第三十四話 届かない手
デルフロス港に現れたシードラゴンに悪夢を蘇らせる人々、しかしそのシードラゴンにただ一人立ち向かう少年景虎、彼はドラゴンを傷つける事の出来る唯一の武器、ドラゴンが転生した紅い斧を持ち戦いに挑む――。
「いくぞおらああああああ!」
景虎が向かって行くのと同時にシードラゴンも動き出す。
海から突き出た長い首を大きく振り、そして鋭い牙の見える口を大きく開けて咆哮を上げる。
次の瞬間、海の水が大きなうねりを上げ、津波となってデルフロスの街へと流れ込んでいく。
「うおっ! あのヤローこんな事もできんのかよ!」
『水を操る魔法だ、気をつけろよ景虎、今の奴は水を防壁とするぞ』
「ちっ、めんどくせーなー!」
ただでさえ海にいるシードラゴンへの攻撃は困難だというのに、その上水を操って攻撃を防がれては、致命傷を与えるのは至難を極めるものだった。
それでも景虎はシードラゴン目掛けて突っ走る。
一瞬の隙でもあれば、フライハイトの瞬間移動の魔法でシードラゴンの頭に転移し、致命傷の一撃を与える事ができると考えていた。
「とにかく近づくしかねえ!」
襲い来る津波を斧で切り裂き前へ進む景虎、しかし次々襲い来る大波は景虎の進む速度を殺し襲い掛かってくる。
波に飲まれそのまま地面に叩きつけられる景虎、それを見るクローナハの人々は悲鳴をあげ、やはり人間はドラゴンには勝てないのかと絶望する。
しかしステラ達だけは信じていた、景虎が必ずドラゴンを倒してくれると。
「景虎!」
シードラゴンの周りには相変わらず水がうねりを上げて防壁のような状態で景虎に攻撃をさせまいとしていた。
さすがに焦りを見せ始めた景虎、このままやりあったとしても持久力では勝てるはずが無く、徐々に体力を削られ殺されかねない。
「くそったれ、せめてあの野郎の注意を一瞬でもそらせる事ができれば!」
悔しがる景虎、こんな時ヴァイデンの戦乙女の二人でもいてくれれば連携してなんとかできたかもしれないと思うが、無いものねだりをしても始まらない。
とにかく何か策を、そう考えていた時、海の向こうから迫る影を見つける。
それは徐々にではあるがこちらに近づいてくるのがわかった、景虎はその船を知っていた、ダンガスト島からここまで運んでくれた船。
「ありゃあおっさんの船じゃねーか! 何でこんな所にいんだよ!」
その船は元海賊ファイサルの船だった、今は堅気の彼は来る途上もドラゴンの襲撃を恐れデルフロスの港には近づかなかったのだが、何故今ここにいるのかというと……。
「ドラゴンに襲われた街とか見てみたいな、ちょっと見に行くかー」
物見遊山で来ていた。
ドラゴンももういないという憶測もあったのだが、それが見事に外れる形となってしまい、ファイサルはドラゴンを確認するとすぐさま慌てて逃げるよう命じるも……。
「あ、あきません船長! 何かドラゴンこっち睨んでる!」
「ええからはよ逃げぇ! 殺されてまうー!」
必死で反転しようとするも、ドラゴンの力なのか、船の周りに渦が出来てドラゴンに向けて引きずられていく。
「あのおっさん何やってんだ! このままじゃやられちまうぞ!」
『景虎、あれを利用するのはどうだ』
「あ?」
『今シードラゴンはあの船に注意がいっている、ならば、あの船に乗り込みそこから攻撃できるのではないか?』
「あのおっさんを囮に使おうってのかよ!」
『うぬ、駄目か……』
「それいいじゃねぇか! あのおっさんならそう簡単にゃ死なねえだろ!」
言うが早いか景虎はファイサルの船目掛けて走り出す、引きずられた船は瓦礫となった港に向け近づいてきていた、景虎はファイサルに向け大声で命令する。
「おっさん手ぇ貸せ! あのドラゴン殺すのにおっさんの船を使わせろ!」
「あ? って景虎やないか! 何しとんねん!」
「いいから手ぇ貸せ! 今からそっちに乗り込む!」
残った桟橋を全速で走り船目掛けてジャンプする景虎、船との距離は70メートルはあり、どう考えても届かない、誰もがそう考えた次の瞬間――。
「だわっ!」
「おわっ! か、景虎おま今どうやってここに!」
景虎がファイサルの船に、フライハイトの瞬間移動の力で乗り込んでいた
「こまけぇ事は後だ! おっさん、この船ドラゴン向けて突っ込ませてくれ!」
「んな! ア、アホ言いな! んな事できるかいな!」
「言いからやれや! ドラゴンは俺がきっちり殺してやる! 今しかチャンスはねぇんだよ!」
必死で頼む景虎の迫力にどうしたものかと考えるファイサル、もしこのまま突っ込めば確実にドラゴンに船ごと破壊されてしまうだろう、しかし逃げようとしてもドラゴンの力なのか少しずつ引きづられて逃げる事は無理そうだった。
考えたファイサルは覚悟を決め、大声を上げて命令する。
「こうなったらヤケクソやぁ! 野郎共いったれええ!」
目に涙を溢れさせ船をシードラゴン目掛けて走らせるよう命令する、シードラゴンに近づくにつれ波が強くなり、船が大きく揺れる、怯える船員の中には海に飛び込む者もいた。
船は突き進む、眼前にはシードラゴンの姿が大きくなっていく、そして、一際大きな波がファイサルの船を直撃すると船は大きく傾き、マストの一本が折らて、投げ出される船員、ファイサルも必死で船体に捕まるものの投げ出されそうになる。
「ワシの船がああ、もう無茶苦茶やああ!」
泣き叫ぶファイサル、そしてシードラゴンがファイサルの船に襲い掛かったまさにその瞬間、黒い影がその横を通り過ぎ、一言こう言った。
「助かったぜおっさん!」
次の瞬間景虎の姿が消え、シードラゴンの頭上に現れていた。
「死ねやこのやろおおおおお!」
大きく振り下ろされた紅い斧はシードラゴンの脳天に直撃する。
響き渡るシードラゴンの悲鳴、おそらく多くの人々はドラゴンの悲鳴など聞いた事はなかったであろう。
その響き渡る声に、景虎とシードラゴンとの戦いを見つめていた人々はただただ驚くばかりだった。
「やっぱ一発程度じゃくたばらねぇな! もう二、三発いっとくか!」
言うと景虎は斧を抜き、噴出すドラゴンの血液を浴びながらも再度脳天に斧を叩きつける。
再び発せられる悲鳴、首を振り必死で景虎を振り落とそうとするも突き刺さった斧の柄をがっちり握った景虎はびくともしなかった。
「青い奴の時は壁とかに当たってヤバかったが、この程度ならどうって事ぁねぇやな」
『逞しくなった、と言いたい所ではあるが、行き当たりばかりな所は全然成長しておらんな』
「うっせぇ! さて、そろそろトドメといこうかい!」
言うと景虎は斧を抜き、シードラゴンの首目掛け斧を何度も叩きつける、断末魔が響き渡る中、それを呆然と見つめるファイサルとその仲間たち、剣も魔法も効かず人間の手に負えない伝説の生物を、一人の少年が一方的にねじ伏せていった。
「よいせっ! これでしめぇだ!」
掛け声と共に大きな一撃をドラゴンの首に叩き込むと、その巨大なドラゴンは頭と胴の二つに分かれた。
血が噴出し、ファイサルの船が真っ赤に染まっていく、切断されたドラゴンのその巨大な体はずるりと船からはがれ、そして海の中へと沈んでいった。
誰もが声を発する事ができなかった、ただ一人、ソレを成した景虎意外は。
景虎は半壊したファイサルの船の上で、切断されたシードラゴンの首に乗って丘に向けて手を振る。
「おーい、ドラゴン殺したぞー」
それに気付いてようやく我に返ったステラ達は、自分達の街を壊滅に追いやったシードラゴンが死んだ事に歓声を上げる。
「す、凄いよ! ほ、ほんとにドラゴン殺しちゃった! 凄いよ景虎君!」
「兄貴! 凄いよ兄貴ぃ!」
マリカとステラは手を叩き大いに盛り上がる、そしてそれを見ていたクローナハの人々もまた歓声をあげ、これで脅威は取り除かれたと喜ぶ。
誰もが景虎の成した偉業に喜び、安堵の溜息を発した。
一方の景虎はただ一人の人物を見つめる、ステラだ。
景虎はどうだと言わんばかりの笑顔をすると、左手を突き出し親指を上げる。
「まったく、ほんとあんたには呆れるわよ」
ステラもまた、ドラゴンを倒し、無事に生きている景虎を見て安堵する。
とにかくこれでこの地には再び平和が訪れるだろう――。
そう誰もが考えた時だった――。
「これで三匹目かー」
その異質な声にステラは振り向いた、そしてその人物をみた時、ステラは何故か背筋が寒くなるような悪寒に襲われる。
その人物の髪は美しい銀髪をしていた、年は十二~三歳の子供。
ステラは知っていた、この人物が恐らく景虎の探しているという――。
「フルヒト……」
「あれ? そこのエルフ僕の名前を知ってるんだ、じゃあ景虎の仲間かな?」
言った次の瞬間その少年は杖のようなものを出し、何か呪文のようなものを詠唱し始める。
「僕自身が手を下すのはルール違反だとは思うんだけどさー、さすがにドラゴン三匹も殺されちゃったら色々修正しないといけないんだよねー、だからさー」
独り言を呟くフルヒトの周りに光が集まっていく、それに嫌な予感のようなものがしたステラは大声で叫ぶ。
「みんな逃げてぇ!」
ステラは大声で叫ぶ、だが周りにいたデルフロスの人々は、その少年がいた事にすら今気付いたばかりだった。
ステラはマリカとシモンの手を取ると必死でその場から離れる、とにかくここから逃げないといけないと感じたからだ。
「どっかーん」
次いで聞こえたふざけたように発したフルヒトの言葉、その瞬間、フルヒトの周りに集まっていた光が――。
爆発した。
大きな爆発が巻き起こり、その場に多くの悲鳴が響き渡る。
海にいた景虎からもそれは確認できた、何が起こったかわからない景虎にフライハイトの声が響く。
『景虎! 奴だ! フルヒトがあの丘にいるぞ!』
「なん! じゃああれは!」
『恐らく奴の魔法だ!』
「くそっ! ステラ、マリカ、シモン!」
言うと景虎はすぐに船から飛び降り丘へ向かって走り出す。
爆発の後には土煙が舞っていた、消え行く土煙の後には多くの死体、その中には景虎にドラゴン退治を依頼したべトナーシュ代表の肉塊もあった。
その爆発の真ん中、杖を振り笑顔のフルヒトは満足といった感じでその場を離れようとした時、何かが動く姿を見つけ立ち止まる。
「あれ? まだ生きてるのがいる、凄いな」
声のした方には、咄嗟に逃げる事ができたステラ、マリカ、シモンの三人の姿があった。
しかしマリカとシモンは爆発の衝撃で地面に叩きつけられ意識を失っていた。
何とか意識を保っていたステラも体は傷だらけだった。
「ああ、さっきのエルフか~、しぶといなあ~」
卑下するように言葉を発したフルヒト、それに対してステラは朦朧とした意識の中でフルヒトを見つめる。
その人物は笑っていた、何十人と瞬時に殺したにも関わらず笑っていた。
圧倒的な何かだというのはわかっていた、そしてこのまま何もしなかったらこの人物にまるで虫けらのように殺されるのだというのもわかっていた。
だからステラは残った力で必死で立ち上がった。
丘に向かう景虎は爆煙の中で二人の人物が立っているのを見た、一人は憎んでも憎みきれないフルヒト、そしてもう一人は大切な仲間――。
「ステラ!」
景虎は速度を速める、もう二度と見たくは無かった、大切な仲間を失うような事はもう二度としたくは無かった。
一方、丘では対峙したフルヒトが笑顔でステラに声をかけていた。
「ねえエルフ、何か最後に言う事はある?」
問うたフルヒトにステラは息も絶え絶えに、しかししっかりとフルヒトを睨みながら搾り出すように言葉を出した。
「コソコソ逃げて、みっともない奴……、あんたなんて、きっと……」
そして、しっかりと言い放った。
「景虎には勝てないわ!」
その言葉にフルヒトは何も返さなかった、ただ笑みを浮かべ、そして杖を振って頭の上に光の剣を作り出した。
「ステラ!」
景虎の叫び声が響く、その声に気付いたのかステラが景虎の方を向く。
笑みを浮かべていた、眩しいほどの笑顔だった。
そしてステラのかける言葉を景虎は確かに聞いた。
小さく、しかししっかりした声でステラは景虎を鼓舞するように言った。
「負けるな、景虎」
景虎の目に熱いものがこみ上げる。
景虎は手を伸ばす、ステラに届けと――。
だが――。
その手は届かなかった――。
フルヒトの放った光の剣は再び、景虎の大切な人の身体を――。
貫いた。




