす」
ヴァイデンの現国王アダム=リュトヴィッツに呼ばれ、ゆっくりと玉座へと進む景虎、その横では優しい微笑をした王妃ヴィクトリア=リュトヴィッツも景虎をじっと見つめていた。この二人以外他には人はいないせいか、玉座の間は凄く寒く感じられた。
「よく戻ったな景虎、うむ、少し背が高くなったか?」
「あー、すんません測ってないんでよくわかんないんですけど、まぁ育ち盛りなもんで前よりは大きくなってるかもです」
「そうかそうか、うむうむ」
王様の様子に何か調子が狂う景虎、反応に困っていると王妃ヴィクトリアが景虎に優しく声をかけてくる。
「景虎、ここを出てからの話を聞かせてはいただけないかしら?」
「え? いいっすけど……、俺話すの苦手だし、聞きづらいっすよ?」
「構わないわ、お願い」
「うむ、わしも聞きたいぞ!」
「はぁ、んじゃ……」
そして景虎はヴィルヘルミナ達に話した内容と同じ事を王様とお妃様に話す。楽しげに聞いていた事もあれば悲しくもなり、そして険しくなったと思えば喜びに満ちた表情をした。時間にして十分ほどではあったが、喋る事が苦手な景虎は話しすぎて喉が涸れるような状態になってしまっていた。
と、お妃様が小さな呼び鈴を鳴らすと、玉座から見て左側の扉から使用人らしき人達が現れ、すぐさま小さなテーブルと飲み物を景虎の前に用意する。
「さ、お飲みなさい」
「あ、ど、どもっす」
景虎は驚きながらも、置かれていた水を飲んで喉を潤した。
「そうか、凄まじい旅をしてきたのだな」
「フルヒトの糞野郎はまだ生きて大陸の東でまた何かやりやがるって事なんでこっち来たんすわ。今度こそあの野郎を倒してディアーナねーちゃんの仇を討ってやろうと思ってるっす」
「そうかそうか、うむうむ」
景虎の話に疑問どころか、満面の笑みを見せて関心する王様に寒気すら感じる景虎。昨日クリスタ達と風呂に入り、裸を見たなどといったらきっと殺されると思っていたのでそれは伏せた。
「えと、用事みたいのは終わりっすかね? ちょっとリンディッヒに行かなきゃならんので色々用意しなきゃならんのですけど
「おおそうだったな、何か必要なものがあれば言うがよい」
「あ、えと、大丈夫っす、そんな荷物いる訳でもないっすし」
「そ、そうか……」
答えた景虎の言葉に何故かがっかりする王様、ますます訳がわからなくなってきた景虎は、一礼してすぐにでもここから出ようとした時、王妃が凛とした声で呼び止める。
「お待ちなさい」
「あ、はい? な、なんっすか?」
「景虎は、私達の娘の中で気に入った子はいるかしら?」
王妃が問うたのはヴィルヘルミナをはじめとする三人の姫の中で誰か気になっている子がいるかという質問だった。景虎は焦った。隣には娘馬鹿の王様がいるのに何故そんな事を聞くのだと。
恐る恐る王様を見る景虎、だが王様は特に怒るような素振りを見せず、今か今かといった様子で返事を待っていた。
少し気持ち悪い感じがしたものの、景虎は誰がというのを言わず、先日ヴィルヘルミナが景虎に質問した事を言ってお茶を濁そうとする。
「えーっと、実は昨日ヴィルヘルミナのねーちゃんが誰か結婚したいのがるとか聞いてきたんで、ヴィルヘルミナのねーちゃんって答えました。美人だし優しそうなんで、って感じでいっすかね?」
「何と! ヴィルヘルミナだと!」
「あ、すんません! いや、けど嘘言ってないんで……」
焦る景虎ではあったが、王様と王妃は何かを考えるようにお互いにヒソヒソ話をしていた。改めて何か嫌な予感がしたので景虎は再び一礼すると、その場から逃げるように立ち去っていった。
景虎が出て行った後の玉座の間では、王様と王妃様が笑みを浮かべて話をしていた。
「うーむ、てっきりクリスタだと思っておったが……」
「ですがヴィルヘルミナもそろそろ良い年ですし、よろしいのでは?」
「うむうむ、よきかなよきかな、これで我が国も安泰だな」
何やら怪しげな企みを企てるヴァイデン国王と王妃様だった。




