第五十五話 東へ
レッドドラゴンと別れた景虎達は、治癒の魔法で一命を取り止めたとはいえ、未だ瀕死の状態のウィリアムを助けるべく帝都への帰路を急いでいた。
帝都へ向う途上、景虎達はアインベックの騎士達と出会う。彼らはウィリアムの配下の騎士達で、ウィリアム捜索の為再びこの地のやって来た者達だった。
「ウィリアム将軍!」
ウィリアムが生存していた事に歓喜する騎士達だったが、瀕死のウィリアムを見てすぐさま治療を始める。レッドドラゴンの治癒の魔法のおかげで命こそは取り止めてはいたものの、やはり衰弱は激しく、しばらくは動く事すらできなかった。
しかし治療を始めて半日、ようやくにしてウィリアムが会話ができるまで回復する。
「景虎……、クラリッサ、迷惑をかけたな」
「おっさん、あんま心配かけさせんじゃねぇよ」
「ウィリアム様……」
未だ弱々しかったが、会話をする事ができるほどまで回復したウィリアムに、景虎やクラリッサだけではなく、部下の騎士達も安堵の溜息をついた。
その後馬車に乗せられたウィリアムは、治療をされながら帝都への帰路を急いだ。
そして一週間後、景虎達は帝都グリムゼールに帰還する。
予めクラウゼン邸にウィリアム生存の報は伝えられてはいたものの、待つイリスやヒルダ達は、その顔をじかに見るまではやはり不安を拭いきれなかった。
邸宅の前でウィリアムの帰還を待つイリス、そして屋敷の使用人達が待ちわびる中、ゆっくりと玄関前に止まる軍の馬車、それをじっと見つめるイリス達の目の前で扉が開かれ、景虎が欠伸をしながら現れる。
「くあー、やっと着いたかよ。お、イリス今帰ったぞ」
いつもの景虎の姿に笑みがこぼれるイリス、景虎が無事だった事に安堵して近づこうとした時、馬車からクラリッサに身体を支えられたウィリアムが現れる。
やつれてはいたものの、優しい笑顔を見せるウィリアムにイリスは大粒の涙を流す。
震えながらウィリアムに近づき、そして、ゆっくりと抱きついた。
「お父様!」
「ただいま、イリス……」
ウィリアムの胸の中で声を上げて泣くイリス。クラリッサに支えられたウィリアムもまた、再会の涙を流しイリスを抱きしめた。
その後ウィリアムはヒルダの部屋へと向う。扉が開かれ、ウィリアムの姿を見たヒルダもまた、涙を流しウィリアムの生還を喜んだ。
歩くのもやっとではあったが、ウィリアムはヒルダの元まで歩み寄り、優しくその身体を抱きしめた。
「ヒルダ、心配をかけたね」
「貴方は無事に帰ると信じていたわ。きっと、戻ってくるって」
再会を喜ぶ二人をイリスとクラリッサ、そして医師や使用人達も暖かな目で見つめていた。だがただ一人、景虎だけはその姿を寂しそうに見つめていた。
「景虎君ありがとう、ウィリアムを連れ帰って来てくれて」
「俺ぁ別に何もしてねぇよ、おっさんがしぶとく生きてただけだよ」
「いや、わしが生きていられるのは景虎のおかげだ。景虎が来てくれなければわしは今頃地下で死んでいただろう。本当にありがとう景虎」
二人に褒められる景虎ではあったが、その顔はやはり曇っていた。その姿を見たイリスが心配そうに景虎に尋ねる。
「お兄様、どうかなさったのですか? 何か、元気がないように見えますが」
イリスの問いに景虎は小さく溜息を吐き、クラウゼン家の者とクラリッサだけを残すように頼む。イリスは怪訝な顔をしたものの、すぐさま使用人と医師を下げ、景虎の言われるようにする。
「ヒルダさん、おっさん、イリス、クラリッサさん、今までお世話になりました。俺やらなきゃならん事が出来たんでこの家を出ます。ほんと、今まで有難うございました」
ウィリアム達が見つめる中、景虎は別れの言葉を告げ、深々と頭を下げる。突然の別れの言葉に驚く四人に、景虎はレッドドラゴンとの会話を話し出す。
フルヒトという者が今までやってきた事、そして自分が一度はフルヒトを倒した事、そしてそのフルヒトがまだ生きており、東へ向ったとの事。そして最後にそのフルヒトが六年前、レッドドラゴンを操り多くの人々殺し、クラウゼン家の長男バーナードをも殺した事などを全部話した。
「俺ぁあの野郎を倒しに行きます」
話し終えたその部屋は静寂に包まれた。景虎の話を信じられないという事ではなく、景虎がその人外とも思える者と戦おうとしている事に対して、何故という想いだった。
「どうして、景虎君がそんなに辛い事をしないといけないの?」
「多分俺しかできん事だからっス。誰かがやってくれんなら任せてもいいんすけどね、けどドラゴン殺せるのは多分俺だけっぽいんで、なら俺がやらなきゃいかんでしょ」
「けど、もし景虎君に何かあったら!」
景虎を心配するあまり、つい声色を上げしまうヒルダ。そんなヒルダの元に景虎は近づき、まっすぐに顔を見つめて優しく返事を返す。
「心配してくれてありがとうなお袋、けどまあ何とかなるって」
明るく答えた景虎だったが、ヒルダは景虎の手を取り、その手についた痛々しい傷を見つける。レッドドラゴンとの戦いで付けられた火傷の痕で、治癒の魔法でかなり治されはしたものの、完全には消えず残ってしまっていたのだった。
その傷を触りながら、ヒルダは悲しそうに景虎を見つめる。
「全然、何とかなってないわ……、景虎君は無理をしすぎよ……」
「だから言っただろ、俺ぁ馬鹿だって。さんざん俺はお袋を悲しませるような事するような奴だって言ったじゃねぇか」
「景虎君……」
涙を流し、弱々しく景虎の手を握りしめるヒルダ。
その手は相変わらず冷たかったが、景虎はその冷たさがとても心地良かった。
「景虎……」
「おっさんにゃ色々世話になったな、ほんと、おっさんがいなきゃ俺多分死んでたわ」
「何を言う、お前がいたからこそ、わしは今ここに生きていられるのだ。それにヒルダの事といい、お前のおかげでどれだけわしらが助けられた事か」
涙ぐむウィリアムの言葉に景虎は少しだけ微笑んだ。そして申し訳なさそうにウィリアムに言葉を続けた。
「俺ぁよ、元の世界にいた時に何度も親に殺されかけたんだわ」
景虎の言葉にウィリアムとヒルダは言葉を失う、それを見ながら、景虎はさらに話しを続けた。
「母親の方は飯食わせてもらえなかったり、ビンタ程度だったけどな。まぁ子供の頃は結構堪えたわ。でもって父親の方はそらもう毎日殴る蹴るでよ、何度も血ぃ出して死にかけたんよ、生きてんのが不思議なくらいだわ」
「景虎……」
「だもんでよ、俺ぁ親ってのに良い思い出とかそーゆーのなんもないのよ、見れば震えちまうし、情けない話ビビッてションベンちびっちまうと思うんよ。だからよ、どうやってもおっさんの事父親って感じに見られなかったんだわ」
見つめる景虎の瞳がとても弱々しく、ウィリアムは何を言ってやればいいのかわからなかった。景虎の事を想って養子にしたと思っていたが、景虎が幼少期にどんな事をされたかなどを聞いておけば、また違った風に接する事ができたのではと。
「景虎、わしは……」
「けどまあ、んな事を今だにうじうじ引きずってる俺とか格好悪すぎだよな、だからまあ出て行く前によ、ちゃんと言っておこうと思ったんよ」
そう言うと景虎はウィリアムの前に立ち、そして、深く深呼吸をしてから、感謝を込めてその言葉を言った。
「今までありがとうな、親父」
直後、ウィリアムは景虎を強く抱きしめた。
「お前はわしの息子だ! 誰がなんと言おうとわしの息子なんだ! この先何があろうとわしはお前を助けてやるし、どんな事でもやってやる! ここがお前の家だ! ここにいるのがお前の家族だ! わしがお前の父親だ!」
強く語りかけるウィリアムの胸の中でじっとそれを聞く景虎、熱いほどの想いをじっと
感じていた。と、その背中から優しい温もりを感じる。優しく頭に触れたその手は冷たかった。振り返りはしなかったが、景虎にはその人物が誰かがすぐにわかった。
見つめていたイリスとクラリッサはその光景に言葉が出なかった。この六年間まともに立つことすらできなかったヒルダが、しっかりと立って景虎を背中から抱きしめていた。
「いつでも帰ってきていいから、辛い事があったらいつでも慰めてあげるわ景虎君」
その姿は、まさに親子というものだった。
二人との別れを終え、景虎はイリスの元にやってくる。イリスはすでに泣きじゃくっており、まともに言葉を出せないほどだった。
「イリスも、元気でな」
「お、お兄様行かないで……、ずっと、ここにいてください」
「まぁやる事やってからな、でねぇと寝つき悪いし」
「お兄様!」
イリスはそのまま景虎に抱きつき、胸の中で大声を上げて泣き始めた。普段の景虎ならあまりの面倒臭さに拳骨を浴びせて離れさす所ではあるのだが、さすがにこの場は優しくイリスを抱きしめた。
「馬鹿で殴ってばっかの格好悪いにーちゃんで悪かったな、あんま慣れてなくてよ、どうすりゃいいのかわかんなかったんだわ」
「お兄様、お兄様ぁ!」
「身体に気ぃつけろよ、あと親父とお袋の事頼むな」
その言葉に、景虎をさらに強く抱きしめるイリスだった。
――景虎の部屋――
景虎の旅の準備はクラリッサがしてくれた、相変わらずの手際の良さと、完璧なまでの荷物の選別や、地図に携帯食、服などを揃えてくれていた。
「クラリッサさんにも色々世話になりましたっすね、ありがとうっす!」
「私は、仕事ですから」
そっけない返事だったが、景虎はそれが何か嬉しかった。ウィリアムを助けに一緒に旅をした時、クラリッサの意外な一面なども見たが、やはりこのいつものメイドのクラリッサが一番だと思っていた。
そして、全ての荷物を纏め終えた時、クラリッサは景虎に近づき。
「失礼致します」
一礼すると、そっと景虎を抱きしめた。
「どうか、お身体に気をつけて必ずお帰りください」
「ありがとうです、クラリッサさんも元気で」
「はい」
「あ、あと、親父の事よろしく頼んますね、不倫はヒルダさんの合意の上なら……」
直後に強く抱きしめられたクラリッサの力は、背骨が折れそうなほどのものだった。
景虎が旅立つ日がやってきた――。
別れを告げてすぐ旅立つつもりだったものの、思い出を作る為という理由で、ヒルダやイリスと一緒に寝させられたり、ウィリアムと一緒に風呂に入り、肩を叩きあったりといった事などをした為、結局二日も旅立つのが伸びてしまっていた。
さすがにこのままでは一生引き止められそうだったので、全員に説教をしてようやく旅立つ事になったのだった。
家の前にはヒルダとウィリアム、イリスとクラリッサの四人だけがいた。景虎があまり仰々しくされるのが嫌だという理由で、この四人だけが見送る事になった。
「んじゃ、皆元気でな」
景虎の言葉に皆の目に光るものが湧き出してくる。
「景虎君、身体に気をつけてね、無理をしちゃ駄目よ」
「お袋もな!」
「景虎、必ず戻ってくるんだぞ! 絶対だぞ!」
「まぁ生きてたら戻ってくるよ、絶対って約束すんのは嫌いだからな!」
「お兄様……」
「イリスも元気でな!」
「景虎様、家の事はお任せください」
「頼みました!」
それぞれに挨拶をし、景虎は旅の支度をされた馬に乗り、手綱を持つ。そして照れくさそうな仕草をして、皆に言葉をかけた。
「んじゃ、行って来ます!」
さよならではなく、行って来ますと言った景虎。馬を歩ませ、遠く離れていくウィリアム達の視線を感じながら、再びここに帰る事を誓う。
『さっさと片付けるとするか、景虎』
「お、てめーも言うようになったじゃねぇか、んだな、ちゃっちゃと糞野郎を殺してスッキリさせようかい!」
フライハイトの言葉に答えた景虎は、フルヒトを再び殺すため旅立った。
目指すは東の地、ヴァイデン王国。
赤の章終了です。
ここまで、ありがとうございました!
次回はちょっと未定です。ストックがないもので・・、書き溜めができましたら
投稿再開しようと思ってます。




