第六十六話 経験値
ヴァイデン王城前――
景虎はシャルとムラサメを伴って城門前にやって来ていた。
「おら行くぞ」
「ほ、本当に拙者達も行くのでござるか?」
「何びびってんだよ、ちゃんと話つけてるから大丈夫だって何度も言ったろうが!」
景虎は昨日、この国の姫達にフルヒトの情報を話した後、その後の事を話し合う為再びこの城に来る事を伝えていた。ムラサメとシャルが待っているという事で一度宿屋に戻ったのだが、紹介をしたいというので二人を城まで連れてきたのだ。
だが大陸一の大国の王族と会うという事は、一般常識的に考えてとても恐れ多いものだった。景虎自身はそういった事はあまり気にしなかったが、ムラサメは城の近くまで来て怖気づいてしまっていたのだ。シャルに到っては景虎にしがみ付き、ずっと目を瞑って一言も話す事ができないほどだ。
「こんな所でウロウロしてたら逆に怪しまれて捕まんぞ、おら来い」
「し、師匠ぉ~」
結局引きずるように城門までムラサメを連れて行く景虎は、門番にシャルロッテ達に会いに来た旨を伝える。すでに景虎が来る事を聞かされていた門番は、ムラサメやシャルを訝しげな目で見てはいたものの、城の中の指示された一室に向うように促す。
「し、師匠はほんとにこの国の王族の方々と知り合いだったのですね!」
「あ? てめ俺が嘘ついてたと思ってたのかよ!」
「ち、違うでござる! 改めて尊敬をしたのでござるよ! 本当でござる!」
ムラサメの弁明を苦笑しながら聞く景虎は、自分にしっかりしがみ付いているシャルの頭を撫でながら目的の部屋へと向う。部屋の前にはメイドがおり、景虎が近づくと静かに部屋をノックし、中からの返事を聞いた後に静かに扉を開ける。
「よっ、来たぞ! ……って、他の奴はどーしたよ?」
「あ、えーっと、ヴィルヘルミナ姉様は洋服が決まらないとかで遅れるそうです。クリスタ姉様は朝から練兵場で訓練をしてから来ると……」
「あ? 何だよそりゃ? やる気あんのかよあいつら!」
怒る景虎を見ながら嘆息するシャルロッテは、心の中で景虎さんが原因じゃないですかと何度も呟いていた。昨晩ヴィルヘルミナが景虎に結婚するなら誰が言いかという質問に対し、景虎はヴィルヘルミナと即答した。
それからというものヴィルヘルミナは妙に景虎を意識し、化粧やエステなどに力を入れているのだという。
一方ずっと恋焦がれていた景虎から結婚相手と指名されなかったクリスタは、その鬱憤を晴らすかのように、朝から練兵場で近衛騎士団の面々と訓練という名のリンチを行っていた。
「と、とにかくもうしばらくしたら来ると思いますので、少し待っていていただけますか?」
「そっか、まぁそうするわ……、と、その前に紹介しとくか、このちんまいのはこの国の姫様のシャルロッテだ」
無礼千万の紹介に青ざめるムラサメだったが、当のシャルロッテはもう慣れていますといった風に笑顔で会釈した。それを見たムラサメはかしこまって自己紹介をする。
「せ、拙者ジンゲン国のムラサメと申すでござる! 師匠の弟子でござる!」
「よろしくお願いしますムラサメさん」
「で、このちっこいのがシャルだ」
「シャル?」
シャルと紹介された少女を見るシャルロッテは、その子の肌の色と帽子で隠されているものの、大きめの耳を確認してドワーフだと気付く。しかし特に差別的な意識を持っていないシャルロッテは、笑顔でシャルに挨拶をする。
「始めましてシャルさん。私はシャルロッテと言います。これからよろしくね」
「……シャル、デス」
怯えながらも挨拶をするシャルに、ほっこりするその場の面々だった。
それからしばらくお茶菓子などを食べながら語らう四人の元に、煌びやかなドレスに身を包んだヴィルヘルミナが颯爽と現れる。
「いらっしゃい、景虎」
「お、すげぇ綺麗だなねーちゃん」
「そ、そう! 良かったですわ!」
珍しく嬉しさを露にするヴィルヘルミナは恋する乙女の顔だった。その後ムラサメとシャルを紹介したのだが、シャルを見た途端抱きつくヴィルヘルミナ。
「きゃあ、この子可愛いですわね! 何々、景虎の子供ですの?」
「ちげーよ! まぁちっと色々あって連れになったんだよ」
「そうですの、まぁよろしいですわ、よろしくねシャル!」
「ハ、ハイ……デス」
戸惑うシャルの可愛さに、再びほっこりする面々だった。
それからしばらくして部屋にやってきたのは、練兵場で近衛騎士団を蹂躙してきたクリスタだった。
「お、クリスタやっと来たか、おせーよ」
「はぁはぁはぁはぁ……、か、景虎」
「ん? 何よ?」
「勝負して!」
唐突な申し出に面倒臭そうな顔をする景虎、しかしクリスタが真剣な目で見つめているのを見てとると、頭を掻きながら立ち上がり、クリスタを睨むように見つめ返す。
「本気の勝負でいいんだな?」
「うん!」
「先行って待ってろ、用意してくっから」
「わかった! 練兵場で待ってるから!」
景虎は理由を聞かずにその勝負を承諾する。景虎の返事を聞いたクリスタは手を強く握り締めると、そのまま外に向って走り出していた。
その様子を見ていたムラサメは唖然とする。この国の王女相手に勝負などして、怪我でもさせたら死罪にされても文句は言えないと思ったからだ。
「し、師匠、や、やめた方がいいのではござろうか? もし怪我でもさせたら……」
「大丈夫だよ、あいつはそんなヤワじゃねーから。それに何か考え込んでるようだからよ、すっきりさせてやる意味でも肉体言語で語った方がいいんだよ」
すでに戦う気満々の景虎を止めるのを断念し、他の姫に止めて貰おうと振り向いたのだが、ヴィルヘルミナもシャルロッテもすでに外に行く準備を始めていた。
「さ、シャルも一緒に行きましょうね」
「ア、アウウ~」
ヴィルヘルミナに到っては、戸惑うシャルを抱いて楽しげにしている有様だった。
自分だけおかしいのではと混乱するムラサメに、シャルロッテが優しく声をかける。
「大丈夫、貴方の疑問が普通の反応なんですよ……」
疲れ果てた様子で語ったシャルロッテの言葉に、ムラサメは少しだけほっとするのだった。
――ヴァイデン王城・練兵場――
すでにそこは人で溢れかえっていた。クリスタが戦うという事もあったが、その相手が半年前伝説の戦乙女ディアーナを倒した人物と聞いて騎士をはじめ、領主会議に参加する為に王城にやってきていた貴族達や、その家族も我先にと殺到したのだ。
その練兵場に紅い甲冑を着込み、焔剣フランメを持ったクリスタが現れる。その美しさに、見る者すべてが声を失い息を飲むほどだった。
次いでいつもの学生服を着込んだ景虎が身長ほどもある紅い斧を持って現れる。だが景虎は欠伸をしながら億劫そうにダラダラやってきて、緊張感も何もあったもんではなかった。
「さて、景虎はどのくらい強くなっているかしら? クリスタはこの半年鍛えに鍛えて私ですら手に負えない程になってますわよ~」
ヴィルヘルミナの言葉にムラサメは青ざめる。ヴァイデンの戦乙女と呼ばれる姫の噂はすでに大陸中に広まっていた。千人を相手に戦うとか、砦を一人で破壊するといった噂が事実だと言われていた。実際クリスタの闘気のようなものを感じていたムラサメはその力が只者ではないとわかっていた。
「師匠……、大丈夫でござるよね……」
ムラサメがそんな事を囁いている頃、視線にさらされている景虎は面倒臭そうにクリスタの前に立った。
「ったく、見世物にしやがって。準備出来てっかクリスタ?」
「うん! わ、私強くなったから! 景虎と一緒に闘う為に!」
「そっか、んじゃ俺を殺す気でこいや、でねぇと本気で相手してやんねーぞ」
「そのつもり!」
景虎の言葉に返事をしたクリスタは剣を握る、そして景虎の言葉通り殺気を放ち景虎を本気で殺す為に剣を構える。一方の景虎も約束どおり、本気でクリスタと戦う為に斧を構えた。
その様子は観客にも伝わった。練習試合と思われていたこの戦いが、本気の殺し合いだという戦場の匂いに変わったからだ。
圧迫感すら感じる中、二人は同時に動き、激突する。
「アアアアアア!」
「うらああああ!」
クリスタの高速の剣が景虎を襲う、無数に放たれる剣はあまりに速過ぎて見る者が視覚できないほどだったが、その剣は景虎に届く事はなかった。
全ての剣が致命傷となりうる場所を攻撃しているにも関わらず、景虎はその全てを持つだけでも大変そうな巨大な斧で全て受け切っていた。
見る者全てが驚愕した。巨大な紅い斧がクリスタの剣にひけを取らないほどの速さで振るわれている事に。
無数の金属音と衝撃波の風が観客席にまで届く、二人の戦いが始まってまだ数分だというのに、すでに観客の中には疲れ果て倒れこむものまでいた。
「す、凄いでござる! 師匠もでござるが姫様も! まさに互角の戦い……」
「全然よ」
ムラサメが二人を賞賛するその言葉をヴィルヘルミナが遮った。そこには先ほどまでの陽気な笑顔はなく、苦々しいといった表情が見て取れた。
「景虎はただでさえ化け物じみた強さでしたのに、そこに経験値が加わっていますわ」
「経験値……でござるか?」
「前にディアーナ姉様と戦った時はその身体能力だけで戦っていたのに、今の景虎は戦いの駆け引きのようなものを備えていますわ、まったく、どれだけの戦いをしてきたらここまでのものになれますの」
ヴィルヘルミナの言葉にムラサメは再度二人の戦いを見る、と、確かに先ほどまで互角と思っていた戦いが今は違うように見えた。具体的には、クリスタが一方的に攻めているにもかかわらず、その足が少しずつ退いていたのだ。
「くっ」
「死ねやゴラァ!」
景虎の放った一撃がクリスタを襲う、完璧に止めたはずなのに吹き飛ばされるクリスタ、何とか持ちこたえようとしたそこに景虎の連撃が襲う。景虎の攻撃はクリスタの必死の防御を難なく崩し、そして、渾身の一撃が加えられ大きく吹き飛ばされた。
三十メートルは吹き飛ばされたクリスタはそのまま地面に叩きつけられ、戦いは景虎の勝利で終わった。時間にして五分ほどの戦いではあったが、見る者全てがその光景にただただ呆然とした。
その中を景虎はクリスタの元まで歩き、そして顔をはたいてクリスタに声をかける。
「おいコラ、大丈夫かクリスタ? おいコラ」
「ん、んん……」
体中が軋むほどの痛みを感じながら、クリスタはゆっくりと目を覚ます。
「かげ……とら」
「おめーかなり強くなったな、びっくりしちまったわ。頑張ったんだな」
優しくかけられた言葉に涙があふれるクリスタ。そんなクリスタを優しく背負うと、シャルロッテ達のいる所へと歩む景虎。
「クリスタを手当てしてやってくれや」
「あ、は、はい!」
景虎の言葉にようやく我に戻ったシャルロッテが、クリスタに向け治癒魔法をかける。他にも待機していた医師達も慌てながらもすぐさま治癒魔法をかけ始める。
その様子を見て他の観客達もようやく戦いが終わった事に気付き、勝者となった景虎に対して畏怖の念を込めて視線を浴びせる。ざわめきが収まらない中、ヴィルヘルミナは景虎に声をかける。
「さすがですわね景虎、クリスタも鍛えてかなりのものになったと思ってましたのに、景虎の前では相手にもなりませんでしたわ」
「そーでもないぜ、結構ヤバい所もあったしな。クリスタが本気で来るもんでよ、こっちもつい本気出しちまったわ。まぁ最後は相手がクリスタだっての思い出してちっと手加減しちまったが」
あの一撃が手加減? と呆れ帰る面々だった。治癒魔法でだいぶ回復してきたのを確認した景虎はその場を去ろうとするが、それをクリスタが止める。
「ま、待って景虎」
「ん? どした?」
「し、城まで……、抱っこして」
顔を染めたクリスタは、景虎にさっきのお姫様抱っこで城まで運んでほしいと要求する。いつもの景虎なら頭でもはたく所だが、先ほどの戦いでクリスタがどれほど鍛えてきたのかに関心したのか、素直にその願いを聞き届ける。
「乗り心地悪ぃけど文句言うなよ」
「うん」
景虎はクリスタをゆっくりと抱き上げると、城へ向って歩き始める。その姿を見つめるヴィルヘルミナは小さく溜息を吐いて、暖かな目で二人を見守った。他の観客たちもその姿があまりにも絵になっていた為、つい見入ってしまう程だった。
「景虎」
「ん?」
「な、なんでもない!」
頬を染めたクリスタは、景虎の暖かさを感じながら至福の時間を味わっていた。
次回は3/12か13予定です




