第三十七話 義父
「くたばれ、このクソ銀髪!」
景虎の放った紅い斧は、大切な人たちを傷つけてきた銀髪のフルヒトの身体を切断した。
直後、フルヒトの作り出した光の塊の爆発に巻き込まれた景虎は、それをまともに食らう……筈だった。だが紅い斧に変じていた元ドラゴンのフライハイトの瞬間移動の力によって、景虎は寸でで瞬間移動の能力で爆発を免れる事となる。
だが、その時爆発と瞬間移動の魔力がぶつかり合い、景虎におもいもかけない影響を及ぼすことになる。
景虎は大陸の西側のクローナハの地から、大陸の東側のアインベック帝国領土へと転移させられていたのだった。
アインベック帝国の平原に横たわる景虎、戦いの後遺症か転移の影響か、景虎は全身傷だらけで意識を失い倒れていた。
このままではいずれ死ぬしかなかったその時、偶然通りかかったウィリアムが景虎を見つけ、帝都グリムゼールの軍病院に入院させ治療をさせたのだった。
そして目覚めた景虎は、同じように元の世界からこちらの世界へとやってきた元アメリカの軍人だというウィリアムと出会う。
ウィリアムに問われるまま今までの事を話した景虎は、直後、ウィリアムから考えても見なかった言葉をかけられた。
「景虎、お前……、わしの息子にならんか?」
景虎は一瞬意味がわからなかった、真面目な顔でこちらを向いているウィリアムが発した言葉、その意味を考え、そして気付けば素っ頓狂な声を上げていた。
「…………は?」
病室は静まり返っていた――。
ウィリアムの発した言葉の意味が一瞬わからなかった景虎は、ただただ呆然とするしかなかった。
一方のウィリアムも何故か顔を真っ赤にして汗をダラダラ流していた。
景虎がどう返事をするのかをずっと待ってたのだった。
時間にして三分は経った頃、ようやくにして景虎が動き出す。
「あー、えっと、おっさん、今そのー、何て言った?」
「わしの息子にならんかと言ったんだが」
改めて聞いた言葉が間違い出なかった事を確認すると、景虎はどっと疲れ、頭を掻きながらウィリアムの言葉に返答する。
「あー、やっぱ聞き違えじゃなかったのな、えっとおっさん、それって俺を養子にするとかそーゆー意味か?」
「そうだ」
「ちょっと待てぇい! 何でいきなりそんな話が出てくんだよ! 俺とおっさんは会ったばっかだぞ! なのに何で唐突に息子になれとかって話になんだよ!」
「別に唐突ではないぞ、倒れていたお前を見た時にこの話はすでに考えていた」
「は?」
訳がわからないという感じの景虎に、ウィリアムは姿勢を正し、そして景虎を真正面に見据えて話を始める。
「何故そういう事を考えたのか、それにはわしがこの世界に来た事を話さねばなるまいよ、聞いてくれるか景虎」
「あ、ああ、とりあえずこっちゃあまだ訳わかんねーし、頼むわ」
「うむ」
そしてウイリアムは水を飲み、喉を潤してから語りだす。
「三十年前、わしはアメリカ軍の軍人としてイラクやアフガンで戦っていた。地獄だったよ、いつどこから攻撃されるかわからず、疑心暗鬼で気が狂いそうになっていた。誰が味方で誰が敵かわからなかった」
「そして、わしは戦いの中負傷し気絶した、どのくらいの時間が経ったかわからなかったが真っ暗な闇に落ち、気付いた時はこの世界に来ていたのだ」
「おっさんもか、俺も目の前が暗くなったと思ったらここに来てたんだわ」
「何かきっかけのようなものがあるのかもしれんな、わしにはわからんが、話を続けても良いか?」
「お、おおすまねぇ、続けてくれ」
焦る景虎を見て笑みを浮かべながら、ウィリアムは話を続ける。
「ここがどこだかわからなかったわしは混乱したよ、どうすればいいのかさえわからなかったからな、とにかく人を探している時に、わしはアインベックの兵士に囚われたのだ、敵国のスパイと思われたのだろうな」
「酷ぇな」
「今はここまで発展して平和ではあるが、三十年前までこの国は小さく、そして戦争に巻き込まれてばかりいたのだから仕方あるまい、中世のヨーロッパのようなものだったと言えばわかるか?」
「わからん」
景虎は即答する。
「しばらく牢に閉じ込められていたが、ある日クラウゼンという老騎士がわしを引き取ってくれる事になったのだ」
「クラウゼン? おっさんの名前と一緒なのか?」
景虎の言葉にふふっと笑い声を出したウィリアム。
「わしの元の名はウィリアム=ボーデン、わしはその老騎士の養子になったのだよ」
その言葉に景虎はウィリアムの言いたい事がわかり始める、しかしとにかく今は話を聞きたい為、言葉には出さなかった。
「身元も知れぬわしにその老騎士はよくしてくれたよ、聞けば息子がいたそうだが戦いで死んで跡継ぎがいなかったそうでな、それでわしを養子にしたのだという」
「この世界で身寄りも何もいなかったわしは、その老騎士の申し出を受け、養子になり暮らし始めた。最初は元の世界のように便利なものもなく、色々と苦労はしたが、慣れればどうという事はなかったよ。それからは軍人だった経験を生かして様々な事で父の力になった」
「それがアインベックの騎士達の目に止まってな、軍の中で色々と助言などをする参謀的な役割をするまでになったのだ」
「へぇ、すげぇなおっさん」
「まあ、元の世界の知識というのは、あまり発達していないこの世界ではオーバーテクノロジーのようなものだからな、まあ技術的な事はさすがに難しかったし、この世界には魔法と言うものもあって苦労はしたがな」
「ああ、俺も魔法見た時はびっくりしたわ」
景虎は始めてみた魔法の事を思い出す、フライハイトの瞬間移動の魔法、リンディッヒ領の娘カティアの修復魔法を見た時、この世界に魔法と言うものが存在したと知った。
「その後わしは各地の戦いに参加して武功をあげて、みるみる出世して将軍と呼ばれる地位にまでのぼり詰めたのだ」
「おお、すげえ」
「妻も得て、子供も儲ける事もできたよ、だが父は老衰で逝ってしまったがな」
その時だけ悲しそうに話すウィリアムに、景虎も顔を曇らせる。
「だがわしは父がしてくれた事を忘れはせんよ、だから、もし同じような事があった時はわしも助けてやろうと思ったのだ」
言い終わってウィリアムは再び景虎を見つめる。
「景虎、今一度言う、わしの息子にならんか? ここで会ったのも何かの縁であろう、今のわしなら色々と手助けをしてやれると思う」
再び問われた言葉に景虎は押し黙ってしまう。
きっとウィリアムは善意で言ってくれているのだろう、だとしても景虎はどう反応すればいいのかわからなかった。
元の世界では父親という存在は恐怖の対象でしかなかった。
五歳までしか一緒には父と居なかったが、毎日のように暴力を振るわれ怯える毎日だった。
少なくとも今は何かをされれば反撃もできるだろうし、この世界なら出て行って一人で暮らす事も可能だろう、なので景虎は話を断る事にする。
「悪ぃけど、やっぱ俺、そーゆーのちょっと無理っすわ」
「そうか、さすがに急すぎたか」
残念そうにするウィリアムに心が痛む景虎ではあったが、仕方ないという感じで話を終わらせようとした。
「では景虎はこれからどうする気だ?」
「これから? 俺は、これから……」
その言葉に景虎は考える、一番の目的だったフルヒトを殺す事には成功した。
消える間際、気になる事を言った気はしたが、確実に仕留めはしたはずだ。
とすれば自分はどうするのか、考える景虎は最初の目的を思い出す。
「俺は、元の世界に戻ろうと思ってんだ」
「帰る術はあるのか?」
「わかんね、どうすりゃいいのかわかんえねーし、その辺は糞ドラゴンに……」
と、そこまで言って景虎はフライハイトの事を思い出す、この世界に来てからずっと一緒に過ごし、色々と助けてくれた相棒の事を。
「おっさん! 紅い斧なかったか? 俺と同じくらいの大きさの!」
「紅い斧? いや、景虎が倒れていた所には何もなかったが、大切なものか?」
「ああ、そうだな、大切な相棒だ、あいつのおかげで俺は生きてこれた。そんで憎たらしい奴を殺す事もできた」
手を握り締め、フライハイトと過ごしてきた時間を思い出す景虎、それを見たウィリアムが手をポンと叩き提案する。
「ならばその紅い斧を探す手伝いをわしがしてやろう」
「え? いいのかよ」
「ああ、まあどこにあるかわからんが、このアインベック領内にあるのであればわしが何とかしてやれるだろうて」
「そうか、助かる、俺もなんとか探しては見るからよ」
「でだ、そこで改めて提案なのだが、わしの息子にならんか景虎」
「何で話が元に戻ってんだよ!」
怒る景虎にウィリアムは落ち着けといった仕草をした後説明をする。
「探すにしても拠点というものは必要だろう、それにな景虎、今このアインベックは平和ではあるが、見も知らぬ者には冷たいし、時には牢屋にも入れられる」
「それとおっさんの息子になるのと何の関係が……」
「わしの息子という肩書きがあればその辺全てオーケーになるという事だ! どうだ、これを利用する手はあるまい!」
どや顔で語るウィリアムに圧倒される景虎、確かに医師や看護師の反応を見る限り、このウィリアムという人物はアインベックではかなりの地位にいる者だろう、だからといってそれにホイホイ乗っかるのもどうかと思う景虎。
「いや、俺ぁ一人でなんとかやれるよ! 冒険者だし仕事で……」
「あ、言っておくがアインベック領内には冒険者ギルドというものは存在しない、よって当然ながら冒険者の仕事というものもないからな」
言った言葉に呆然とする景虎は理由を尋ねる。
「未だ戦時だからな、もし魔獣などがでれば兵が対応するし、身元もよくわからぬ不信な者を好き勝手させる訳にはいかんからな、配達なども国が認めた業者のみに許されている」
「んじゃ土方でも何でも……」
「だから言っただろ、身元の知れぬ者は色々と目をつけられると、手続きやら始めたらどんだけ時間がかかるかわからんぞ? その間衣食住はどうする? 言っておくが盗みは重罪だぞ」
「ぐう」
完全に手詰まりといった状況に追い詰められた景虎、一方のウィリアムはここぞとばかりに言葉を続ける。
「ではこうしよう! その紅い斧というのが見つかるまでは仮の息子というのでどうだ? 縁組などの手続きはせんし、その紅い斧が見つかるまでという事で!」
「い、いや、だから……」
「今なら三食昼寝付き! お小遣いも月々金貨一枚! どうだ!」
「落ち着けおっさん! それなんか違うだろ!」
マシンガンのように続けざまに話すウィリアムにさすがにキレる景虎、だが今この状況でこの先の事を考えるにしてもどうすればいいのかわからなかった。
とにもかくにもまずフライハイトを探す、これは第一前提だった。
だとすればウィリアムの提案は理想的なものではあった。
見知らぬ場所、広大な領土で問題を起こさず捜索する権利、しかも手助けもしてくれると言う、景虎はしばらく唸ってはいたが、ついに降参する。
「わかったよおっさん、けどさっきおっさんが言った通り斧見つけるまでだかんな! あとあくまで仮っちゅう事だ!」
「おおおお! よいぞよいぞそれで!」
満面の笑みを浮かべるウィリアムに景虎は負けた気分になる。
だが少なくとも悪い奴には見えないし、なにより元の世界の人間という事に親近感を覚えるのがあったのも確かだった。
「で、ではさっそくだが、私の事をパパと呼んでくれ、さあ!」
顔を赤らめ、満面の笑みで待ち構えるウィリアムに景虎は――。
「ヨロシクナー、ウィリアムサーン」
やる気のない棒読みで名前を呼んだ。




