第三十一話 遭遇
――クローナハ共和国首都デルフロス――
人間国家第二の国の首都であり、城こそないものの堅固な城壁は街を包み込むように作られ、守備をする兵は二千を超える。
商業も栄え、各地から多種多様な人種が集まり都市を形成、港には交易船や漁船が溢れるほど集まり、街は昼夜を問わず人々で賑わっていた。
だがその街は今、その原型を留めないほどの被害を出し、瓦礫ばかりの廃墟の街と化していた――。
その有様を呆然と見つめるマリカ、シモン、ステラ、そして景虎はフリートラントで見た光景を再び見る事になり、声を出す事ができなかった。
「そんな……、まさか、こんな……」
その場に崩れ落ちるマリカ、あまりの凄惨さに再び立つ事が出来ないほどだった。
ステラとシモンもまた、故郷の見るも無残な姿に立ち尽くすのみだった。
一方景虎はこの光景を見ながらも、いるであろうフルヒトとドラゴンの事にすでに気がいっていた。
「おい糞ドラゴン、近くにドラゴンかフルヒトのクソはいるか?」
『いや、今の所近くにドラゴンもあのフルヒトとか言う者の気配はないな、ドラゴンの方はおそらく海深く潜っておるのだろう』
「海? 今度のドラゴンは泳げんのかよ」
『おそらくはシードラゴンだろう、水を自在に操り、海深く潜る事ができるドラゴンだ』
厄介な、景虎はそう思わずにはいられなかった。
陸で戦うならともかく、ドラゴンが海の中に逃げ込まれたらこちらはどうする事もできないからだ。
フリートラントの時も空を飛ぶドラゴンに苦しめられたが、あの時はヴァイデンの姫達の手助けもあって何とか倒す事ができた。
だが、今この場にいるステラ達は少なくとも戦いにおいて力にはなるまい、となれば景虎一人だけで戦う事になる。
「なんとかしねぇとな、ここまでされて黙って見てる訳にもいかねえ」
『手はあるのか?』
「わかんねぇよ、けどやるしかねえ、いいな糞ドラゴン」
『ああ、私はお前と共にある、力ある限り手を貸そう』
景虎が元ドラゴンのフライハイトと会話をしている頃、マリカが弱弱しく立ち上がると、廃墟となったデルフロスの街へとふらつきながら歩み始めていく。
「お、おいマリカ、どこ行くんだよ」
「街に……、家に戻るの……、父さんと母さんに帰ってきたって言わないと……」
景虎の言葉に答えたマリカだったが、その顔は精気の抜けたように憔悴しきっているのが伺えた。
そんな状態で廃墟などに行けば怪我をする恐れもあったので、景虎はマリカの前に回りこみ、声色を上げて言い聞かせる。
「しっかりしろマリカ! 見ればわかんだろ! 街は廃墟になってんだよ!」
「!」
その言葉にステラの目に涙が溢れる、嗚咽を漏らし、震える身体で景虎に身体を預けるように崩れていく。
「うっ、ああ……、あそこには父さんと母さんがいるのよ……、友達やおじさんも」
「まだ死んだと決まった訳じゃねぇだろ、もしかしたらどっかに逃げてるかもしんねえ、だから少し落ち着け、な」
「ああああああ」
景虎の胸の中で号泣するマリカ、その声に呆然としていたシモンもまた、家族や友人の事を思い出し泣き崩れる。
ステラも悲しみに堪えきれなかったが、涙を拭い、マリカを支えている景虎に近づいてくる。
「マリカは私が、景虎はシモンを頼める」
「お前は大丈夫なのかよ?」
「大丈夫じゃないわよ全然、けど私には家族って言える人はいないし、少なくともマリカとシモンよりはまだ耐えれるわ」
強がるステラではあったが、その目には涙が溢れ、マリカを支える手も小さく震えてはいた。
そんなステラの頭に手を置き、優しく撫でてやる景虎、一瞬ステラには何が起こったのかわからなかったが、頭を撫でられているというのがわかった途端。
「な、何するのよ!」
「おう、そんだけ元気なら大丈夫だな、マリカ頼むぞ」
そういい残して景虎はマリカをステラに預け、シモンの下へと向かう。
一方のステラは撫でられた頭を触り、自分の手の平を見つめる、見れば震えのようなものは無くなっていた。
景虎は不思議な奴だと思った、同じくらいの年齢のくせに、誰よりも無茶な事をやって傷ついてきたはずなのに、他人を思いやる事も出来る。
ここが故郷でないというのもあるのだろうが、ここまで酷い惨状を見てもあまり動じず、ステラを気遣う余裕もあるのだと。
「馬鹿は鈍感なのね」
そう呟き、少しだけ笑みを取り戻す。
時間にして二十分ほど、その場所で気分を落ち着かせるために休憩した。
放心状態と言ってもよかったマリカもようやく落ち着きを取り戻し、途中で確保した水を飲みながら呼吸を整えていた。
シモンはショックが強すぎたのか、泣きつかれてそのまま寝付いていた。
「大丈夫かマリカ?」
「ありがとう景虎君、ごめんね、変な所見せちゃって……」
「別に構わねーよ、こんなもん見てまともにいられる奴の方が少ねーよ」
「景虎は結構冷静だったけどね」
「俺はこの街にゃあんま思いいれのようなもんねーからな」
ステラと景虎のいつもの会話にマリカの顔に笑顔が戻る、そして飲みかけの水を置くと再び廃墟となった故郷を見つめ。
「とにかく、父さんと母さんの安否だけでも確かめないと」
「とりあえず残ってる人に聞いて避難している場所を聞きましょう。大丈夫よ、きっと皆避難しているから」
「有難うステラ、うん、もう大丈夫」
そう言うと立ち上がって屈伸などをして身体をほぐすマリカ、景虎は眠っているシモンを叩き起こすと気合を入れなおさせ、一緒に行くように伝える。
四人は瓦礫に気をつけながら、廃墟となったデルフロスの街の前に立つ。
街への入り口だった所は無残に壊され、堅固な城壁は瓦解していた。
いつもは入るだけでも厳重なチェックなどをする門番もおらず、瓦礫となった入り口を乗り越え、街の中へと入っていく。
外から見た街も酷かったが、中に入ってみるとドラゴンの力というものをまざまざと見せ付けられるものだった。
「瓦礫に気ぃつけろよ」
「わ、わかってる」
まだ掃除も修復作業も行われていない、足場の悪い場所を注意しながら歩くマリカ達、ドラゴンが通った後のような場所にはすでに建物といえるようなものはなく、わずかに残っている建物も半壊のものが大半だった。
と、瓦礫の中、何かを作業している人々を見つける、その姿を見たマリカが喜びの表情と共に駆け寄り大声で叫ぶ。
「マリアナ! サーナ!」
「! マリカ! それにシモンにステラも!」
お互い名前を呼び合った後マリカはその二人に抱きつく。
「よかった、無事だったのね二人とも!」
「マリカも! よく無事だったわね」
「私は仕事でダンガスト島に行ってたから、けど、ほんとによかった」
絶望の中、一筋の光明が見えたことにマリカ達は希望を持ち始める。
しかし、マリカの友達というその二人の顔はそれでも陰り、やっとという感じで街を見ながら告げる。
「生き残ってるだけでも幸いとしか言いようがなかったわ……」
「マリアナ……、あの、私達の両親の事、何か知らない?」
マリカの言葉にマリアナと呼ばれた女性は首を横に振る。
「ごめんなさい、私達も逃げるので精一杯だったから、けど、逃げた人達は皆デルフロスからかなり離れた場所の避難所にいるって聞いてるから、後で行ってみるのもいいんじゃないかしら」
「ありがとう、家に寄った後そっちにも行ってみるわ」
マリカの答えにマリアナは悲しげに口元を歪める。
おそらく、マリカ達の家も瓦礫と化して原型すら留めていないのだろう。
それでもマリカは確かめる為にも家には戻るつもりだった。
「じゃあねマリアナ、サーナ、またお茶でもしましょう」
「ええ、マリカも、気を落とさないでね」
寂しげに手を振る両者を見ながら、景虎は改めてドラゴンという災厄に怒りを感じていた。
しばらくしてマリカ達は自分達の家があったであろう場所に辿り着く、しかしそこにはやはり瓦礫しかなく、マリカ達は呆然と立ち尽くしていた。
「どうする、瓦礫どかすんならやってやんぞ」
景虎の言葉で我に返ったマリカ、瓦礫を見つめ考えてしまう。
もし、この瓦礫の下に両親がいたらどうしようかと、無残な姿を見てしまったら心が壊れてしまうかと言う不安があった。
マリカは景虎の言葉に返事を返せなかった、そんなマリカをステラが優しく支える。
「景虎、瓦礫をどかしていいわ、大丈夫、私が支えるから」
「わかった」
そう言うと景虎は瓦礫をどかし始める、畳ほどの大きな瓦礫もあったが、景虎はそれすらも軽々とどかしていく。
まるで重機かと思うような働きで次々瓦礫を除去していく景虎、一方マリカとシモンは目を開けている事ができなかった。
そして、時間にして十分ほどで大体の瓦礫をどかし終え、景虎はマリカ達に声をかける。
「大体どかし終えたぞ」
その言葉に身体を震わすマリカ、そして、恐る恐る景虎に尋ねる。
「だ、誰か……いた?」
「んーにゃ、誰もいねぇぞ、壊れた瓦礫とか荷物ばっかだ、血とかもねえよ」
「えっ……」
その言葉でようやく目を開けるマリカ、瓦礫は左右に避けられ、開かれた場所には見慣れた家の床のようなものが見えた。
ほっと胸を撫で下ろすマリカ、ゆっくりとその場所に近づき壊れた荷物を手に取り埃を払う、ボロボロになったその荷物を見るマリカはようやくにして笑みが零れた。
「シモン、荷物を片付けるの手伝って」
「え、あ、うん、わかった!」
目を瞑り続けていたシモンも、マリカの言葉で荷物を片付ける為駆け寄る。
そんな二人にほっと胸を撫で下ろすステラ、景虎の所に近づくと耳元で小さく囁く。
「よかったね」
「ん? ああそうだな、とりあえずマリカ達の両親が生きてる可能性できたしな」
「大丈夫よ、おじさんもおばさんもきっと生きてるわ」
「だな」
そんな話を言い合った後、ステラもマリカ達の手伝いをする為埃を被った荷物を集め始める。
景虎も、持っていた水筒の水を飲むと一緒に手伝う為マリカ達に近づこうとした時、頭の中にフライハイトの声が響いてくる。
『景虎』
「あ、なんだよ」
『奴だ、あのフルヒトという人物の気配だ』
その言葉に景虎の雰囲気が一変する、怒りを露にし、握り締めた手は赤く変色していった。
その様子に気付いたのはステラだった、景虎が今まで見せた事もないほど怒りを表している事に寒気さえするほどだった。
「ど、どうしたの?」
恐る恐る聞いたステラに、景虎は寒気すら感じる怪しげな笑みを浮かべこう呟いた。
「クソ野郎が近くにいる」
その言葉にステラは思い出す、景虎がずっと捜し続けていた銀髪のフルヒトという人物の事を。
「悪ぃけど、てめーらとはここで別れるわ、いいか、絶対にあの野郎に近づくんじゃねーぞ、あの野郎はほんとにヤベぇからな!」
「え、ちょ! 景虎何を急に!」
「あの野郎は変な魔法みたいなもんを使うんだよ、アレのせいでディアーナのねーちゃんも手も足も出ずに殺されたんだ、てめーらじゃ敵う訳ねー」
「ディアーナ? それってヴァイデンの不敗の戦乙女の?」
景虎の言葉に答えたのはマリカだった、マリカも景虎の様子がおかしい事に躊躇ってはいた、しかし何が起こっているのかはわからなかった。
そんなステラ達を無視して、景虎は背中に背負っていた斧から布を取り去り強く握り締める。
「いけるな相棒! ここで決めんぞ!」
『ああ、任せておけ!』
「ちょ、景虎……」
「じゃあ、元気でな!」
言うと景虎は今来た道を振り返って全力で走り出す。
「景虎!」
後ろからはステラの叫び声だけが聞こえていた。
景虎はフライハイトの感じる気配を頼りに走り続けていた。
廃墟となったデルフロスの街を出た後、周りを見回す、すると、丘の上に銀髪の少年が立っているのが見て取れた。
「見つけたぞクソ野郎!」
景虎は迷う事無くその人物の元へと向かう、一方の銀髪の人物は逃げるでもなく、顔に笑みを浮かべ景虎が来るのを待っていた。
そして、景虎は近づくと問答無用でフルヒトに斧を叩きつける。
爆音と土煙が舞い、辺りの視界が悪くなったその中で、フルヒトの声が聞こえてくる。
「いきなりは酷いんじゃないのかなー」
「うっせぇ! チョロチョロ逃げるてめぇはこうでもしねぇと仕留められねぇだろが!」
土煙が消えていき、フルヒトを探すと斧を付き立てた場所にはおらず、いつ移動したのか景虎から二十メートは離れた場所にいた。
フルヒトの姿を見つめ、景虎はさらに怒りを露にして睨みつける。
しかしフルヒトの方はというと、相変わらず優しい笑みを壊さず、楽しげに景虎に話しかける。
「ねぇねぇ、何して遊ぶ?」




