第二十六話 捜索
――ファーレル島・市場――
市場に辿り着いた景虎は人の多さに困惑していた。
「な、何で朝っぱらからこんなに人がいんだよ」
『普通ではないのか? 朝は食料を売買するのに皆集まってくるのだろう』
「い、いやでも昨日の夕方来た時とかこの半分くらいだったじゃねーか、買い物なんぞ夜とかにやるもんだろ」
『うーむ、そういう場所もあるものなのか」
そんな感じで人の多さに文句を言いながらも、景虎はステラとシモンを探してあちこち歩きまわっていた。
ステラが出かける間際に言った「裏道の店」というのを手掛かりに探してはいたのだが、どこの裏道のどの店かというのがまったくわからず、結構な時間歩き回ってしまっていたのだ。
「くっそあの野郎、せめて店の名前とか言っとけってぇの! おい糞ドラゴン! ステラかシモンの気配みたいのは感じねーか!」
『ないのう、そもそもこのように人間が多くては、特定の人間の気配を感じるというのは至難の業なのだ、せめて声なり出してくれれば見つけられるのだがな』
ちっ!と舌打ちしながらも景虎は裏道に入っていき店のようなものを探す、そして時間にして三十分ほどだろうか、裏道にある怪しい店を見つける
「おい、あの怪しいの何かそれっぽくねぇか?」
『ふむ、確かに何かありそうな店だな、だが探している少年とエルフの気配というのは何も感じぬが……』
「まぁ、何か知ってるかもしんねーし、行って聞いてみるべ!」
そう言うと景虎はその店にとくに警戒もせずに入っていく。
雑然とした店の中には誰もいなかった、少し待つも人の来る気配がなかったので。
「おーい、誰かいねぇかー!」
大声で叫ぶとしばらくしてから、中から老人がキセルを持って現れる。
「何か用かいの?」
「おう、ちっと人探しててな、眼鏡かけたちっこい奴と、半分エルフの女なんだが、どっちか見た事ないか?」
その言葉に老人はキセルをいじり、ニヤリと笑みを浮かべる。
「おう、知っとるわいな、二人とも今朝ここにきたわいな」
「マジか! で、今どこにいるか知ってるか?」
「はいはい、すぐにお前も同じ所に連れて行ってやるわいな」
「?」
次の瞬間銜えたキセルから景虎目掛けて麻痺毒の付いた針が発射される。
針は景虎に見事に刺さり、笑みを浮かべる老人。
「ん? なんだこりゃ?」
「あまり騒がん方がええわいな、それには強い麻痺毒がぬりこんであるわいな」
「はぁ? 麻痺毒だぁ?」
「熊でさえ麻痺するような毒だでな、お前もあいつらのように大人しゅうしてるわいな」
その言葉に景虎の動きが止まる、そして睨むように老人を見つめ。
「おいこらジジィ、てめぇステラやシモンにもこんな事しやがったのか」
「怖い顔をするわいな、別に痛めつけた訳でもないわいな」
「何が目的だジジィ」
「売るのだわいな、子供というのは中々欲しがる者もいるわいな、けど一番高く売れるのはやはり女だわいな、それも若いほど高く売れるわいな、さっきのエルフもどきもきっと高く売れ……」
言いかけた老人の胸倉を掴む景虎、一方老人は景虎が何故動けるのかがわからず、持っていたキセルを落としてしまう。
「おいコラジジィ、ステラとシモンはどこだ? 今すぐ言わねぇとてめぇの両手両足叩き折るぞコラ」
「な、ななな何で動けるわいな、た、確かに麻痺矢は当たって……」
「悪ぃが俺の身体は今インチキしてるようなもんでな、多少の毒程度じゃビクともしねぇんだよ、わかったらこれ以上余計な事すんじゃねぇぞコラ!」
今の景虎は元ドラゴンのフライハイトの力によって、肉体の全てが強化されているような状態だった。
ドラゴンは剣も魔法も効かず再生能力や持久力も高く、さらにいえば毒のようなものでさえ中和するほどの力すらもっている。
その力を得た今の景虎は、多少の毒ではビクともしない身体になっていた。
「ひ、ひいいいい!」
「もう一度聞くぞコラ! ステラとシモンはどこだオラ!」
景虎の掴む腕に力が入る、恐怖に怯える老人は必死で命乞いをするも景虎の手が緩むことはない、さすがに逃げ場がないと判断した老人は恐る恐る口を割る。
「う、売ったのは海賊だわいな」
「どこのどの海賊だ、とっとと言えコラ!」
「わ、わからないわいな、ほんとだわいな! あ、あいつらは金だけ置いて荷物を運んでいったんだわいな」
「誰が荷物だコラ!」
「ひ、ひいいい! ゆ、許して欲しいわいな! こ、ここで生きていくにはこういった仕事をしなきゃ生きていけないんだわいな」
涙ぐんで怯える老人を荒っぽく放り投げると、景虎はその店から立ち去っていく。
「糞ドラゴン、二人の気配とかわかんねーか」
『すまぬ、やはり無理だ』
「そうか……」
手を握り締め悔しがる景虎、しかしすぐに前を向きステラとシモンを買っていったという海賊を探しはじめる。
「ステラ、シモン、無事で居ろよ!」
――ファーレルの宿屋――
宿屋に戻ってきた景虎はマリカに、ステラとシモンが怪しい裏店の老人の手によって海賊に売られた事を正直に伝える。
その言葉に先ほどまでシモンへの折檻を考えていたマリカは言葉を失い、震える手で景虎の手を握る。
「ど、どうしよう……、ねえ景虎君どうしよう!」
「落ち着けマリカ、とりあえず俺は街の外探してくっから、マリカは街の中で情報なり何なり探しててくれや」
「け、けどもう二人共海賊に売られてたら!」
「考えるのは後だ! とにかくまず二人を探す事を考えろ! ぜってー助けるからよ、とりあえずマリカは騎士団なりギルドに相談なりしててくれや」
「わ、わかった……」
蒼白になり震えるマリカを部屋に置き、景虎は再び街の中へと消えていく。
だが当然、どこをどう探せばいいかなどわかろうはずもない、それでも景虎は危険だと言われている街の外へと駆け出し、ステラ達を探す。
『景虎、少しは落ち着いたらどうだ? 闇雲に探した所で見つかるものでもあるまい』
「わかってんよ! けど動いてねーとどうにかなっちまいそうんなんだよ! これ以上また誰かを失うような事だけはしたくねぇんだよ!」
景虎はリンディッヒやフリートラントで大切な人達を失った事を思い出す。
後悔しかなかった、あの時もっと自分に何か出来ていたら、もっと早く手を打てていたら助けられるかも知れなかったと、そしてもう二度とあんな想いはするものかと思い続けていた。
「ステラとシモンは絶対に助ける、絶対にだ! だからよ糞ドラゴン、てめぇの力を俺に貸せ! 何でもいいからあいつらの手掛かり見つけろや!」
『相変わらず偉そうだな、だが今のこの状態では広範囲を調べるのは難しい……、む! おい景虎、近くに見知った気配を感じるぞ!』
「ステラとシモンか!」
『いやその二人の人間ではない、だがこれは確か……、おおそうだ思い出した!
海で会った眼帯をした人間のものだ』
「それって……、海賊ヤローか!」
フライハイトの言葉に景虎は思い出す、この島に来る前、景虎達の乗った貨物船を海賊ファイサルというのが襲ってきた事を、その時は景虎によって退治されたがまさかこの島に来ていたとは思ってもみなかった。
「あのヤローがステラとシモンを攫っていきやがったのか、クソがぁ! おい! どこだ! どこにいる!」
『ここからだと北の方だな、あの木の方……」
聞くが早いか景虎は駆け出していた。
とにかく手遅れになる前に二人を救い出す、ただそれしか考えていなかった。
そして、景虎の目の前に海賊の一団が目に入ると、背負っていた紅い斧を抜いて構え、そのまま海賊の一団向けて突撃を敢行した。
海賊ファイサルは海賊の中でもそこそこ名の知れた有名人で、それなりに実力もカリスマ性もあった。
さらに実戦慣れもしていて危機察知能力も高く、そのおかげで捕らえられるようなポカは今までほとんどする事はなかった。
だが、そのファイサルが瞬時に「ヤバい!」と判断し、逃げようとするも逃げれなかったのはおそらくこれが初めてだったろう。
大型の紅い斧を軽々と持ち、顔は憤怒の表情で詰め寄るその少年は気付けば目の前におり、ゆっくりとファイサルに近づきこう言った。
「まずはてめぇらからぶっ潰す!」
「何で!」
いきなり抹殺宣言されたファイサルはただただ怯えるばかり、確かに自分は海賊ではあるので討伐されるのは覚悟はしていた、だがあまりにも唐突過ぎて訳がわからなかったのだ。
「待ちいな待ちいな待ちいな! この前船襲ったんは謝るさかいに! せ、せやからちょお待ってえな!」
「黙れ糞海賊! てめぇよくも俺の仲間攫ってくれたな、ただで済むと思うなよこんカスが!」
「な、仲間? 何ソレ? わ、ワシ知らんでそんなん!」
「とぼけてんじゃねーぞコラ!」
「ほ、ほんまや! ワシら今さっきこの島来たばっかなんや! 信じてぇなあ!」
涙を流して必死で否定するファイサルに詰め寄る景虎だったが、どうやら本当に二人の事を知らなさそうだと感じると、怒りのようなものが無くなり力なく項垂れる。
「そうか、悪かったな……」
一言謝るとファイサルに背を向け再び二人を探す為に歩みだす、その姿が気になり、ファイサルは景虎にその理由を尋ねてみる。
「おい、どないした? 何かあったんかにーちゃん?」
「俺の仲間二人が海賊に売られたらしいんだよ、麻痺矢かなんかで動かないようにさせられてな」
「ああ、あの爺さんか、まだんな事やっとったんかいな」
「あんたがその海賊だと思ってな、悪かった」
素直に謝る景虎にファイサルの取り巻きは文句を言うが、それを制止してファイサルは景虎に言葉をかける。
「探す当てはあんのかにーちゃん?」
「わかんね、けどとりあえず探すしかねぇよ、手遅れになる前にどーしても助けてやんねーとな、仲間だしよ……」
寂しそうに言い放った言葉にファイサルは何か心が動かされる、気付けば景虎の手を取って引き止めていた。
訝しがる景虎にファイサルはある提案をする。
「にーちゃん、闇雲に探しても仲間は見つからん思うで」
「わかってんよ、けど手掛かりがねーんだ、何でもいいから探さねーと」
「手掛かりならワシが知っとるがな、同じ海賊やで」
その言葉に景虎は驚く、確かにファイサルは海賊の中でもそれなりの名を持つものではあるが、何故そんな事を言い出すのだろうかと。
しかし今の景虎にはどんなものにでも縋り付きたいと思っていた。
「どこだ! あいつら攫った奴等どこにいるんだよ!」
「ちょいちょい待ちーな、教えるのはええねんけどタダ言う訳にはいかんで」
「何だ、金か? 今は持ってねーが宿に戻りゃいくらかあるからそれを……」
「あほ、金なんかいるかいな、けどな、にーちゃんはワシの仕事の邪魔してくれたんや、安うはないで」
「いいから早く言えよおっさん!」
「ほーか、なら言うたる、にーちゃんの両腕貰おうか、どや?」
ファイサルはいやらしい笑みを浮かべる。
ファイサルとしては景虎の仲間などどうでもよかった、ただ自分達をねじ伏せたこの少年を困らせたいというのがあったのだろう、泣いて頼んで許しを請えばそれだけで十分だった、だが、景虎は左腕を突き出し信じられない言葉を言い放つ。
「あいつら助けるのにとりあえず今は一本は残しといてくれや、助けたらもう一本くれてやる、だから早く頼むわ」
その言葉にファイサルは絶句する、腕を寄越せという申し出に、この少年は迷う事無く自分の腕は渡すと言って来たからだ。
その目には嘘はない、そしてまったく怯える様子の無いそのまっすぐな目でファイサルを睨んでいた。
さすがに予想外という返事だったので、ファイサルは再び問い直す。
「え、ちょ、ま、待ちいな、腕無くなったらなんもできんようになってまうで?
気張るんもええけど、もうちょっと考えて……」
「時間がねーんだ早くしろ! こうしてる間にもあの二人がヤベェ事になってんかもしんねぇんだ! 助けられるなら腕なんかくれてやるから早くしてくれ!」
必死に頼む景虎にファイサルは愛刀のシャムシールに手をやる、だが何故か手が震えそこから先に進む事が出来なかった。
そして溜息をつくと剣から手を離し、溜息をついて呆れた様子で景虎に語りかける。
「おまアホやろ?」
「あ? 確かに頭悪いがそれが何よ? いいから早く腕持っていけよ!」
「いらんわんなもん! ったく、ちょお困らそうと思っただけやのに何なんやお前は?」
「てめ、騙したのか!」
「ちゃうちゃう、言うた通り手掛かり教えたるわ。ったくここまでやられたらワシかて心動くゆーねん」
景虎は一瞬意味がわからなかったが、今はステラとシモンを助ける事ができるなら何にでも縋りたかったので、それ以上追求をするのしなかった。
その後、ファイサルは部下と共にその手掛かりがあるという場所に向かう。
その途上、景虎は隣で歩いているファイサルに手を貸してくれる理由を尋ねる。
「おっさん何で手ぇ貸してくれんだよ?」
「何でやろうな、ワシにもわからへん、けど何か久々にええもん見せて貰ったお礼みたいなもんやと思っとき」
「?」
「まぁ、何でもええやろ、ワシかてそういう時があるんや」
「何かわからんが、まぁ今は時間が惜しいから頼むわ」
「よっしゃ、ほなとりあえず改めて自己紹介だけしとこか、ワシはファイサル、西の海の海賊ファイサルや」
「景虎、出雲景虎だ、正直海賊なんかと仲良くしたくねーがとりあえず頼むわ」
「口悪いな、けど了解や!」
そんな感じで一人ご機嫌なファイサルは、景虎を引き連れ手掛かりのあるであろう場所へと向かう。
そして時間にして三十分ほどでその場所が見える丘へと辿り着く。
そこから見た光景に景虎は驚く、小さな港のある村のような場所に大きな帆船が十隻近く集まっていたのだ。
さらにそこには無数の火が焚かれ、多くの人間がいるのも見て取れた。
「なんだありゃ?」
「にーちゃんは知らんか、今日は海賊共が集まって奪った品物やら各地の情報やらを物々交換やらする集まりなんや、多分にーちゃんの知り合いもここに連れてこられてるんやないか思うで」
その言葉に景虎は昨日マリカの言った言葉を思い出す、何故それを忘れていたのかと悔やむ景虎だったが、結果としここに辿り着けたのは僥倖と言わざるをえなかった。
「助かったぜおっさん!」
「ファイサルや! けどにーちゃんの仲間がどこにいるかまではわからへん、すまんな」
「いや、十分だ、後は自分でなんとか出来るからよ、ほんとありがとうなおっさん!」
「おう、まあ気ぃきつけや、あそこにおるんは気ぃ荒い海賊共やからな」
ファイサルがそう言うと景虎は手を振った後、海賊達のいる場所へと向かっていく。
「待ってろよステラ、シモン!」




