第四十話 対立
今年もよろしくお願いします
グリムゼール学院――
アインベック帝国において唯一国が運営する学院である。
貴族から平民まで通い、生徒数は約千五百人。
その学院に急遽入学する事になった景虎はただただ憔悴しきっていた。
「ぐはあ、しんどー」
「だ、大丈夫景虎君?」
「あー、何もわかんねー、ってかそもそも何で俺ぁこんな目にあってんだよ」
授業を受けたもののこの世界の文字が一切わからない景虎は、授業中ずっと
窓の外を眺めているしかなかった。
隣のクラス委員長のディルク=バックハウスが景虎の為、初歩の文字や単語などを教えてはくれたものの、それすらも中々覚える事ができないでいた。
「そーいや最後に学校とか行ったのいつだっけなー、夏前だった気がすっけどあんま覚えてねーや」
「どんな学校に通っていたの?」
「あー、普通だな、特に目立って何かってのもない普通の学校」
元の世界の学校を事を思い出す景虎、まともに通わず、行ってもいじめや説教だけの場所という印象しかなかった。
当然授業などまともに受けた事もなく、景虎についての学力を語るのは論外というほどだった。
「あー、とりあえず外行って空気変えるべ」
「あ、ぼ、僕も一緒に行くよ!」
景虎が外へ出て行こうとすると、クラスメイトの注目を一心に浴びる。
最初の挨拶のせいなのか、クラウゼンという名のせいなのか、すでにこのクラスでは景虎は噂の的になっていた。
話しかけようとする生徒を無視し、外に出た景虎は出口の方へと向かう。
「ま、待ってよ景虎君」
「あ、来んなよ、別に何かするって訳じゃねーぞ」
「ま、まだ学校に慣れてないんでしょ、あ、案内するよ!」
「ん? あーまあどこ行きゃいいかわからんし、頼むわ」
「うん!」
元気に返事したディルクに苦笑する景虎、見ているとクローナハでパーティを組んでいた時に一緒だったシモンの事を思い出したからだ。
と、同時にデルフロスの街でフルヒトに怪我を負わされた、ハーフエルフのステラの事も思い出す。
「あの野郎、生きてるといいが……」
「どうしたの景虎君?」
「あ? ああ何でもねえよ、とりあえず誰も来ねーような場所教えてくれや」
「え? な、何で?」
「寝る為だ」
その言葉を冗談だと思ったディルクは笑顔で相槌をうった。
その後学校を案内していたディルクだったが、景虎がすれ違う生徒に時々威嚇のような事をするので、その度にフォローするのに苦労していた。
と、案内を始めて十分ほどした時の事だった、景虎は反対の校舎にイリスが数人の生徒と共に歩いてるのを確認する。
向こうも景虎に気付いたようだったが、すぐさま顔を背けて足早で去っていった。
「んだよあのヤロー無視しやがって!」
「あ、あの景虎君ってクラウゼンさんと一緒に暮らしてるんだよね?」
「ああ、けどすげぇ嫌われててよ、ひとっ言も話をしやがんねぇんだよ」
「え、ええ! クラウゼンさん学校じゃみんなに凄く優しいよ! 誰とでも気さくに話してくれるし、あんなに可愛いし!」
と、その瞬間ディルクの顔がみるみる赤くなって口ごもってしまう。
確かに美少女と言っても良いほどの美貌の持ち主ではあるので、人気はあるかと思ってはいたのだが、気さくに話かけるというのには同意できなかった。
「あのヤロー学校だと人気あんのか?」
「そ、そりゃあもちろん! 学年でずっとトップの成績だし、模擬訓練でも同学年にはまだ負けた事がないんだよ! それに誰にも優しくてまだ八年生なのに、もう生徒会の一員になってるし!」
「ほー、文武両道ってやつか、あんな華奢な身体でねえ」
「そ、そんな事ないよ、クラウゼンさんはああ見えて……」
「ああ見えて?」
そのまま顔を真っ赤にして無言になってしまうディルク、景虎もこれ以上聞いたらディルクが自爆してしまいそうだったので、この話はそこで打ち切った。
その後休憩時間の限り校舎を案内してもらった景虎は。
「あんがと、んじゃ俺ちょっと用事あっから」
「え? 景虎君午後の授業は?」
「あ、あー痛てて、悪ぃちっと腹痛くなったって言っといてくれ、んじゃな」
「え? あの、お、お大事にー!」
景虎の言葉を真面目に捉えたディルクは、心配しながら景虎を見送っていた。
その様子に少し後ろめたい気分にはなったものの、教室にいても授業の内容などわかる訳でもなく、いるだけ無駄だと思っていたのでどこかで昼寝でもしようとブラブラと歩き出す。
先程の案内で良さげな場所を見つけそこに向かう景虎、向かった先は学院の裏庭、休みの間などは生徒で賑わってはいたが、授業が始まると瞬く間に人がいなくなり、日当たりの良い静かな場所となっていた。
「さって、しばらく寝るか」
芝生の上に寝転んだ景虎は、草にくすぐられながらも心地よい風と陽の光を浴びると、瞼を閉じてあっという間に眠りについた。
「……ぃ」
何かが聞こえる声がしたが、景虎は気にせずそのまま眠ろうとする、だが――。
「起きなさい!」
怒る様な声が聞こえるとさすがに寝ていられなくなる、眠い目を擦りながら欠伸をして声の人物を探すと、目の前にイリスが立っていた。
「んだよ、お前かよ」
「何をやっているのですか」
「ん? 昼寝だよ昼寝、くあ~、ってかもう学校終わったんか?」
次の瞬間、イリスの右手が景虎の頬を引っ叩く、喧騒のない静かな場所だった為、その音は中庭に大きく響き渡った。
周りに誰か人がいれば大事になってたかもしれなかったが、幸いな事にまだ授業中なのか人はいなかった。
「ってぇなあ、いきなり何すんだよ」
「貴方は! お父様の好意を何だと思っているのですか! せっかく学校に入れてもらったと言うのに学業をサボってこんな所で! 恥を知りなさい!」
まくし立てるイリスに景虎は反論せず、頭を掻きながら立ち上がる。
ズボンについた芝生を払い、イリスに背を向け校舎へと戻って行こうとする。
「待ちなさい! 話はまだ終わってはいません!」
「んだよ? 教室戻りゃいいんだろ?」
「貴方は何者なのですか!」
「あ?」
一瞬問われた事の意味がわからなかったが、眉を吊り上げまっすぐに景虎を睨むイリスに、冗談や思いつきではないと思い返事をする。
「聞いてどうすんのよ?」
「もし貴方がお父様やお母様に害を成す者ならば、私は貴方を絶対に許さない」
「安心しろ、そーゆーのはねーから、ってかどっちかってぇと俺の方がおっさんらに色々やられてんだがなー」
「茶化さないで! 貴方が……」
と、言いかけた所で景虎が手を上げイリスの言葉を遮る、耳を澄ませば景虎達の言い合いが聞こえたのか、誰かがこちらに向って来る気配が感じられた。
「話は家でしようや、こんな所で喧嘩とかしたら、それこそおっさんやらヒルダさんに迷惑かかんじゃねぇの?」
その言葉にイリスは反論しなかった、未だ顔は険しかったが景虎の横をすれ違う時――。
「夜、貴方の部屋に行きます、その時に話をしましょう」
言ってイリスは校舎へと入っていった。
残された景虎はさすがにまた寝るというのは無理だったので、教室へ戻る事にする。授業の最中に教室に入った景虎は教師から心配され驚いてしまう。
どういやらディルクが景虎の言葉を伝え、それを信じたようだった。
その日の授業は終わり、景虎はウィリアムの屋敷へと戻る。
帰り際にディルクが一緒に帰ろうと誘ったのだが、用事があると言ってそれをやんわりと断った。
クラウゼン邸――
適当に時間を潰して家に戻った景虎は、玄関を開けた所でメイド長のクラリッサに出迎えられる。
帰る時間など伝えてはいなかったのに、きっちり迎え入れられた事に驚く景虎を、クラリッサは眼鏡を上げて事務的に。
「仕事ですので」
その後ヒルダに呼ばれ学校の話をする、昼寝でサボった事はさすがに伝えず大した話はしなかったものの、ヒルダはそれを楽しげに聞いていた。
その後イリスとウィリアムも戻り、四人で食事をした後部屋に戻った景虎の元に、約束どおりイリスがやってくる。
「あー、とりあえず俺ぁてめーとやり合おうって気はねーんだけどな」
「それは貴方次第です、さぁ教えて下さい、貴方は何者なのですか?」
睨むイリスに景虎は大きな溜息をついて、自身の事を話し出す。
「俺の名前は出雲景虎、この世界の人間じゃねえ、日本って所で生まれてそこで育って半年くらい前にここにやってきた別の世界の人間だ」
「な?」
「いいから最後まで聞け! その後俺ぁリンディッヒやヴァイデン、クローナハで糞みてぇな奴やドラゴンと戦って、ここに来ておっさんに養子になれって言われたんだよ。別にてめぇらやおっさんらに何かするつもりはねぇ、以上!」
言い終わった景虎は何か言いたそうなイリスに近づき、まっすぐに見つめる。
「俺の話は終わったぞ、言いてぇ事はあるか?」
「そ、そんな話!」
「信じたくなきゃ信じるな、けどな、俺ぁ嘘なんぞ微塵もついてねぇからな、これ以上何か話せって言われてももう何も話せねぇかんな」
続けた言葉にイリスは口を噤む、手を握り締め、景虎を睨むように見つめるとふりしぼる様に言葉を出した。
「貴方なんて……、お兄様の代わりになんてならないわ!」
その瞬間、イリスの目に光るものがこぼれ、景虎の部屋から出て行く。
イリスの最後の言葉にひっかかるものがあった景虎は、イリスを追いかけ部屋を出たが、そこには待ち構えてたかのようにクラリッサがいた。
「うおっ! い、いつからいたんすか!」
「イリスお嬢様に何かあっては困りますので、入った時から外で待機しておりました」
「信用ないんすね俺」
それに返答しなかったクラリッサは特に顔色を変えるでもなく、いつものように無表情で頭を下げ、その場から去ろうとする。
「あ、クラリッサさんちっと聞きたい事があるんすけど」
「申し訳ありませんが、私には何も話す事はありません」
「んじゃおっさんなりヒルダさんに、話聞いたりするっすけどいーっすか?」
景虎の挑発気味な言葉にも一切反応しなかったクラリッサだったが、眼鏡を一度直すと景虎の部屋に入っていく。
扉を閉め、景虎も部屋の中に戻ると改めてクラリッサに問う。
「イリスの言ってたお兄様ってのは何すか?」
「お言葉通りです、イリス様の兄上にして、ウィリアム様とヒルダ様のご子息だったバーナード様の事です」
「……だった、てぇのは、つまり」
「はい、もうお亡くなりになっております、六年前に」
なんとなくそんな気はしていた景虎、ここまでくるとその兄というのがどんな人物か気になり、クラリッサに再び問うてみる。
「そのお兄様ってのはどんな人だったか教えてくれませんか?」
「とても真面目なお方でした、勉学にも励み小等部では常に上位の成績を収め、御主人様やヒルダ様、それにイリス様にもいつも優しく接し、若くして騎士団に入団した後は、アインベックの為に尽くしておられました」
「おー、すげーすげー、で、そんな優秀なお兄様は何で死んだんすか?」
「……戦に巻き込まれました」
陰りを見せるクラリッサに、景虎はその兄という人物がこの屋敷でどれほど愛されていたのかと思い知らされる。
対して自分はこの有様だ、話を聞く限り景虎とは真逆の人間のように思えた、ならばと景虎はさらにつっこんだ事を聞いてみる。
「そのお兄様ってのと俺って何か似てるとこあります?」
「いえまったく、強いて言うならばバーナード様が死んだ時の年齢と、景虎様の年齢が同じくらいでしょうか」
「イリスはそのお兄様の事すげぇ大好きだったーって感じっすかね?」
「お答えできません」
その言葉に景虎は、自分が何故ここに連れてこられたのかという理由のようなものがわかり始め、クラリッサにそれをぶつけてみた。
「つまり俺ぁその死んだにーちゃんの代わりにされたって事っすかね?」
「答えかねます」
「あーあーそういう事か、けっ! 何が会った時から決めてただあのおっさん、単に死んだ奴の寂しさ紛らわす為に俺を身代わりにしただけじゃねえか! 親切心でもなんでもねー、ただ自己満足してぇだけの糞人間だったってぇ訳か!」
あえて言葉を荒げ、挑発的にウィリアムの悪口を吐き捨てるように言ったその時、今まで冷静にしていたクラリッサが豹変し、景虎の胸倉を掴んでギリギリと締め上げる。その顔は今までに見せた事もないような憤怒の表情だった。
「御主人様の悪口を言うであれば、お坊ちゃまとはいえ容赦は致しませんよ」
「んな顔も出来んすねクラリッサさん、んじゃ俺からも言わせて貰いますわ」
初めて怒りを露にしたクラリッサを見つめながら、景虎は言い放つ。
「こんな所にいられるか」
これからは週3~4話位のペースで投稿をと考えています。




