第三十二話 選択
首都デルフロスを見下ろすことが出来る丘で、二人の少年が相対していた――。
正確には一人は人間かどうかも怪しい者ではあったが。
その一方、紅く大きな斧を握り締めている出雲景虎は、銀髪の人物フルヒトを睨み続け、今にも襲い掛かろうという体勢を整えていた。
「そんなに急がなくてもよくないかなー、もっとお話しようよー」
「黙れクソが! 俺ぁてめぇさえ殺せりゃいいんだよ!」
「んー、僕そんなに嫌われるような事したのー」
「てめぇ!」
常人では捉えられない様な速度で景虎は動き、フルヒトに斧を振るう、しかしその攻撃は空を切り、爆音と共に地面に大きな穴を開けるだけだった。
「フルヒトどこいったあ!」
叫ぶ景虎は消えたフルヒトを探す、土煙が徐々に消え始め、ようやくにしてフルヒトの姿が見え始め、再び攻撃をしようとした景虎だったが、フルヒトの居る場所を見て地団駄を踏む。
「てめぇ、こっちこいゴラァ!」
「えー、だって、景虎君攻撃してくるじゃないかー」
むくれたような仕草をするフルヒトが居たのは空の上だった、しかもその50メートル下は海という場所、右手に持つ杖の力なのだろう、フルヒトはまるで地面の上にいるかのように空に座っていた。
「この……、化けモンが!」
「あー、ひどーい、こんな可愛い子に化け物とか言ったらいけないんだよー」
「のらりくらりと、てめぇ一体何なんだよ!」
「僕? 僕の事より君の事が知りたいんだけどなぁ……、出雲景虎クン」
今まで子供のような笑顔で微笑んでいたフルヒトが、その瞬間だけ表情を無くし、鋭い眼光で景虎を射竦める。
雰囲気が変わったのは景虎も感じていた、今までのおちゃらけたフルヒトの姿はそこにはなく、ようやくにして本性を現したという感じだった。
「それがてめぇの地って訳か、クソ銀髪」
「地ってほどでもないけどね、そもそもこの身体は僕のじゃないし」
「訳わかんねー事言ってんじゃねぇよクソが、何でもいいからとっととこっち来て勝負しやがれ!」
挑発する景虎だったがフルヒトはその場を動く事はなく、相変わらず無表情で景虎を見つめていた。
さすがにこのままでは埒が明かないと思ったのか、景虎はその場に座り込みフルヒトに向かって大声で自己紹介をする。
「出雲景虎十五歳、生まれも育ちも日本だ、さあこれでいいだろ、今度はてめぇの事を教えやがれ!」
「ニホン? 聞いた事がないなあ、けど事実みたいだし、まぁいっか」
そう言うとフルヒトは再びあの笑みを浮かべる顔に戻り、飛んでい空から降り立つと景虎に向かい改めて自己紹介のようなものをする。
「じゃあ改めて、僕はフルヒト、ドラゴンと人間の間に生まれた子供だよ」
「あ?」
景虎は思わず馬鹿みたいな声を上げてしまった、フルヒトが一瞬何を言ったかがわからなかったからだ。
だが一方のフルヒトは相変わらずニコニコと満面の笑みを見せていて、それが事実かどうかはわかろうはずもなかった。
「お、おい糞ドラゴン、今あのヤロー何言った?」
『…………』
「おい糞ドラゴン!」
『あ、ああ、すまん景虎、だがううむ……』
元ドラゴンのフライハイトもフルヒトの言った言葉の意味を考えていた。
景虎もフルヒトの言った言葉が気にはなってはいたものの、とにかく今は目の前にいるフルヒトを殺せればよかった為、その事を一旦無視する。
「さて、自己紹介も済ませたしそろそろやんぞコラ」
「ん? 僕の目的とかそーゆーのは聞かなくてもいいの?」
「てめー殺せればなんもかんも解決すんだろーが! こまけぇ事はそん後だ!」
「あはははは、景虎クンおもしろーい、ほんと面白いよ君」
爆笑するフルヒトを見ながら景虎は斧を握り締め、仕掛けようとした時。
「あ、待って、景虎クンと戦うのもいいけど、ここでちょっとゲームをしよう」
「あ? ゲームだあ?」
「そ、どっちを選ぶかなーゲームー」
小馬鹿にしたような口調で一人拍手するフルヒトを、イライラしながら見ている景虎、言葉を続けようとするフルヒトを無視して攻撃しようとした時――。
デルフロスの街の方から爆音のようなものが響き渡る。
「!」
振り向いたその先には、デルフロスの港に大きな渦が巻き起こり、その中から紺色の巨大な首が見え始める。
『シードラゴンだ!』
頭の中に響くフライハイトの声、それを見つめる景虎はデルフロスにいるステラ達の事を思い出す、そして走り出そうとした時、その背後から絡みつくような視線を感じる。
「さぁゲームだよ景虎クン、今ここで僕と戦うか、街に戻ってシードラゴンと戦うか、どっちを選ぶ? ちなみに僕はもうここを去るけど」
「てめぇ……」
仕掛けようとした景虎だったが、背後からはシードラゴンの破壊音が聞こえ始めていた。
あそこにはまだ街に残っている人々、そしてステラ達もまだ残っていた。
もしこのままフルヒトと戦えばシードラゴンが残った人達を襲うだろう、かといって助けに行けばフルヒトを逃がす事になってしまう。
「早くしないと手遅れになっちゃうよ、フリートラントの時みたいに」
「!」
挑発的なその言葉に景虎は斧を地面に叩き付ける、地面が割れ爆煙が巻き起こる中、景虎はフルヒトに背を向けデルフロスの街へと走り出す。
「だよねー、君ならそっちを選ぶと思ってた」
「…………」
「じゃあ頑張ってねー、ばいばーい」
そう言うとフルヒトは持っていた杖を振り、光の中に消えていく。
邪悪な気配が消えていくのを感じ、景虎は悔しさに歯を食い縛り、フルヒトへの怒りをさらに増していく。
「くそったれぇぇ!」
デルフロスの街は混乱状態にあった、残った者はわずかだったとはいえ逃げ惑う人々、そしてその中にはステラ達もいた。
「あ、あれがドラゴン……」
「ね、姉さん……」
「二人ともぼうっとしてないで! 早く逃げるわよ!」
ドラゴンの恐怖に怯えるマリカとシモンをステラが急かす、ステラ自身もドラゴンを見るのが初めてでその凶悪な姿に恐怖したものの、今はとにかく逃げる事を優先すべきと言う本能のようなものの方が強く働いた。
ステラの言葉にようやく我を取り戻し逃げだすマリカとシモン、だが海から現れたそのドラゴンは、まるでステラ達を狙うかのように陸に上がり追いかけ始めてくる。
「な、なんでこっち来るのよ!」
「ね、姉さん!」
必死で逃げるマリカとシモン、だが壊された街の瓦礫によって思うように逃げる事ができなかった。
一方ドラゴンは瓦礫など無視して迫ってくる、ヒレのような足は陸の上では動きが鈍いと思われたが、その巨躯の身体は陸上でも動きが衰える様な事はなかった。
ドラゴンの撒き散らす瓦礫に巻き込まれる人々、ステラ達も必死で逃げるもののドラゴンとの距離はどんどん縮まっていく、その時、シモンが瓦礫に躓きこけてしまうと、ステラとマリカの動きが止まる。
必死でシモンを助け出し逃げようとするマリカ達だったが、シモンの膝からは血が流れ、走るのは困難な状態だった。
迫るドラゴン、見つめるステラの目とドラゴンの目が合った時、覚悟を決めようとした、その時――!。
「うらああああああああ!」
ステラ達の横を疾風の如き速度で通り抜け、ドラゴンに向かう黒い影。
その影は一瞬姿を消すと、いつの間にかドラゴンの上に出現し、持っていたその大きな紅い斧をドラゴンに振り下ろす。
鈍い音に続き、ドラゴンのけたたましい叫び声が響き渡る。
誰もが呆然とする中、ドラゴンを見ると血のようなものが飛び散り、身体には大きく傷つけられた跡が見て取れた。
「そんな……、ほんとにドラゴンに傷を付けれるなんて」
ステラが信じられないといった表情でドラゴンを見つめる、さっきまで圧倒的な威圧感で迫ってきていたドラゴンの面影はなく、今そこに見えるモノは痛みにもがき苦しむ巨大な生物だった。
「てめぇがあああああああ!」
一方そのドラゴンに傷をつけた人物、景虎はただただ怒りに我を忘れてドラゴンに向けて紅い斧を振り続けていた。
『景虎落ち着け! 致命傷を与えられてはいないぞ!』
「うるせえ! こいつさえ現れなければ! こいつのせいであのクソ野郎を殺れなかったんだぞ! ぶっ殺してやる!」
『景虎!』
景虎に平静を保つように忠告するフライハイトだったが、景虎はフルヒトを殺せなかった事に平静さを保つ事ができなかった。
振り下ろす斧は確かに巨躯のドラゴンに当たりはしているものの、本来攻撃すべき脳天にはかすりもしていなかった。
「か、景虎……、なの、あれは……」
ステラが見つめる先で暴れる景虎には、今まで一緒にいた時の姿はなかった。
まるでケモノののように我を忘れ、獲物を蹂躙するその姿にステラは恐怖心さえ覚え身体を震わせる。
「か、景虎……、駄目よ、景虎ぁ!」
叫ぶステラ、だがその声は届かない、景虎は狂ったようにドラゴンに斧を叩きつけている。
ドラゴンの身体は傷だらけになり、血まみれとなって苦しんでいた。
必死で海に逃げようとするのを景虎は執拗に追う。
「逃がすかてめええええ!」
大きくジャンプし、ドラゴンに攻撃しようとした時!
『! 逃げろ景虎!』
フライハイトが警告し、瞬間移動させようとするも一瞬遅かった。
苦しみ悶えていたドラゴンが力を振り絞って振りぬいた首が攻撃をしようとしていた景虎に直撃する。
「がっ!」
元ドラゴンのフライハイトによって身体は多少強化されてるとはいっても、ドラゴンによってもたらされる攻撃というものは、並みの人間には致命傷を与えるほどの威力を持っていた。
吹き飛ばされる景虎はそのまま瓦礫の中へと叩きつけられようとしていた、もしこのまま叩きつけられれば例え景虎と言えど即死だろう。
『くっ、間に合え!』
瞬間、フライハイトは瞬間移動で景虎を海上へと移動させる。
海に叩きつけられた景虎はそのまま海へと沈んでいく。
「景虎ぁ!」
薄れ行く意識の中で、景虎はステラの声を聞いた。
そして海の中だというのにようやくにして気付いた景虎は、自分が何故こんな事になっているのかというのがわからなかった。
フルヒトと別れて、街に現れたドラゴンを殺す為に向かった所までは覚えていた、だがその後の事が思い出せなかった。
(俺は……、あの野郎を殺せないのかよ……)
海へ沈んでいく景虎からは力が抜けていき、そのまま意識を失って深く暗い底へと沈んでいった。
「……ぁ」
「景虎ぁ!」
誰かが呼んだ気がした、だがそれが誰なのかがわからない――。
『景虎、起きろ景虎!』
次いで響いてくる声、この声にはなんとなく覚えがあった――。
『このような所で死ぬな景虎! お前にはまだまだ世界を回って私を楽しませると言う仕事があるのだぞ!』
その言葉でようやく声の主がわかった、こいつは糞ドラゴンの声だ――。
「自己チュー野郎が……」
『ようやくか、まったく、私の言う事を無視するからだ!』
「お前が怒るのなんて初めてだな……」
『景虎に死なれてはつまらんからな、せっかく世界が楽しくなってきたというのに、簡単には死なせんからな』
フライハイトの言葉に楽しいという感情を感じる景虎、そして改めて自分の状況を思い出してそれを尋ねる。
「俺は死んだのか?」
『死にかけだった、というのが正しいな、海に落とされて意識を失ったのをなんとか陸に上げたが、その時にはすでに心臓は止まっておった』
「死んでんじゃねーか……」
『ああその時はな、だがほら何と言ったか、エルフの娘、あの娘がお主を蘇生させてくれたのだ』
「ステラが……」
『礼を言っておけよ、あの娘がおらねばお前は死んでいたのだからな……」
そして、景虎は瞑っていた目を少しずつ開けていく。
「景虎!」
「景虎君!」
「兄貴!」
目の前にはステラ、マリカ、シモンがいた。
皆目に涙を溜め、くしゃくしゃになった顔で景虎を見つめていた。
「生きてたかお前ら……」
搾り出した言葉に三人は反応し、景虎が無事だった事に笑みを浮かべる。
「この、馬鹿虎ぁ!」
「よかった、ほんとによかった……」
「兄貴ぃ……」
各々の反応を見た後、景虎は空を見上げる、夕方に近かったのか、真っ赤に染まった空はまるで血の色のように思えた。




