第六十五話 質問
ヴァイデン王城で行われた領主会議のパーティは恙無く終了する。
景虎というハプニングはあったものの、ヴィルヘルミナとシャルロッテが持ち前の手際の良さで場を和ませ、領主やその家族もそれ以上事を荒立てるような事はしなかった。
ただ一人クリスタだけは、早くパーティから立ち去りたくてソワソワしていた。
「景虎!」
客室の扉を勢いよく開けるクリスタ。しかしその部屋では景虎とリンディッヒ領の領主の娘カティアが楽しげに会話をしている最中だった。クリスタが入ってきた事に気付いたカティアはすぐに立ち上がり、恭しく頭を下げる。
瞬く間に不機嫌になったクリスタだったが、すぐさま景虎の元に駆け寄るとこれ見よがしにぴったりと椅子を近づけて座る。
「ちけーよ、もっと離れろよ」
「景虎、また手合わせして! 私強くなったから!」
景虎の言葉を無視してまくしたてるクリスタ、ずっと溜まっていたものを吐き出すように様々な事を話し始めた。景虎が去ってから鍛えに鍛えた事、国事にも逃げる事なく全部参加した事などだ。最初は嫌々聞いていた景虎だったが、クリスタが必死に話す様子を見て真剣に聞き始める。そしてクリスタが話し終えた時、笑顔でクリスタに語りかけた。
「姫様ってのは俺にゃあよくわからんが大変だってのはてめぇの話でわかったわ。何も手伝ってやれねぇが、ここにいる間は手合わせくらいならいくらでも付き合ってやっからよ」
「うん!」
景虎の言葉に涙ぐむクリスタ、その様子を見ていたヴィルヘルミナとシャルロッテも部屋に入り、景虎に近寄って改めて言葉をかける。
「改めてお帰りなさい景虎、ほんとに、良く戻ってきてくれましたわね」
「景虎さんお帰りなさい」
「おう! 実は早めに話したい事あんだけどよ、今時間あるか?」
景虎の言葉にヴィルヘルミナ、シャルロッテ、そして景虎の横にぴったりと寄り添うクリスタは迷う事無く頷く。その様子を見ていたカティアは自分がここにいるのは場違いだと考え、静かにこの部屋から出て行こうとするが、それをヴィルヘルミナが引き止める。
「あら? カティアさん、でしたっけ? どちらに行かれまして?」
「あ、パーティも終わりましたし、そろそろ父の所に戻ろうかと……」
「もう少しここにいらっしゃいな、リンディッヒ子爵には使いの者をやって伝えておきますわ」
「あ、でも……」
戸惑うカティアの肩をヴィルヘルミナが優しく抱き、カティアを席に着かせようとする。シャルロッテは姉がまた何かを企んでいるとは思ったものの、無理に止めようとしてカティアに危害が加えられる事を危惧し、しばらくは様子を見る事にした。
不満気だったのはクリスタ、景虎の横にぴたりと張り付き、カティアを睨むように威嚇し続けていた。
結局カティアは景虎のいる席の横、クリスタとは逆の席に座らされる。景虎を真ん中にして微妙な空気の三人を見つめるヴィルヘルミナは、テーブルを挟んで向かいの席に座り、楽しげにその様子を観察していた。
「姉様……」
「あ、シャル、お茶とお菓子を用意させてくださいません? あと私にはワインをお願いしますわね」
こうなってはもう止まらないとわかっているシャルロッテは嘆息すると、使用人を呼び寄せ姉の言った通りお茶菓子とワインを持ってこさせる。
さすがに姫の命令とあってか、ものの十分も経たないうちに全てが揃えられ、景虎達はお茶などを飲んで喉を潤した。少し落ち着いた中で最初に言葉を発したのはシャルロッテだった。
「景虎さん、ここに来られたという事は何かしらの進展か、問題が起こったとい事なのでしょうか?」
「おう、ちっと色々あってな。とりあえずここから出てからの事を話させてもらうわ」
そう言って景虎はヴァイデンを旅立った後の事を話し出した。
まずクローナハ共和国に行きシードラゴンと戦いこれを討伐し、その後フルヒトと戦いこれを倒したものの、フルヒトの作り出した光の玉の爆発によってアインベック帝国に飛ばされた事。そしてアインベックでレッドドラゴンと戦い、そのレッドドラゴンからフルヒトが生きている事を教えられた事。そしてフルヒトの正体がシルバードラゴンで、力を蓄える為に大陸の東にいるらしいという事を伝えた。
その場にいた面々は景虎の話を驚愕の表情で聞いていた。フリートラントで景虎がブルードラゴンを倒したのを見てはいたものの、あれですらまるで奇跡のような勝利だと思われたのに、景虎はその後も二匹のドラゴンと戦い一匹を殺したのだと言う。
リンディッヒのアースドラゴンとあわせれば三匹のドラゴンをたった一人で殺した事になるのだ。この世界の長い人類史上でも、今までドラゴンを殺した人間がいないというのに、景虎は一年ほどの間に四匹と戦い、三匹を殺したというのだから驚くのも無理はなかった。
「ほんとに、無茶苦茶ですわね景虎は……」
「クローナハでシードラゴンが倒されたという情報を聞いて、もしやと思ってはいましたが、やはり景虎さんだったんですね」
「凄い……、景虎凄い!」
三人の姫はそれぞれ感想を述べ、景虎の人外とも思える戦いぶりにただただ関心するばかりだった。ただカティアだけは辛そうに景虎を見つめていた。
カティアとしては、景虎には危険な事をしてほしくないという想いの方が強かったからだ。
「フルヒトを探して殺してぇんだがよ、大陸の東っつっても広くてよくわかんねーんだわ、何で力を貸してほしいと思って来たんだが、どんなもんよ?」
「もちろん、景虎さんの頼みなら聞かせて頂きますし協力もします。できるだけ早く情報を集めてフルヒトの居場所を突き止めますから」
「やっぱシャルロッテは頼りになんな、頼むな」
「はい」
シャルロッテは以前も素早くフルヒトの情報を集める為に奔走してくれていた。フルヒトがクローナハにいるとわかった時、様々な資料や情報をすぐに揃えて持たせてくれたりと、景虎にとっては頼りになる人物の一人だった。
「どっかにドラゴンが隠れられそうな所心当たりとかないか?」
景虎が何気なくシャルロッテ達三人の姫に聞いてみる。シャルロッテは知りうる限りの地名を景虎に話すものの、ドラゴンの目撃情報などは無く、満足な答えを出す事はできなかった。クリスタやヴィルヘルミナも心当たりは無く、袋小路に入るかと思われた時、今まで押し黙っていたカティアが何かを思い出したように語りかける。
「あの……、リンディッヒから少し外れた場所に、死の場所と呼ばれる所があるのですが、そこはどうでしょうか? そこは以前からドラゴンが住むと言われている場所でして……」
「死の……、あ、あそこですか!」
カティアの言葉に最初に反応したのはシャルロッテだった。景虎もその名前を以前聞いた気がして唸りながら色々考え、そしてそこがフライハイトが居た場所だった事を思い出す。
「ああ! あそこか!」
景虎の声にカティアも小さく頷く。そこからすぐの場所でカティアは景虎と出会った思い出の場所でもあったからだ。
その場所は死の場所と呼ばれ、一度迷えば二度と出られない場所とも言われている場所だった。しかしフライハイトによれば、そこはドラゴンが住むには最適な場所だという。人間が来る事もなく、ゆっくりとその巨躯の身体を休められる場所なのだと。
「確かに、あそこにいるかもしんねーな、糞ドラゴンもいたし。くっそ、すっかり忘れたぜ! ありがとうなカティア! 助かったぜ!」
「景虎殿の役に立てたのなら何よりです」
頬を染め笑みをこぼすカティア。そんなカティアを褒める景虎を見つめ、不機嫌そうにむくれるクリスタ。
「わ、私もその場所に一緒に行く! 景虎の力になるから!」
カティアに対抗心剥き出しで景虎に頼み込むクリスタ。しかし景虎はクリスタの頭に拳骨を擦りつけるてグリグリとすると、なだめる様に言い放つ。
「ボケ、てめぇが来ても何もできねぇよ、それよりてめえは姫様の仕事きっちりやって立派な姫様になる努力しとけ」
「そ、そいつは褒めて、どうして私は褒めてくれないの!」
少し涙目になるクリスタに呆れる景虎、一方クリスタに睨まれたカティアは俯いて言葉を出せずにいた。
ぎくしゃくとした三人に、ヴィルヘルミナがさりげなく提案をする。
「まぁ一緒に行くくらいはいいのではないかしら景虎」
「あ? 何言ってんだよ、もしフルヒトの糞野郎がいたら俺以外じゃ手も足も出ねぇかもしんないんだぞ? 殺されたりしたらどーすんだよ!」
「クリスタは景虎の邪魔をするような事はしないと思いましてよ、ね?」
「うん! 絶対に邪魔しない! 約束する!」
ヴィルヘルミナの言葉に元気に答えるクリスタは、相変わらずの涙目で景虎をじっと見つめていた。さすがに面倒臭くなってきた景虎は頭を掻くと大きな溜息を吐く。
「んじゃまあ、やべぇと思ったら逃げるんだぞ? マジでやべぇんだからな」
「わかってる!」
景虎の返事を聞いて満面の笑みで答えるクリスタは本当に嬉しそうだった。そんな様子を微笑みながら見ていたヴィルヘルミナは、ある事を思いつき、妖しい笑みを浮かべると直球でそれを景虎に尋ねてみた。
「ねぇ景虎、貴方、結婚はする気ないんですの?」
「は? 唐突に何言ってんのよ?」
「いいから、ね、どうなんですの?」
唐突な質問に素っ頓狂な声を上げる景虎、対照的に左右にいるクリスタとカティアは顔を真っ赤に染め、景虎の答えに注目していた。
景虎はうーんと唸った後、冷め切ったお茶を飲んで喉を潤した後、ヴィルヘルミナの問いに答えた。
「つってもなあ、俺結婚できねーし」
流石にその答えにはヴィルヘルミナも言葉を失った。クリスタとカティアも同じく絶望の眼差しで景虎を見つめ、呆然としてしまう。
「え? ど、どうして結婚できないんですの?」
「だーって俺多分この前十六になったばっかだし。俺の国じゃあ男は十八歳にならんと結婚できんのよ、女なら十六だっけな? ま、そーゆー訳なんで俺にゃ結婚はまだ無理なんよ」
景虎の言ってる理由が一瞬わからなかったクリスタとカティアではあったが、どうやら景虎の国の話だと言うのを理解し、結婚できないという理由が自分達の落ち度ではないというのがわかり安堵する。
だがヴィルヘルミナだけはこのままでは面白くないと思ったのか、さらに景虎にとんでもない質問を言い放つ。
「じゃあ景虎に質問ですわ、もし、ここにいる女性の中で結婚するとしたら、誰を選ぶか教えてもらえませんかしら?」
「「!」」
ヴィルヘルミナの再度のど直球な質問に色めき立つクリスタとカティア、心臓の鼓動が大きくなる中、景虎を見つめ、その返事をじっと待った。
「あ? んだよめんどくせぇ、誰だってかまわねーだろ、それにここにいねー奴と結婚とかするかもしんねーし」
「ダメ! 逃げずにちゃんとお答えなさい景虎!」
「あ? 誰が逃げるかっつーの! ったく、しゃーねぇなあ。えーっと、こん中で誰と結婚するかだっけか?」
嫌々ながら見回す景虎に、今か今かと待ち構えるクリスタとカティア。その様子を楽しげに見つめるヴィルヘルミナ。頭を抱えるシャルロッテと様々な感情が渦巻く中、景虎が指差して答えた人物の名前は――。
「ヴィルヘルミナのねーちゃんだな」
「「「「え?」」」」
景虎の答えにその場に居た全ての女性の声がハモる。沈黙が続き、誰も言葉を発する事ができなかったが、ようやくにして指名されたヴィルヘルミナが少しだけ頬を染めて景虎に言葉を返す。
「ま、真面目に答えなさい景虎! わ、私な訳ないでしょう!」
「え? 何でよ? 俺真面目に答えたぞ? こん中じゃヴィルヘルミナのねーちゃんと結婚してぇなと思ったけどな」
「え!? え!? ど、どうしてですの!?」
「だってねーちゃん美人だし胸でけぇしスタイル抜群だし、見てりゃ面倒見もよさそうだし優しいじゃん、普通に結婚してぇって思うだろ?」
「な、な、な、なにを……」
シャルロッテはここまで顔を真っ赤に染めて狼狽するヴィルヘルミナを見るのは初めてかもしれなかった。からかう側にいる時はいつも余裕を持ってからかっているのに、立場が逆になるとこうまでグダグダになってしまうのかと、意外に打たれ弱い姉の一面を見れて少し微笑ましく思うシャルロッテだった。
「っと、俺そろそろ帰るわな、実は一緒に旅してきた奴を外の宿に待たせてんだわ。また明日来っからよ、そん時にまた色々決めるっつー事でいいよな?」
「え、ええ、わかりました」
「よし、んじゃまた明日なー」
シャルロッテの返事を聞いた景虎はさよならの挨拶を済ませると、とっとと部屋から出て行った。一方残された部屋を見るシャルロッテはそのカオスっぷりに頭を抱える。
「…………」
「…………」
「も、もう景虎ったらしょうがないですわねえ、けど年下の夫というのも悪くはないかもしれませんわねえ、やだもう、どうしましょう~」
燃え尽きたクリスタとカティアを尻目に、ヴィルヘルミナだけは一人少女のようにはしゃいでいた。




