第三十話 帰路
ドラゴンが出たという情報がダンガスト島に届けられたのは早朝の事だった。
デルフロスからほうほうの体で逃げてきたと思われるその貨物船の船長は、恐怖に怯えながらその時の事を話す。
ドラゴンが現れたのは満月の夜、街の人々はそろそろ寝ようかと思っていた頃だった。
しかし、突如海が荒れだし、波が高くなって海水が港を襲い始め、何かしらの異常を感じた漁師の人々が警告を知らせる鐘を鳴らす。
そして鐘が鳴ったとほぼ同時くらいに海からドラゴンが現れたのだという。
巨大なそのドラゴンは瞬く間に港の船を破壊し、デルフロスの街に上陸して破壊の限りを尽くしたのだと言う事だった。
その報告を聞いたダンガストの人々はパニックに陥る、もしかしたらこの島にもドラゴンがやってくるかもしれないと思ったからだ。
――景虎達が宿泊している宿屋――
ドラゴン出現の報を、元海賊のファイサルから聞いた景虎達もやはり動揺を隠せなかった。
特にマリカとシモンはデルフロスには両親が残っており、その安否が気が気でならなかった。
「ね、姉さん、父さんと母さん無事だよね! ね!」
「わかんないわよ! けどとにかく確認しないと、父さんと母さんが無事だといいけど……」
うろたえるマリカとシモンを見ながら、ステラもまた心配をしていた。
デルフロスにはステラの家族のような者は誰もいなかったが、色々と面倒を見て貰った人達や、景虎と出会うきっかけになった幼い兄妹など心配するべき人達は多く居た。
「こんな所で考えててもしゃーねぇだろ、とにかくデルフロスへ行くぞ!」
「待って、ドラゴンが出るかもしれないような所に行く船なんて出ないわよ」
景虎は一刻も早くデルフロスに行きたかった、そこには探し続けているフルヒトがいる可能性があったからだ。
だがそれは無理だと言うステラ、自身もデルフロスへ帰りたいとは思ってはいたが、ドラゴンの出る地に行く者などいるはずがないという理由だった。
「それでも行かねぇと! あいつが! あの野郎がいんだよ!」
「落ち着きなさい! いくらあんたでも船で一週間もかかる場所まで一気にいける訳ないでしょ! フルネク島みたいに漁船で行けるって訳じゃないのよ!」
「じゃあどうしろって言うんだよ!」
何も出来ずにいる自分に苛立ち始めた景虎、だがステラの言う事は正しい、いくら自分でも海を渡るような事はできないのだから。
「とにかく港に行って来る、何が何でもデルフロスに戻ってあの野郎を……、フルヒトを必ず殺してやる!」
「景虎!」
「ならワシの船で行けばええやないか」
景虎がステラを振り切って外へ出ようとした時、ファイサルが声をかける。
「ワシの船ならデルフロスまでも余裕やで、って言いたい所やけどさすがにドラゴンとやりあうのは勘弁したいから、デルフロスからちょい離れた所までって所でどうや?」
「おっさん……、ああ、それで十分だ! とにかく本島に帰れればそれでいい! 頼むぜおっさん」
「よっしゃ、で、他の子らはどうする? ここに残るか?」
問うファイサルにマリカ達は考える。
もちろん両親や知人の安否が知りたいのは確かでではあった、しかしだからと言って危険極まりない地に行くという事には、躊躇してしまっていた。
「お前らは残っとけ、何があるかわからねーからよ」
気遣う景虎に俯く三人、しかしステラはすぐに顔を上げ、景虎に話しかける。
「私は行くわよ、おじさん達や街の人達の事ももちろん心配だけど、景虎一人だけで行かせる訳にはいかないしね、だって私達同じパーティの仲間なんだし」
ステラの言葉にマリカとシモンは顔を見合わせ、そして考え、自分達が何故ここまで来たのかを思い出す。
自分達は仲間の景虎の為にここまで来たのだ、その仲間が戻るというのなら付いて行ってやるのは当然なのだと。
マリカは手を握り締め、立ち上がると景虎とステラに向かって言葉をかける。
「シモン、戻るわよ」
「うん! あ、で、でも姉さん、ドラゴンが出てきたらどうしよう……」
「大丈夫よ、ドラゴンがいたら景虎が倒してくれる、そうでしょ?」
マリカの問いに景虎は笑顔で頷く。
「おう任せとけ! ドラゴンなんぞ俺がぶち殺してやっからよ」
満面の笑みで答える景虎に尊敬の眼差しを送るシモン、一方ステラは呆れ顔で景虎を見ていた。
そして四人はすぐさまデルフロスに帰る為の支度を始める。
荷物は多くはなかったが、何が起こるかわからない為、食料や日用品をできるだけ多めに購入し、ファイサルの船に積み込んでいく。
ファイサルの船――
港にある船の中にあって一際目立つファイサルの船、それもそのはずだ、数週間前までは恐怖の対象でもあった海賊船の船なのだから。
船体は真っ黒なまま、威圧感たっぷりのその船に場違いとも思える少年少女四人が乗り込んでいく。
「よっしゃお前ら、今からデルフロスに行くでぇ! 覚悟はええな!」
「へい!」
ファイサルの言葉に大声で返す元海賊の船員達。
それに満足したファイサルは景虎達に向き、改めてという感じで確認をとる。
「準備はでけた、ほんまにええねんなお前ら」
「おう、いつでもいいぞ」
「ええ」
「頼むわ元海賊」
景虎達の言葉を聞いたファイサルは出航の命令を出す。
その様子をダンガストの人々は不安げに見守っていた。
ダンガストからデルフロスまでは船で大体一週間、行きは海賊に襲われる事を心配してはいたが、今はその心配はほぼないだろう。
ほとんどの海賊を景虎が叩きのめし、ファイサルがそれを役人に渡した事で、この近辺の海賊はほぼ壊滅状態といっていいからだ。
そして極悪人の一人の海賊ファイサルは今堅気で仲間になってくれている。
だが、今度は海賊以上に危険なドラゴンが出る恐れがあるという状態に、船員達は緊張感を隠しきれないでいた。
「せ、船長、今更ですけどほんまにドラゴン出るような所いくんですか?」
「なんやビビってるんか」
「当たり前ですやん! ドラゴンでっせドラゴン! そあないなもんに襲われたらわしらあっちゅう間に殺されてしまいますわ!」
ビビる船員達にファイサルは何故か余裕の笑みを見せ、景虎を見つめる。
「安心しい、ドラゴンはあの景虎が何とかしてくれるやろ」
「船長、確かのあのにーちゃんアホほど強いけど、さすがにドラゴン相手は無理でっしゃろ」
「そう思うやろ、けど景虎な、もう二匹もドラゴン殺しとるそうやで」
「うそ!」
ファイサルの言葉に船員達は絶句する。
ありえないという表情をする船員達を見て大笑いするファイサル、景虎達の下に向かうと現状の報告をする。
「とりあえず航海は順調に行ける思うけど、さすがに一緒に戦え言うんは勘弁してくれな」
「わかってるよ、俺はこの世界の人間じゃねーからあんまわからなかったがよ、この世界の人らにとっちゃかなりヤべェもんだってのはわかってるからよ」
「? 何のこっちゃわからんけど、景虎も気ぃつけや」
「ありがとうなおっさん」
ファイサルと別れた後、景虎は船室へと向かう。
客室、とまではいかなかったものの、来る時のような二畳ほどの部屋に押し込まれることは無く、ファイサルは男女別々に部屋を用意してくれていた。
しかし景虎は部屋の前に来たものの、同じような扉ばかりだった為にわからず、ノックもせずに入っていく。
「おーいシモン、俺の荷物の……」
瞬間、景虎の身体が硬直する。
目の前には着替え途中の、肌を露にしたステラとマリカの姿があったからだ。
一方見られた側のマリカはあら、という感じだったが、ステラの方はというと景虎と同じくしばらく硬直していた、だがしばらくして発した景虎の言葉に――。
「あー、お前らとりあえず早く服着ろよ」
再起動し、近くにあった鞄を景虎に全力で叩き付けた。
食堂では景虎、ステラ、マリカ、シモンに加えファイサルも加わって食事をしていたのだが、景虎の頬は真っ赤になっていた。
景虎の頬を真っ赤に染め上げた張本人ステラは、今もまだ裸を見られた事に怒り心頭だった。
「信じられない信じられない信じられない!」
何度も繰り返すステラにさすがに景虎もうんざりして。
「ったく、悪いとは思ったから一応好き放題させてやったが、さすがにもう怒んじゃねーよ」
「あんたが言うなあ! こ、今度やったら殺すから! 必殺だからね!」
「へいへい」
そんなやりとりを楽しげに見ている人物、ファイサルが話しに入り込む。
「いや、すまんな嬢ちゃん、この船男しかおらんよって部屋に鍵とかもつけとらんのよ。そやな、貨物船とかにすんならその辺もちゃんとしとかんとな」
「いや、別になくてもいいだろ、こんな女とか客として乗せなきゃいいんだし」
「あんたが言うな!」
和気藹々とする景虎達を見てると、これから死地に向かおうというのさえ忘れさせてくれるとファイサルは思っていた。
そして、部下達が居ない事を確認してから景虎達に本音を話し出す。
「なぁ、何で景虎達は平気なんや、これから行くんは地獄かもしれへんねんで、
もしかしたら死ぬかもしれん、せやのに何でわざわざそこに行くんや」
今までの強気な海賊ファイサルではなく、弱弱しさすら感じるファイサルに皆は一瞬驚く、だがしばらくしてそれに答えたのはマリカだった。
「確かに怖いわよ、だってドラゴンが出た所に行くんだから、けど私達が生まれた場所で、そこには大切な人達がいるの、その人達の安否を確かめたいのがまず一つね」
「一つ?」
「うん、もう一つは仲間が行くっていうのに私達が行かない訳にはいかないじゃない、止める事も仲間のやる事だとは思うけど、でも景虎君は絶対の意思のようなものを持ってるしね」
マリカの答えにステラとシモンは頷く、そして景虎はというと拳を握り締め、決意を新たに宣言する。
「俺は、大事な人達を殺した奴を絶対に許すつもりはねえ、それにあの野郎を放っておいたらこの先も人が死ぬかもしんねぇんだ。現にマリカ達の故郷もやべぇ事になってるらしいしな、だからよ」
景虎は一呼吸してから、言葉を続ける。
「ここで止めてぇんだよ、もうよ」
言い切った景虎の言葉にファイサルは言葉を失う。
正直景虎達がデルフロスへ行くと言った時、面白半分でその話に乗った。
だが、こうやって話を聞くと何か確固とした意思のようなもを感じ、さらにそれは自己の欲だけを満たすようなものではないという事に驚きを隠せなかった。
「安心せい、お前らは絶対本島に送ったる、そのかし絶対に死ぬんやないで、ワシは初めての客を殺すような事はしたないねん」
「当たり前でしょ! 大体ドラゴンとか出ても私らには何もできないんだし、景虎の馬鹿に任せるわよ」
「ほんとこいつさえいなきゃ色々すんなりいったんだけどな」
「何よこの変態馬鹿虎!」
景虎とステラのやりとりは場が笑いに包まれる、その後、船は順調に航海を続け、一週間後陸地のようなものが見えてくる。
「景虎、陸見えたで!」
「お、やっとか」
「けどスマンな、できるだけデルフロスに近づけたかったんやけど、ワシかてせっかく堅気になった連中の命が大切なんや」
「わかってんよ、ここまで連れてきてくれただけで感謝してんよ」
ファイサルが申し訳ないと言う感じで話すのに、謝辞を述べる景虎。
そこにマリカ達もやってきて、ようやく長い船旅から解放される事に喜んでいた。
そして船は停止するとボートを降ろし、景虎達が乗り込むのを確認すると陸へと向けて漕ぎ始める。
「気ぃつけるんやでー!」
「ああ、ありがとうなおっさん!」
「ありがとう! 元海賊!」
珍しく男泣きするファイサルに見送られながら、景虎達は本島へと上陸を果たす。
その後、情報収集をしながら馬などを借りる景虎達、だが聞き及ぶ情報は凄惨なものばかりだった。
両親が残っているというマリカとシモン、そして知人が多いというステラはデルフロスが今どうなっているかだけが心配だった。
位置を確かめると、景虎達のいる場所からデルフロスまでは、馬で大体半日ほどの距離だった。
先を急ぐ事を優先し、夜も馬を走らせる事を選択し、すぐさまデルフロスへ向け出発する。
「父さん、母さん、無事でいて!」
「う、ひっく、皆無事でいて……」
「皆、大丈夫よね、きっと……」
マリカ、シモン、ステラはただただデルフロスに住んでいる人々の安否を気遣っていた。
一方景虎も街の事は心配の一つではあったが、何よりも一番の目的であるフルヒトがそこにいる事だけを望んでいた。
「絶対にてめぇはここで殺す」
走る馬の手綱を強く握り締め、景虎は改めて決意する。
そして夜を徹して走り、、時間にして半日ほど、朝日が見え始めた頃、景虎達はデルフロスの見える場所まで辿り着く、だが、デルフロスの街を見た瞬間、景虎達は言葉を失う。
「な、なんだよコレ……」
やっとの思いで搾り出した景虎の言葉、その景虎の見た先にあったものは、大国クローナハ共和国の首都、デルフロスの街が――。
廃墟となっている光景だった。




