第三十三話 再戦
――デルフロスの街から少し離れた場所にある避難所――
無数のテントが張られたここは街の捜査や、取り残された死体を集める為の中継地のような役割を果たす場所だった。
少し離れた空き地のような場所では疫病対策の為、毎日のように街から集められた死体を焼いていた。
そのテントの一つに、デルフロスでシードラゴンに負傷させられた景虎が治療を受けていたのだが――。
「む、無理しちゃ駄目だよ、死にかけてたんだよ景虎君は」
「もう大丈夫だっての! こんなもんどうってこたぁねぇよ」
心配をするマリカだったが、怪我をした方の景虎はすでに腹筋したり屈伸したりと動き回っていた。
伝説レベルのドラゴンとやりあった上に、溺れて一時は心臓まで止まったというのに、景虎はそんなものはなかったというくらい元気だった。
「とりあえず腹減ったんで何か食うものねーか? 肉とか欲しいな、こう、熱くて肉汁がどばーって出るようなやつ!」
「あ、ぼ、僕何か買ってくるよ!」
「おう、頼んだぜシモン!」
テントから出て行くシモンを笑顔で手を振る景虎、マリカはそんな姿に肩を揺らし、さすがねといった風だった。
しかしステラはその姿に違和感を感じ、景虎に話しかけようとしたその時、テントの外から声がかけられる。
「ここに、ドラゴンとやりあった若者が居ると聞いたのだが」
「え、えと、どちらさまですか?」
「挨拶が遅れてすまない、私はクローナハ共和国九人の代表の一人、エドムント=べドナーシュと言うものだ」
「べ、べトナーシュ代表!」
驚くマリカに景虎が尋ねると、クローナハの王様の中の一人のようなものだと教えてもらう、マリカはそんな大物が尋ねてくるとは思わなかったので直立不動でべトナーシュ代表の入室を促す。
入ってきたべトナーシュ代表はまさに政治家という貫禄を持った人物だった。
年は五十代、立派な口髭を蓄えた紳士はよくわからないといった景虎の前に立つと、恭しく一礼してから話出す。
「先ほど君がデルフロスに現れたシードラゴンを退治したと外で聞いたのが、事実だろうか?」
「はぁ、まぁ一応、けどしくじって逃がしちまいましたよ」
偉い人を前にしながらも、いつものような態度で頭を掻きながら話す景虎、それを青ざめた様子で見るマリカはお叱りを受けるのではとあたふたとしていたが、べトナーシュ代表は景虎の手を取り懇願するように言葉を搾り出す。
「どうか! どうかシードラゴンを退治してはもらえないだろうか!」
突然のべトナーシュ代表の言葉にどう反応したものかと考える景虎、一方のべトナーシュ代表はさらに言葉を続ける。
「今我がクローナハは建国以来の危機に陥ってると言わねばならない、このままシードラゴンがデルフロスに居つくのであれば遷都も考えねばならんのだ」
「は、はぁ、大変っすね」
「頼む、聞けば君はドラゴン殺しと言われてるそうではないか! 今まではドラゴンは災厄として成すすべもなく去るのを待つばかりではあったが、もし倒せると言うのであれば是非倒していただきたいのだ!」
必死で頼むべトナーシュ代表の目には涙が溢れていた、それが真実の涙か腹芸によるものなのかは景虎には判断はできなかったが、景虎はその代表の言葉に頭を縦に振るつもりだった、しかし――。
「景虎は今怪我をして動く事もままなりません! 話は後でお願いします!」
間に入って発言したのはステラだった。
「あ? おま、何言って……」
「今はとにかく休ませて上げて下さい! お願いします!」
そう言うとべトナーシュは景虎を見て、包帯の巻かれた身体を見やって顔を曇らせ溜息をつく。
「確かに、今すぐにというのも酷であった、許されたい。身体を十分に休ませてからでよいのでこの話、考えてくれぬだろうか」
「いや、だから俺は……」
「はい! 申し訳ありません」
景虎が必死で口を挟もうとするのをステラが悉く阻止する、べトナーシュ代表は一礼すると警護の人物達と共にテントから退出していく。
残された形になった景虎は呆然としていたものの、すぐさまステラに向き。
「おいこらてめぇ、何勝手やってんだよ! 俺ぁもう全然大丈夫だって……」
「全然大丈夫じゃないじゃない!」
眉を吊り上げ珍しく叱りつけるステラ、普段は逆に睨みつける景虎もその迫力のようなものに一瞬怯んでしまう。
「さっきからヘラヘラ笑って何よそれ! そんなの全然景虎じゃないわよ!」
言い返そうとした景虎は、ステラの続けた言葉に押し黙ってしまう。
「いつものあんたなら悔しかったら悔しいって言うし、気に入らない事があったら大暴れするじゃないの! さっきの偉い人のお願いだって面倒臭いとか言っちゃうのが景虎でしょ!」
「ちょ、ちょっとステラ声が大きい!」
「今の景虎は何かに逃げてるみたいで格好悪い! そんなの景虎じゃない!」
息を荒げ言い切ったという感じのステラの目には光るものがあった。
はっ! と我に返ったステラは慌てて顔を隠しテントから出て行った。
残されたマリカは呆然とし、景虎もまたステラの出て行った後を見つめ続けていた。
『あのエルフに一本取られたな景虎』
「うっせぇよ、ったく」
頭に響くフライハイトに悪態をつくと、景虎は上着を羽織ってテントの外へ出て行く。
夜風が少し肌寒かったが、景虎は気にせず出ていったステラを探す。
多少見つけるのに時間はかかったものの、景虎はステラの後姿を見つけると静かに近寄っていく。
「寒くねーのかよおめー」
「寒い」
即答した景虎は噴出すと、着ていた上着をステラにかけてやる。
まだ景虎の温もりが残るその上着を握り締め、ステラはその場に座ると、景虎も並ぶようにステラの横に座った。
「あー、まぁなんだ、とりあえずすまねえな」
「何で謝るのよ」
「おめーの言った通りだからだよ。おめーの言う通り俺ぁちっと逃げてたみてぇだわ、あのクソ野郎を逃がしたもんでよ、ちっと自暴自棄になっちまってた。ほんと格好悪ぃわ」
憑き物が落ちたかのように笑顔で語る景虎に、ステラもようやく笑みを溢す。
そして景虎はフルヒトとのやりとりを話す、ずっと探してようやく見つけて、しかし手の平からするりと逃げていった悔しさと怒りがそこには入り混じっていた。
そして俯くと手を握り締め、悔しそうに言葉を搾り出す。
「俺ぁ負けちまったわ……」
呟いた景虎の言葉にステラが反応する。
「そいつを殺すのを諦めるの?」
「諦めたくはねぇよ、けどこれから何をどうすりゃいいのかわからねえ。手掛かりはねぇし、どこ行きゃいいのかもわかんねえ」
「んー、じゃあ行かなきゃいいんじゃないの?」
「あ?」
ステラの言葉に一瞬意味がわからない景虎は変な声を上げてしまう。
それが面白かったのか笑みを浮かべたステラは景虎に向かい話しだす。
「あんたは相変わらず一人で何でもかんでも抱え込もうとしすぎなのよ、そんな事する必要はないのに。だからね、あんたは好きなように生きてればいいのよ」
「あいつを放っておけってのか?」
「当てもなく彷徨った所で見つけられるもんじゃないんでしょ? だったら探さなくても似たようなもんじゃない、逆にそいつのせいで景虎が壊れたりする方があいつの思う壺じゃないの?」
「…………」
「探す事は諦める必要はないとは思うわ、けどね、だからって景虎だけが背負い込む必要はないのよ。皆を頼りなさい、景虎はもう一人じゃないんだから」
どや顔をするステラを見ながら景虎はぷっと吹き出すと大笑いする。
「おま凄いな、まあ確かにあの野郎に弄ばれるのは気に入らねぇな」
「でしょ」
「まぁ、とりあえず先の事はまたその時考えるわ、俺ぁ馬鹿だしな」
「そうそ、景虎は馬鹿なんだし考えたって無駄なのよ」
その言葉の後にステラの頭をはたく景虎、その後ステラの蹴りが景虎の顔面に炸裂したりといつもの二人に戻るのだった。
翌日、景虎はべトナーシュ代表の下に訪れシードラゴン退治を引き受ける。
別に誰かの為とかそういうものではなかったが、とにかく今自分にしかできない事をやると決めたからだ。
べトナーシュ代表他、その場に居たクローナハの代表達も景虎への協力を申し出る。
その横でちゃっかり報酬の交渉をしているマリカがいたが、景虎はあえてそれにはツッコまない事にした。
廃墟となったデルフロスの街で海を眺め続ける景虎、シードラゴンの退治を買って出たものの、よく考えればそのシードラゴンがいつ現れるのかはわからないという状況に頭を抱えていた。
「おい糞ドラゴン、シードラゴンってのの気配はあるか?」
『まったくないな』
「やっぱなー」
ゴロンと寝転がり空を見上げる景虎、ゆっくりと動く雲を見ながらこれからの事を考える。
フルヒトを探す手掛かりはもうない、次にどこに現れ、何をするかなどわかろうはずもない、もし手掛かりがあるとすればドラゴンしかないのだが、それすらも何の目的でやってるかすらわからない。
――僕はドラゴンと人間の間に生まれた子供だよ――
思えばあの時、フルヒトの目的というのを聞いておけばよかったと頭を掻く景虎、しかし聞いたとしても目的を答えたかというのも怪しいものだが。
「景虎、食事持ってきてあげたわよ」
「おーう」
ステラがパンにハムを挟んだものを景虎に渡す、ステラも景虎の横に座ると同じものをほおばりながら海を見つめて景虎に言葉をかける。
「ドラゴン来そう?」
「どーだろうな、今の所来る気配まったくねーけど、まあ前にあんだけ傷つけまくったし、警戒してんのかもな」
「そーゆー事言えるの景虎だけよね」
何気ない会話、しかしそれが何か心地良く響く。
未だ死体が埋もれているような場所で食事をするというのも変な話だが、景虎は今この時間が凄く大切なように思えた。
パンを食べ終え、水の入ったビンに手を伸ばそうとした時、フライハイトが景虎の頭に話しかけてくる。
『景虎来たぞ、シードラゴンだ!』
「ステラ!、ドラゴンが来た! 合図をしろ!」
景虎の言葉に驚くステラ、しかし景虎が急いで臨戦態勢に入るのを見て、持っていた鞄から赤い布を取り出しそれを振る。
遠くからそれを見たクローナハの職員のような人々は、それに合わせてドラゴン襲来の合図の鐘を大きく鳴らす。
「ステラも早く避難しろ!」
「わ、わかった、気をつけなさいよ景虎!」
「おう!」
景虎を心配しながらも、ステラはその場を去って安全な場所へと避難する。
一方残った景虎は紅い斧を構えると海を睨み続ける。
しばらくして海が大きく波打ち始める、初めは緩やかに、そして徐々に強くなっていく、そしてゆっくりと海の中から巨大な紺色のドラゴンの首が現れる。
「やっと出やがったか!」
景虎の見つめる方向、そこには先日戦ったシードラゴンが確かに居た。
その身体はあちこにち景虎のつけた傷跡が残っていた、さすがのドラゴンでも一日では全ての怪我を治癒させるのは不可能だったようだった。
シードラゴンはゆっくりと陸へと向かってくる、その目は赤く、自分を傷つけた景虎を見つけると鋭く睨みつけていた。
「おうおう、めっちゃ怒ってんなあの野郎」
『まああれだけ一方的にやられればそれも仕方あるまい、しかし向こうは殺す気満々のようだな、どうする景虎』
「決まってんだろうが、ぶち殺す!」
それを街から離れた丘の上で見守るデルフロスの人々、そしてマリカ、シモン、ステラの三人。
景虎がドラゴンを殺した事があり、シードラゴンを傷つけたのを目の当たりにしても、やはり人間がドラゴンに勝つ事ができるのだろうかと懐疑的だった。
「死なないでよ景虎!」
「大丈夫よね、景虎君!」
「兄貴!」
心配するステラとマリカとシモン、だが景虎が必ずシードラゴンを倒してくれる事を皆は信じていた。
「いくぞおらああああああ!」
紅い斧を握り締めると景虎はシードラゴンに向かって走り出す。




